第130話 意味も無き爪痕。3/4


そして——聞こえぬはずのの声も。


「——まったく、どんな状況かねぇ……ツアレストの畜生共が、生意気に魔物を操る術でも開発したって?」


まるで糸を手繰り巻くかのようにジャラジャラと、叩き落とされた鎖付きの斧は持ち主の下へと蛇の如く這いずりながら戻りゆく。足音は二つ、蛇の肢体が堕ちた木の葉を擦る音が一つ。


その中で、最も長身であろう褐色の肌で露出度の高い衣服を着こなす赤い髪の女が気だるげに首を傾げた。


筋骨隆々とも言える——しなやかで筋肉質な肢体、額には蛇の鱗が頭飾りのかんむりの如く刺々しく生えて、見るからに強者の風格を漂わせる佇まい。


一方で、そんな彼女の左右に控えていた少女二人の風貌は如何なるものか。



「向こうも混乱してるよ、——別の勢力。自然発生では無いから、例のデュエラが連れてきた魔人の仕業かも。魔人ならあり得る……ウル姉様やレシ姉様にも連絡が付かないし……まさか倒されてはいないと思うけど」


一人は、愛玩動物として飼っているのだろう地に這いずる上半身が人型の蛇の背に無遠慮に乗りながら本を読む眼鏡を掛けた黒い髪の少女。


まるで優雅に嗜む休日を過ごすように幾人もの動く椅子代わりの従者の蛇を従えて時を過ごすその少女は、本に栞を挟みながら息を溢した後で始めの筋肉質な姉に自身の考えを淡々と述べ捨てて。


そして三人目の彼女は、


「はぁ……デュエラ。殺しに行きたかった。エルメラは良いなぁ」


その場に居る者には分らぬ話ではあるがエルメラという蛇の魔物バジリスクと全く同じ顔をした青い髪の少女である。


しかしボサボサの髪でペタペタと他の姉妹の後を追い掛ける様子は、寝起きのような着の身着のままの風体に相違なく、何処と無く荒々しくも従順な炎の蛇エルメラとは真反対の虚脱感や不真面目さを匂わせている。


とはいえ、何も知らずとも明白。



彼女らこそが、此度の戦場——敵対勢力の主力。バジリスクの女帝——通称マザー直々の娘たち、バジリスク姉妹。


「……報告は受けた。下がっていてくれ、状況を注視しつつ情報の整理……それから、これから少しの間——他の兵たちに僕らの近くから離れるようにと伝えてください」


三者三葉の佇まいが漂わせる常軌を逸した禍々しい雰囲気を読み取りながら、アディ・クライドは背後で状況が読めずに戸惑うばかりの部下をなだめ、更に端的な指令を与えてこの場より離れさせる。


「は……はいっ、直ちに——」


足手纏い、指令を受けた部下も直感するが否定が出来るはずもない。が三つ合わせてそこにあるような、死を容易く想起させる巨大な気配を前に平然としていられるのは、この場において揺らぐことなく強者の気配を漂わせる人間三人のみ。


しかして、あくまでもとしていられるに相違は無い。


彼女たちは、彼らよりも強い気配を放っているのだから。

間違いようもなく部下は、足手纏い。自ら悟り、急いで踵を返し何も言わずに走り去っていく。



「奴等が話に聞くバジリスク姉妹か……見た目とは裏腹、格段に禍々まがまがしい。一撃を受けただけで、まだ意気は衰えておりませぬよな、ラディオッタ殿」


そんな背を、誰が責められようものか。去りゆく部下が身振り手振りを交えながら、周囲にアディからの指令を伝えていけば、戦陣は瞬く間に移り変わって彼らを取り残し、周囲から去っていく。逆に蛇の多くは鼠の群れに襲われながらも、遠慮なく彼らを取り囲んでいくのだ。


「当然。しかし出来れば——この老体、幼子の風体の者に剣を向けたくはありませぬよ」


そんな背を、誰が責められようものか。それでも彼らは、戦いに身を浸す。

恐れが無い訳でもなく、緊張が無い訳でもない——。

だが、それこそが彼らがそこに居る意味なのだから。


一方で、

「——私だって母様ははさまの命令じゃなきゃ今すぐにでも妹たちの仇を殺しに行きたいよメルメラ。でも、こいつらを片付けてウル姉たちが手こずってたら半殺しでも良いらしい。なら、急いで頑張ろうじゃないか……有り得ない話だとは思うがね」


