第3話、入学3

◆◇◆4月2日 晴れ

 共感覚、という言葉を知っているだろうか。またの名をシナスタジア、とも言う。

 ある一つの刺激に対して通常の感覚だけではなく、異なる種類の感覚が生じる知覚現象だ。僕、秋津雲雀には共感覚があった。

「おはよ!」

「おう、おはよー元気そうだな!」

 例えばこんな会話。何処にでもある会話だ。

 しかし僕にはこの会話の〝声、表情、歩き方〟その人間に関する全ての情報から〝色〟が見える。

「(疲労錆色と微かな不安……疲れてる状態で一日を過ごすことに少しだけ不安を抱いている……?)」

 ――――人の感情を色として認識する共感覚だ。

 いつの頃からか僕にあった感覚。人の感情を色として認識し――――引きずられる能力。

「(あの人……強い不安を抱えてる……不味い、体感温度が下がってきた……何か、意識を変更しないと……)」

 僕は視線を窓外にある桜へ向けて、安堵の息を吐く。

「(本当に……面倒な力だ……)」

 机の中から教科書を取り出して頁をめくる。人間の書いた絵から情報は読み取れるものの、教科書に乗っているものは大半が不快なものではない。

「(……この絵、凄く幸せそう……楽しそうに書いてたんだろうな……)」

 共感覚が働くものは意外と多い。

 身体や声からは勿論、手書きの文字やその人の描いた絵からも読み取れる。

「(やっぱり本を読んでる時が一番落ち着く……)」

 歴史の教科書を左手で愛で一撫でする。だが次の頁を開いたところで教科書に影が落とされた――――顔を上げ、影の正体を一睨みする。

「君軸……」

「おはよう雲雀」(イケボ)

「……おはよう」

 顔面偏差値が高いが、言動に何から何まで損している男――君軸春鬼がいた。

「朝っぱらから教科書とか二宮金次郎かよ」

「生憎と薪を背負った覚えはない」

 頁を開く。歩く性癖デパートに礼儀は不要である。

「勤勉だっつってんだよ、可愛すぎだろ」

「お前はアレか、ジンベイザメは勿論、パンの耳やロバの耳、果てはテストの答案に対しても可愛いという類の種族か」

「遠回しにお前人間じゃねえって言われた」

「女子は人間じゃなかった……?」

 そんな軽口を言いつつ、君軸は後ろの席に座った。振り返る気になれないため、教科書を読み進めた。

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