第127話 白魔。1/4


蛇の死骸が幾つもと、あった。


秋色の重い色彩を誇っていた深緑紅葉の森も、灰でも降りしきったように白みがかり——まるで生気を失ったように次々と枯葉を落とす。


虫の息遣いすら聞こえてこない静寂を、何とか持ち直そうと遠方から戦の号砲がとどろこうと着実に死に向かっているような力なき森と成り果てて。


「か、体が…………エル、メラ……」


そんな中にあって、蛇が這いずるように倒れ伏す青髪の女は痙攣けいれんの如く指先で地面を削りながら動き、少し離れた位置に同じく倒れている妹の下へと急ごうとしている。


「返事をして……エルメラ……」


 「……ね、姉様……どこ……痛い……」


その妹は死にゆく森の地にあって未だ生きてはいたが、全身から血を垂れ流し、拙く返事をすること以外は痙攣ばかりでピクリとも自分の意思では動けない無惨な様子。


が追い付いていない……いったい、なにが……じゃないのに……」


森に何が起きているか——彼女たちには分からない。突如と襲い来る疫病や災害の如く、ただ心無く起きる事象に唐突に巻き込まれたに等しい状況で。それでも、自身も朦朧もうろうとする意識の中で何が起きているのかを脳裏で整理していた。


そんな彼女が見上げるのは、燦爛さんらんと太陽が輝くはずの森の空。


本日は晴天なり。されど輝きなど無いと確信を以って言えるはずの薄明はくめい——陽光よりも目を眩ませるような存在がそこにある。


が……が何かしてるのは間違いない……しかし、なぜザディウスは、こんな状況で動ける……なぜ、あんなが、こんな事を——」


禍々しい訳でも無ければ、神々しい訳でもない。ただ、何も無いような白き虚空の闇だけが毒々しく世界に広がりつつあった。


***


時を同じく、その事象の渦中にて——状況を平然と観察する太陽に存在する黒点のような影が佇む。


の魔素、魔力、魔術を極めた者のする事がある。そのの魔素に応じた色合いにな」


ザディウスはおもむろに自らの骨で創った骨の剣の二本の内の一本を肩に担ぎつつ、眼前で戦いを続けているはずの男へと会話の話題を意味深げに投げかける。


それは世界の、の話であった。


「——だが、そのような事象が存在する中では居ない。白は退……人が年老いて魔力神経——魔素のおとろえ、壊死えししていく過程で人の髪は白になるのだ」


「……」


何故に戦いの最中、手を止めてその話を始めたのか——対峙する男は何とは無しと察していた。


察していて尚、彼は言葉を返さず、戦いに挑むでもなく話を聞いている。


時間が必要だったのだ。


「当然と、白がになう属性の存在も無い——似た色としては氷属性の白銀はくぎんはあっても、今の貴様のような完全なでは無い」


気まぐれのように手を止めて口で言葉をつむぐ敵に甘える程に彼には余裕など有りはしなかった。槍の柄を相も変わらずに杖代わり、片膝を着いて疲弊する姿は圧倒的な劣勢を思わせる。


「……可笑おかしなものよな。誰しもが力を求めるべく魔素の量や質をで、敢えてする事によって他者の追随を許さぬ唯一無二の存在となるなど」


対照的に、もはや勝敗が決したと宣いそうな程に優勢に見える魔王は、皮肉を嗤う嘲笑混じりに話を続けて、それでもここまで良くぞ戦い抜いたと労うように敬意の眼差しを敵に向けているようでもあった。


「——魔素の……引力の逆、斥力せきりょく。それが貴様の核が持つと言った所か」


魔王としても、一個の存在としても言葉を交わすに相応しいと、真摯に丁寧に自身が考え至った物を声に出して並べ、その面差しは最後まで油断は無いと鋭く、最期まで敬意を持って相手の死を見届ける佇まい。


「どういう仕組みかは分からぬが、魔物にすら不可能なを超えて周囲一切の魔素を吹き飛ばし続ける——いったい、魔素をの貴様が、圧力を維持しながらそこに立っているのか興味深い」


「まぁ何にせよ、貴様の存在のおかげで周辺の魔素濃度は異常をきたし、生半可な者は立つ事すらままならぬ状況である事に変わりは無い。現に余とて、常にに気を張っておらねば貴様に近付く事すら出来んからな」


それでも——それでも尚と、男はのだから。

故に王は、曲がらぬ逆賊の底知れぬ矜持きょうじ畏敬いけいすら覚えているのだろう。


「……御託は良いんだよ。ゴフッ……あぁ……かは、ごほっ……くそ、厄介な奴に厄介な奴が合わさりやがって、結構な賭けだったのに予想以上に役に立たねぇ力だ」


涙の如く血を流し、嘔吐の如く血を溢し、寒さに震えるが如く細胞が血が噴き出す程に奮える。


だが、

白き魔人は、それでも尚と倒れず——未だに立ち上がろうとしていて。


「ふふ……確かに、この肉体の本来の持ち主の耐性が無ければ危うかったかもしれぬ。だが今や時も運も余の味方——貴様に勝ち目は無かろう」


剣を振るえば、槍を振り返してくるだろう——薄れていく彼の者の気配とは裏腹に、一矢報いるような野心の灯が彼の者の赤黒い瞳に轟々と燃え滾っている。


故に王は、何より尋ねたかったのだ。


。貴様にならば分かるはずだ、多くの魔物を使役し、憎しみにけがれ切った恩讐の中で生まれ出でるデュラハンの半人半魔である貴様ならば」


「たった一つの魂のみ……妄執の声の聞こえぬ世界とは、どのようなものか」


もはや何も無い——何も無いはずの男が、何に突き動かされ、ここに至り、どのような景色を見ているのか。世に存在する——あらゆる負の感情に包まれて成り立つ己と、魔人の違うのか。


王は、見た事のない景色を見ているだろう魔人に対して、その答えを何よりと欲していた。


その王の問いに、男は


「——憧れられるようなもんじゃねぇよ……隣の芝生が青く見えるだけ、ただのだよ……相も変わらず、バーベキューパーティーしてる訳じゃねぇさ」


吐き捨てたつばの残りを拭うように赤い血潮を取り除き、望まれているだろう答えでは無い言葉を普段通りの軽口を装いながら投げ捨てるのだ。

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