背後に控える仲間たちに向けて雄弁を余すことなく振るう三人の男たちを尻目に、生物として格上の性質を持て余す彼女らは酷く平穏であった。


「うむぅ……分かってる」


 「それで? 誰が誰を殺すの? メルメラが選ぶ?」


あたかも押し付けられた地域清掃の役割分担を決めるが如き平静さ。何の事は無い雑談のネタに愚痴を溢し合うような軽薄さで時を無為に過ごし、そして仕方なく仕事に取り掛かろうかと肩で息を吐いて格下を見下げ果てる。


彼女らからすれば強者であっても、ただの人間に過ぎないのであろう。



そしてそれは紛れ無い事実。で、あるのだろうか。


「——私は最後で良いよ。のはガル姉様が倒す方がだろうし」


気怠そうに一番不満げなメルメラと呼ばれた末っ子らしい青髪の少女がそう適当に決めれば。


「そうだねぇ——じゃあ一番、を貰っとこうか。たぶんアレが一番、活きが良い」


三人の姉妹の中で歳を一番に重ねていそうな赤紙褐色の筋肉質な女性は、ケーキでも選ぶように蛇の細長い舌で唇を舐めずる。目当ては黄色と黒の髪が入り混じる精悍な若き青年騎士アディ。


「良いよ。なら私は、そこので」


次に強そうなのはどれかと、変人の蛇を椅子にしたままに眼鏡を掛け直す本を抱えた少女が選ぶのは厳格な様相を魅せ続ける貴族騎士ギルティア。


「じゃあ私が白髭のオジイか……終わったら周りの雑魚で遊んでても良いんでしょ?」


そして余り物。何でも良いと述べながらも、何処か不満げなジトリとした目で見る白髪の老兵ラディオッタを見るメルメラは、やはり不満げに瞼を閉じて息を吐く。


——何にせよ、戦いの色合いは決まった。


「舐められたものだな——戦口上を述べよ。バジリスクとはいえ、名持ちの名を知らずにその首を国に捧げるのも格好が付かん」


「名を名乗って欲しいなら、ソッチから名乗るのが礼儀だろ? まぁアンタらは家畜の餌にするからコッチは名を聞く必要もないけどね」


三対三の形式を模る一対一。同意こそ無いが空気で決まった方式に、バジリスクと相対する男たちの中で一番に身分気位の高いギルティア・バーニディッシュが一歩と前に躍り出て問えば、意趣返しに褐色肌の筋肉質の女性が身分などには興味なさげに言葉を返す。


すれば当然と漂う険悪、不遜なバジリスク達に増々と厳格な睨みを効かせるギルティア。戦前の、衝突前の緊張が、いよいよと高まっていく。



そんな中にあって——健やかに彼が歩み出る。


「——僕の名はアディ・クライド。この戦のと自負している、功績は要らないが僕の後ろに控える——僕が名を知る者たちの命を守らせてもらう。君を殺してでも」


慌ただしい戦場の指揮や先陣を切る負担が吹っ切れたかのように、己が敵に目を向け——穏やかな心持ちで微笑む好青年アディ・クライド。


しかして、その敵や魔物にすらも敬意を向ける好青年ぶりとは反し、彼の持つ手には十分に過ぎる程に雷閃がほとばしり、戦に対する覚悟と彼自身の猛勇を周囲に伝えゆく。



「やっぱり活きが良い……バジリスク十二姉妹、のガルメディシアだ。アンタらも名乗りな、礼儀は礼儀だからね」


ツアレスト王国において最強に最も近いと謳われる青年騎士アディ・クライド。その彼が本気で放ち始めた威圧は、明らかに敵対勢力の目の色を変えさせた。


「——、アルティアです」


 「……メルメラ」


ギルティアに対しては不遜な態度を崩さなかったバジリスク姉妹は、アディの柔軟な対応と滲みだす気配に考えを改めて鶴の一声で妹たちに頭を下げさせる。


「名を聞かせて頂き感謝する。では——勝手ながら少々と所用が多いもので、手短に始めさせてもらいます、バジリスクのガルメディシア殿【雷閃舞踊リフィーリア・アルマティ‼】」


「——ホントに勝手な話、さ‼」


しかし、それで戦いが収まる訳でもない。従者の半人半蛇の手下に手繰らせていた斧を手に取るガルメディシア。雷閃を増々と迸らせながら先んじて剣を構えたアディに対し、盛大に斧を投げる動作を魅せて。


——こうして既に始まっている戦いは、新たなる局面へ。

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