第166話 仲間。3/4


「「——‼」」


破滅をもたらす流星の如く——夜闇に沈む世界を不吉に照らした降り注ぐ槍の一振り、その後に地へと突き刺さった槍から解き放たれた炎は、一瞬にして暴乱に為す術なく瓦礫の広場と成っていた森の一部を焼き払う。



「そうですか、何処に行ったかと思えば……見覚えのある顔が一つや二つ。そういう事ですか、ガラル・ディエガ……悪くない采配ですね、私としても」


まるでそれは、それこそが——神話に語り継がれる神の降臨のようであった。オレンジ色に揺らめくほむら残滓ざんしが、そこまでの騒乱の中でも失われていなかった夜の静寂を焼き尽くしながらパチパチと森を喰らいゆく——そうして、一つのまばたきの内に熱せられて膨れ上がった空気が触れる者に圧力を感じさせて、あたかもそこに現れた女神が放つ威圧のように見紛わせて。



「クスクス……僕とは初めましてだね。ルーゼンビフォア様、は吹かれてないと思うんだけど……面白い事をしてくれますよね。してくれてるのかな」


ひとつの物語の展開に段落を付けるように指先で整えられた眼鏡が映す森の静寂を消し炭に変えようとする火の粉と焔の揺らめきを映す中に、僅かに写り込んだスペヴィアは苦笑いを浮かべる他は無かった。


数多の彼が操る虫の軍勢の大半が、突如として浴びせ荒れた熱に耐えきれずにわらでも掴む思いで何かを抱き抱えるようにあしを固まらせ、今や森と共に炭へと変り果てていくのを待つばかり。


戦力の激減——宙を浮遊するスペヴィアの背中に生える巨大な蠅の羽は尚もと高速で元気な動きを魅せども、些かと嘲笑的だった彼の口調は静かに重く真剣みが混ざり始めている。



それほどに——そこに現れた彼女に対して抱く警戒感の度合いを表しているとも言えようか。



「ふふ、スペヴィアは私が少なからずの一人。ああ見えて彼は誰よりも規律を迅速に把握し、適応する……そうした土台の上で規律という囲いの中にある抜け穴や緩みを見つけては遊びにふける——時に思わぬ発見をさせてくれる事もある有意義な子です」


とはいえ、そんな彼の反応や話し掛けられた言葉を受けて、ゆっくりと地に降りて漸くと地に突き刺さる彼女の物だろうほむらに巻かれる槍を抜き取ったルーゼンビフォアだが、あまりある余裕を持っているのか、攻勢の気配を見せないでいた。


それどころか、


「——止まりなさい、


「……‼」


森を轟々たる焔で包んだ張本人とは思えぬ程に酷く冷たく感じる声色の言葉を淡と放ち、槍より噴き出した炎に焼き吹き飛ばされながらも平然と再び蠢きを始めようとしていた少女の風体であった怪物レヴィの動きを制止させて。


「「……」」


会話が、したかったのだろうか。怪物をけしかけておきながら、その戦場に割り込み、状況を刷新さっしんした彼女の思惑がイマイチと明瞭さに欠けて警戒感を募らせる老人ガラルと少年スペヴィア。


無論と、水ならぬ火を差された格好であった態勢を整える為に時間を欲していたのも間違いはない——故に一挙手一投足、現れたかつての女神の降臨と彼女の様子を覗い、ただ僅かの間でもと沈黙に身を浸しても居るのだろう。


「さて。此処に貴方が居る理由はくだんのマザーですか? 他と違って殊勝な心掛けですが残念ながらと言うべきか、彼女は既にの手中に納まってしまったようですよ」


そうして先程まで目に付いた者全てに対して暴れ狂っていたレヴィと呼ばれた怪物を一声で大人しくさせたルーゼンビフォアは、一息の後で地より引き抜いた槍に纏われていた焔を振り払い、ただの一振りで風を起こして周辺で森を喰らっていた焔の勢いすらも容易くと殺す。


「クスクス……確かに本当は長期戦になると予想しての偵察ていさつのつもりだったんですけどね。でも、喜ばしい事だと思っていますよ。思っているかな……ただ——ちょっとだけ、が気に入らなくてさ」


しかし焔は消えてもくすぶる熱は炭と化した森の瓦礫に潜み、にわかに夜闇の再入を拒んでいた。ただ彼女の意を汲みて、少女の風体であった怪物レヴィと同じく次なる命令を待って控えているにすぎないのだと思えてならない情勢には変わりは無く。



「……見ていたかのような物言いです。気になりますね、あの男が今回は何をしでかしたのか。気配までは感覚として伝わりましたが詳細は流石にでは分かりかねますのでね」


——ああ、なるほどと。

単に情報収集の為の手間暇に相違ない。巻き起こった争いを仲裁し、手打ちにしに来たなどと言う淡い期待など毛頭——考えもしていなかった事だったけれど、再びと増え始めてきた羽虫の騒がしい羽音の量を鑑みながら通り抜けてきた彼女の声に己自身への興味の無さを感じるスペヴィア。


