第7話、初日4

◆◇◆

 すこ屋。株式会社すこ屋が運営する牛丼チェーン店である。

 名前の由来は複数あり『すこになってほしいから』『ちょい丼(量、すこし目)メニューが出来るから』などである。

「牛丼のちょい丼(少な目)を」

「喧しいお前は並みだ」

「理不尽を見た」

 現在、午後六時三十五分。僕は冬空先生とすこ屋に来ていた。いや、何故かは僕が知りたい。

「ですが僕の財布には、余力がありません……」

「アホか、奢るに決まってんだろ。子供は大人に迷惑かけるのが仕事だって決まってんだよ」

 冬空先生は牛丼並みを二つ注文した。鮮やかな手並みだった。

「決まってるのですか」

「おうよ、有史以来誰もが口にした名言だ」

「知らなかった……マリーアントワネットがそんなことを言ったなんて……」

「あいつは例外だ、あれはウンコだ覚えとけ」

「マリーアントワネットに何の恨みが……」

 そういう冬空先生の瞳は、笑っていなかった。

「牛丼並み二つっす」

「はい……いただきます」

「(礼儀正しいなぁ……どこぞの令嬢にしか見えねえぞ)」

 すこ屋の牛丼はすき焼き風の味付けがされいる。肉は甘く、けれども旨い。一口食べるごとに口いっぱいに肉汁の旨味が広がる。

「おいひぃれす」(美味しいです)

「そか」

 タレが絡んだ米でさえ牛肉を引き立てる最高にスパイス。この280円(税抜き)は全ての究極として正に完成していた。

「……冬空先生」

「ん?」

 丼をコトリと置く。冬空先生は名残惜しいのか使った赤いスプーンを口に含んでいた。

「何故、僕に優しくするのですか?」

「同情、あと祝い」

 冬空先生はこれ以上ないほどシンプルに答えを告げる。前者は分かる、だが後者が理解できない。

「祝い……?」

 ゆえに僕はオウム返しさながらの返答をする。

 冬空先生はスプーンを出してナプキンの上に置いた。所々微妙に行儀良いのは何故だろうか。

「そ。首席合格したろ? その祝い。奢るの初めてなんだから感謝しろよー」

 爪楊枝で歯磨きし始めた、前言撤回。

「……ありがとうございます。280円が身に染み渡ります……」

「くぅっ、先生の初めてを奪っておいて酷い言い草だ、先生は泣くぞ?」

「感謝してるんです。一食280円は自分にとっては大金ですから、それを噛み締めてるだけです」

 冬空先生はカカっと苦笑して窓の方へ視線を移す。すこ屋の駐車場には先生と乗ってきた赤き究極レッド・スープラがいた。

「……? 先生は去年も首席合格の人に同じことをしたのですか?」

「んにゃ? そこはお前には特別追加要素で同情したからだよ。後お前とは約束したしな」

「ふぇ……?」

「んにゃ、覚えてねーならいんだわ」

 僕は言葉の意味が分からず自然と首を傾げて。冬空先生はカカッと笑いながら加えてた爪楊枝を捨てた。

◆◇◆学校裏サイト掲示板

 学校、というのはそもそもがつまらない。

 勉強、運動、礼儀――それらは基本的に努力が前提となっている。努力とは痛くて辛いもの。しかし生きる上で努力は一定量、求められる。


123:名前:サトー_@satosato_

 暇だなぁ、なんかねえかな。なあタロス君、校庭の隅でミイラ化でもしなさいよ。

124:名前:ち○ぽこタロス_@j_saya_

 新入生に殺人犯おるっぽい。


 ゆえ、つまらない日々に何かしらの刺激を求めるのは必然だったのだろう。辛い現実から、楽な理想へと――現実と違う世界というのはそうした魔性を秘めている。


125:名前:サトー_@satosato_

 ふぁっ!? スキャンダルやんけww

126:名前:短パンニーソ大好き太郎_@saihaini-so

 タロス様、どうか詳細をくださいな

127:名前:ち○ぽこタロス_@j_saya_

 聞いた話だから詳しくは知らん。けど殺人犯がいるんだってよ。


 裏サイトは加速するヴェルフェゴール・イン・ファーブラ

 面と向かって罵倒せず、見えないところで悪口を書く。それは端的に言って楽なのだ。


190:名前:ナナシ_@nanasi_

 そんな感じで気絶して終わりました。

191:名前:ち○ぽこタロス_@j_saya_

 粗大ゴミじゃねえか。

192:名前:サトー_@satosato_

 草ww

193:名前:ナナシ_@nanasi_

 草に草をはやすな


 笑いの本質が蔑みならば悦の本質は攻撃だ。一方的に、抵抗できない相手を殴るのは単純に気持ちいい。

 面と向かって殴ることも出来ない現代っ子、誰かを傷付けるという覚悟も無くその行いをしたくてたまらない子供たち。ゆえにこの後、彼らがどのような言動に走るかはある種、テンプレ染みていた。

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