第161話 天の川を流れゆき。1/4


降りしきるのは銀河の如くきらめきたる結晶。

駆け巡るのは黒き閃光。


「急いでいるという割に、やはり本腰を入れている様子は無い……もしかして、まだを待っているのかしら」


数多の流れの痕跡が地下大空洞の空間を満たし、そして次々と壮絶な戦いの動きによって生まれ出でる新たな奔流に塗り変えられ続けていく。


縦に横に、斜めに後ろ。真っ直ぐ回って引き返す。


「はは、極上の煽りだな。常に全力を出す事が戦いでもあるまいし、どうにも決め手に欠けてるだけだよ」


摩擦係数の少ない雪原地帯を滑るが如く黒く滑らかな路面を先走らせて、結晶化した地底湖の水面に佇み続ける女帝デュルマを中心に縦横無尽に宙も地も無く漆黒のいびつな刃を備える槍を片手にはやし立てるかのように駆け回るイミト。


「威勢だけは衰える事が無いのかしら——正直、少し飽きてきたのだけれど」


次が何処から攻撃が来るか、まるで周りを跳び回る小蠅こばえの行方を顔を動かさぬまま視線の動きだけで追うデュルマは、些かと辟易と言葉を紡ぎながら黒きはえを撃ち落とす為の結晶の弾丸を掌の上で創り上げていく。


予断を許さない状況なのは、恐らくと——いや、間違いなくイミトの方であるのだろう。


「いつだって楽しませてもらう側ってツラだな……本当に——【業炎凱鬼ジェバスべナシス】」


 退しりぞくどころか、己自身は一歩とも動く事をせぬままにイミトの繰り出す様々な絡み手、奇襲を交えた攻撃を容易く防いでいく姿勢を続けるばかりの受け身のデュルマには、まだまだと多彩な選択肢がある余裕が滲む。


対してと、ひとつの攻撃を放つ度にそれが失われていくイミト。


「——あら。アドレラを圧倒した技、だったかしら……でも、遅いわね‼」



 「【翼竜晶エルツァバウリア】」



やがては全てが見切られて、見飽きられて、見限られる。宙空を駆ける黒き路面が宙返り、イミトの身体が投げ出されると共に瞬時に燃え盛る炎が爆ぜ、下方に高速で落下するイミトが結晶化した地底湖を踏み砕き、硝子がらすのような無色透明の水晶の破片を散り舞わせた瞬間に、結晶の鱗を纏うデュルマの背から猛烈な勢いで大きく羽ばたくが如く生え伸びる水晶の翼。


「ちっ——」


そして舌打ちの直後に指が鳴る。仰々しく姿を現した水晶の翼が羽ばたきを披露するその前に、イミトが業炎を噴き出して身を屈ませて高速の突進の構えを行うその前に、指が鳴らされる。


「【母地一変メグル・ナディアバウリ】」



 「——【食卓テーブル・視線マナー‼】」


空気を弾いた指鳴らしが産む鋭い衝撃波を小首を傾げて紙一重で躱せども、真に警戒すべきはの意味と悟るイミトは、かたむけた首の勢いを起点に身体をひねり回すかの如く振り返り背後から跳んでくる数多の蛇の群れの波に対して防御壁の如き黒き波動を押し流す。


恐らくと、デュルマの放つ魔力の影響を強く受けての如く変質した、津波の如く押し寄せるそれらを振り返って黒き魔力による防御壁で防がねば串刺くしざし圧殺はまぬがれる事は無かったであろう。


蛇の群れ群れが黒き壁に衝突し続けて砕け逝く硝子音がもたらす軽快で爽やかな音響とは裏腹に、凶悪に続けられる数の暴力——怒涛の連撃に、さしものイミトも些かと歯を噛んでいる様子。


更には、

「そうね。そろそろ——のも礼儀かしら‼」



 「【母地一転メグル・ペディロ晶界バウリア】」


 イミトが背を向けて襲い来る結晶化した蛇の群れに注視すれば、当然と生じる背後の隙を突く挟撃きょうげきも襲い来ようか。合掌の様相でパンっと叩かれるデュルマの掌の合図を以って、地下深き地下大空洞に地鳴りの如き感覚の音響が走り去り、


次の瞬間には天と地が引っ繰り返ったかの如く結晶化していたはずの地底湖から水が流れ落ちるように天へと伸びて、同時にデュルマの背に生えていた水晶の翼も更に更にと増殖し、地底湖の結晶と同じく天へと盛り上がっていく。


しかして——


「……もうちょっとだな」


そのような数多の数、四方を囲まれている状況下にあって、イミトの静かなる双眸そうぼうもまた揺るがない。背後から迫ってきていた蛇の津波を一段落と防ぎ切り、矢継ぎ早に迫り来るデュルマの追撃に視線を流して彼は呟いていた。



