第14話、立花拳墜4
◆◇◆
「うーん、本当に痛くない?」
「はい、痛くありません」
保健室。棚に乗る銀色だかの器が反射して、微かな虹色模様が映し出される。
「なら大丈夫かな、念のためガーゼ貼るから待ってなさい」
「はい」
頬に大きなガーゼを張られ、雲雀は保健室を後にした。
『一年 秋津雲雀、至急職員室に来なさい』
「……」
雲雀は軽く溜息を吐きながら、速足で職員室へ向かう。
「――ああ、秋津さん。来たね」
「はい、放送を聞きはせ参じました」
いつもと変わらない調子で雲雀は告げる。すると雲雀を呼び出したであろう教員は雲雀の頬を見て固まる。
「…………その、ガーゼ、は……」
「?」
「…………なんでもない。こっちに来なさい」
案内された場所には武骨な体格の男がいた。腕を組み、雲雀へ一睨みする。
「立花さん、お待たせしました」
男は立ち上がり、雲雀の胸倉を掴み強引に引き上げる。
「うちの娘の腹を殴って、何当たり前に登校してんだよ」
「(立花……娘……ああ、立花さんの父親……?)」
「た、立花さん! 落ち着いてください! 穏便に、どうか、ここは」
ビリっ、雲雀の頬に貼ってあるガーゼが剥がされる。無造作に捨てたガーゼは、その場に緊張を走らせる。
「この傷はお前が拳墜に付けた分だ」
雲雀は血塗れの頬を殴られる。血がぽたぽたと床に落ち、雲雀は投げ出される。
「ほ、ほら秋津君。はやく謝るんだ。それで帰ってもらう、な?」
「やっていないことで謝れません」
事実を告げると立花の頭に血管が浮いた。雲雀は淡々と、事実のみを告げている。その傷など知らぬと言わんばかりの態度が気に食わないのだろう。
そして立花が一歩を踏み出す――――刹那に。
「ふわぁ~ぁ。二限目は二組~と…………あん?」
ジャージ姿の教員が現れた。
「――――雲雀」
「(!?
空気が変わる。捻じ曲がる。今、冬空花子という人物を中心に全員が息を呑む。苦しい、息が出来ない、頭が白に書き換わる。
「すみません、この状況は いったい どういうことですか?」
「っ……ぁ、ぃ……ひっ」
「…………ああ、すみません」
ふっ――――殺意が消える。周囲に掛かる圧が消える。息が戻る、酸素を取り戻そうと床に伏してまで呼吸をする先生もいた。
「おや、立花さんではありませんか。床に伏して……まるで豚だな。どうやら教育委員会のお偉い様は豚の真似をするのがお好きなようだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は娘を殴ったこのガキを」
「娘を殴った? 何を言っているのですか。娘さんの腹部を殴ったのは街の半グレ集団ですよ。(今後の対応について日時などの相談込みで)連絡を入れましたが……まさか把握していないのですか?」
「……は?」
空気が冷める。全ての生命が黙し、何とも居た堪れない空気が漂う。
「……まさか。根拠もなく、確認もせず 雲雀を殴った という猿にも劣る短気を起こしたわけでは、あるまいな?」
立花から血の気が失せる。
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