だから彼は笑うのだ。


「クスクスks……教えてあげないよ、ネタバレは——怒られちゃうからさ、クスクス」


ひたすら単純に、示されている道筋は一つ。余地は無い。風が吹きて攫えども一度は燃え盛った地より舞い上がる熱気は尚も熱く、夜風の冷風と織り交ざる混濁が巨大な蠅の羽で宙を飛び揺らめく彼の鼻を突く。


——恐らくと交渉の余地も無き敵。言葉を喋るだけで、ある意味では命令ひとつで感情なく暴乱に尽くす怪物、かつて少女の風体をしていた少女の同じような物であろうか。


嗚呼、とは違って。



「ルーゼンビフォア‼ これはどういう状況だ、説明をしろ‼」


その時、そう叫んだのは始まった異質な怪物たちの諍いの状況に付いていけず、守りに徹してしまっていた暗躍者アーティーであった。


焔も木屑も土埃も飲み込んで、水面のように月明かりと周囲の燻る火種の光を歪ませる薄青い透明な体——いや、一見してそれを体と呼べる者は少なかろうか、元々の彼の顔や体は大半がドロリと溶けて広がり、背後に在る徐々に崩れていく岩の塊を半球状に守るように包んでいる。


「「「……」」」


彼は守っていた——自らが率いた者たちの身を自らの責任の名の下、率先して先ほどの吹き荒ぶ暴風のような人の威を介さない災害に等しき暴乱から。


そして状況が一時のものとはいえ落ち着きを取り戻した事で声を上げれば、心ある声に動く物語もあろう。


抜身だった隠し刀をスペヴィアとルーゼンビフォアの会話の掛け合いの隙に持ち直し、激しい戦いの攻防に集中して僅かに途切れていた呼吸を整え終えた老人ガラルもまた、アーティーが共謀者のルーゼンビフォアに対する激昂を放たなければ恐らくと次のような行動をとる事は無かったに違いない。



「——なるほど、彼らは貴殿の知り合い……思い返せば確かにそのような出で立ち——で、あれば」


和装の大きな袖から骨ばった腕を露にしつつ、そこから凝った身体を解すが如く真横に腕を開いて連動するように首の骨を鳴らす——そうして、そのような空気の刷新を試みる挙動の後に起こった事象は瞬間移動と表記して差し支えない超常。


彼は突然と現れた。

忽然と消えては現れる力を持つ彼のように。


いや、ここは呼び戻されたと言うべきか。


「——‼」


「「「ラフィス⁉」」」


夜の帳が降りて暫くも暫く——ドサリと一人の人間が地に転ぶ音のなき衝撃、その後にカキンと何かが砕ける音が続き、しかして夜闇を照らす月光とルーゼンビフォアが蒔いた種火の輝きによりて、その現れた人物が誰だったのか、少なくとも彼を知る彼らは一目で理解出来ている。


——ルーゼンビフォアとガラルの初の邂逅、その際に余計な詮索をされぬよう円滑な会話の邪魔にならぬように老人ガラルの異能によって行方知らずになっていた元聖騎士ラフィス。


「……些かと強引に去って頂きましたからな。ではあったが故」


 「アーティー、ここは——また飛ばされ——‼」


ここに来て何故に瞬間移動の能力を他者にも用いれる事を広く周知したか、突然の幾つもと理解し難い状況変遷の中で殊更に状況の一切を知る由なく困惑を極めているラフィスを投下すべきであったのか、その正否——或いは是非を問う事は不粋であろうとも思える展開。


兎角——彼らにとって混迷を極めている現在の状況は、ラフィスの登場によって拍車を掛ける事になったのは間違いなかった。



「ルーゼンビフォア・アルマーレン‼ 貴様ぁ‼」


それは一刻も早く、状況を把握せんと周囲を見渡したラフィスの視界に、やがて今は再生を遂げているとはいえ自尊心の強いラフィスを侮辱し、心を語る口を無情に砕いた事が記憶に新しい冷徹で愛想も無く、嫌味たらしいルーゼンビフォア・アルマーレンの姿が映るならば些かと仕方ない事とも言えるのかもしれない。


「……面倒な馬鹿を。また話がこじれそうですね」


頭に血が昇った様子で憎らしい感情が如実に表れた鋭く放たれるラフィスの地べたからの睨みと目が合って。そして盛大な咆哮を耳にしたルーゼンビフォアは辟易と瞼を閉じて少し俯き、そして息を漏らすに至る。


彼女の予想は当たっている。



「アーティー‼ 奴は裏切った‼ 情報が洩れる前に処すべきだ‼」


未だ手足が割れた瓶の如き状態で必死に立ち上がろうとする最中に、己の主張を猛々しく背後にいた仲間へと告げるラフィスの咆哮は、実に感情的で扇動的といえるものであったのだから——


確かに、話がこじれ、面倒な事態になる事は間違いない。

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