内心に潜ませている己の目論見を無意識に、それでも誰にも悟られる事の無いように密やかに——。



を傷つけずに取り出すのは難しいわね……出来る限り防いで欲しいものよ」



 「【顎閉ディオベルク‼】」


いや、それはまさに竜のようであった。獲物を喰らわんとする龍の顎、地下大空洞の地底湖から飛び出してきたような水晶で構成された竜が刺々とげとげしい大口を開いて迫り来るような光景。


「——おおせのままに【千年負債サウザンド・デビット‼】」


そんな上下から続々と迫る水晶鉱脈の竜顎りゅうあぎとを前に、退くという選択肢が毛頭ない様子でたぎるイミトの瞳。足下で業炎が渦巻く黒い靴をグッと踏み締め直し、黒い渦の魔力が激しく荒ぶる片手を大地に叩きつければ叩きつけられた勢いを応じた様子で膨大な魔力が地下大空洞の天井へと昇り、開かれて迫る竜の顎の如き水晶の鉱脈の進軍にくさびを穿つ。



「【貧民圧殺スラム・アサシネイト‼】」


そしてそのまま、水晶竜の顎が迫る勢いを僅かばかり殺した直後——次に生み出されたのは巨大なとげ付きの鉄球。それを水晶竜の喉奥に位置する女帝デュルマに向けて猛烈な焔纏ほむらまとう蹴りにて弾き飛ばせば、真っすぐに地は抉られて天井や地底湖から伸び上がり、又は降りて注がれゆく水晶の波は砕かれる。


嗚呼、安全なのは退ばかりではない。



「【晶絶剣バウリデュラハ・エステローデ】」


真っ直ぐと回転しながら猛進を始めた棘付き鉄球を、即座に創り上げた水晶の剣で真っ二つに切り裂いたデュルマ。その裏より現れる鉄球と共に、或いは鉄球の影に隠れて進んできた黒い人影ひとつ——鉄球を切り裂いた直後のデュルマの隙を突かんとする漆黒の禍々しい大剣を振りかぶるイミトの奇襲の如き追撃が放たれる。


——鉄球は、四つに割れた。


響き渡るのは竜のあぎとが閉じられた瓦礫の雨音と、二つの武器が硬さも勢いも拮抗させて衝突し合った激しい音響。



「早く姿におなりなさい……魔力の質も量も、このままでは勝てる道理など有りはしないでしょ?」


しかして、まるで、あたかもの静寂。互いにゆずらぬ交錯、二人の衝突で生み出された衝撃は周囲の、竜の顎や黒き鉄球の残骸らを全てを一瞬にして弾き飛ばして更なる瓦礫音を地下大空洞に響き渡らせるが、見つめ合う瞳同士が語らう物の方が互いにとって大きく耳に差し込まれるようで。


そして着実に互いの言葉は互いに届いていた。



「……せっかちが多いもんで——そんなにメインディッシュが楽しみなのか」


 「ええ、勿論——」


拮抗する力と力、微動だにしない水晶の剣と漆黒の歪な形の大剣。大剣に身体を寄りわせて片手で握られる水晶の剣を押し込まんとするイミト——全身で力を込めるイミトと片手のデュルマ、それを果たして拮抗と言えるかどうかは些かの違和。


だが少なくとも、


「それでも前菜は飛ばさねぇ【食卓テーブル・偽装クロス】」


それはイミトにとっても、デュルマにとっても本気——全霊の一撃には程遠いと宣えば、意味も無い比較に過ぎない。デュルマの握る水晶の剣に込められた緊張が思わずとゆるむ事象、黒霧に消えるようにおぼろげになっていくイミトの姿。



「……だ、マゾヒスト」


後に現れるイミトこそが本命、本領——デュルマの目の前で黒霧と成ってイミトの姿が消えたその束の間、何かに吸い寄せられるように黒霧が一瞬にして晴れゆき、デュルマの金色の瞳に映るのは僅かばかりと風に揺れる白い髪。


「——んふっ‼」


腹の底を締め上げるような一瞬の興奮、背筋に電流を浴びたようにデュルマは感じた。目の前で漆黒に染まる白き拳が構えられ、空間をゆがませる程の力の集約を魅せしめる光景に、己が知らない——経験したことも無い脅威を悟る。


「【黒極くろきわみ】」


防御。いや、間に合わない。


いや、いやいや——

それほどに——美しいと思える程の、純粋な力の集約。



「龍脈と繋がってるからこその無尽蔵な魔力と当たり前の質の良さ、でもな——アンタ自身から放出できる魔力の出力自体を比べりゃ大した差はない」


不思議とゆるり、見開いた眼の中で——硬直した知覚的な時の中で、聞こえたイミトの声は、あまりにも静やかな心地の良い死の宣告のよう。


おごるなよ、デュルマ。で——だ」

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