第126話 死すべき怪物。2/4


 力なく降り落ちた意識の虚をつく蛇の落下音に、驚きの悲鳴こそこぼれなかったものの、木々枝葉の上から落ちる幾つもの蛇の音は鳥肌が立つような戦慄せんりつを彼女らに与えた。


バジリスク達の戦力である大蛇や半人半蛇では無い——、一般的に道端に生息しているような普通とも言って良い蛇は地に堕ちて這いずり、その小さき身で三人の女を囲んで、それでも尚と威嚇に舌を小刻みに揺らす。



『いやぁ、たまにはもするもんさ。見つけちゃったよ、難なくと』


だが、注意すべきは蛇の落ちてきた森の上層——木の幹から伸びる太い枝の上で寝そべる短髪で薄緑髪のであろう。わざわざと不意を突き、奇襲を付ける位置に居ながら両手を枕代わりに後ろ頭に回して寝不足のように欠伸を溢している。


「ウルルカ……」


そんな女蛇の名を恨めしく情緒あふれて呼ぶのは、やはり彼女らバジリスク姉妹と因縁深き少女デュエラであって。


「バジリスク姉妹……まだコチラに戦力を」


すれば隣に居たカトレアが、それがと認識するに容易く——


「や、デュエラ。久しぶり……母さんが心配してるよ、直ぐに戻ってくるなら僕が頼んで怒らないようにしてもらうからさ、戻っておいでよ。また森でをして暮らそう」


「——ウルルカ。八姉妹の三女と推察、魔力感知がにぶってるのは確かみたい」


枝の上に座り直してデュエラに視線を真っ直ぐに降ろすウルルカを尻目に密やかに魔女セティスが腰裏に納めている飛び道具に悟ら寝ぬように手を伸ばすのも自然の流れ。


木の葉一枚落ちる音すらも際立つ緊張——優しげな男の子ような笑みを浮かべるウルルカであるが、意識を向ければ形容しがたい禍々しい猟奇性りょうきせいを感じる気配を放っている。


「そちらの子たちは友達? 素敵だね、とてもだ……皮を剝ぎながら、ゆっくり楽しみたいな。また逃げ惑うを聞きながら」


紛れもない——凶悪な魔物、蛇姉妹の一人。イミトや魔王の威圧とはまた違う、蛇が肌を這いずるような圧倒的な身の毛のよだつ存在感。


加えて——先に出会った、妹たちよりも明らかな格上と本能に思わせる不気味なが混在もしている。


「……は何処で御座いますか」


まだ動くべきでは無い——デュエラは仲間たちの前に歩み出て暗に仲間たちに告げて枝の上で頬杖を突いてデュエラ達を観察するウルルカとの会話に挑む。


「アド姉様? どうだろ、流石にを放置しておくのは危険だからねぇ……アレの相手に向かってるんじゃない? 君を捕まえる仕事を任されたのはレシフォタンとエルメラと僕の三人だけさ。基本、アド姉様とは自由行動だから」


しかしデュエラの覚悟に反して、ウルルカの様子は酷く力が抜けていて。問われた質問に対して嘘もなく、話を有耶無耶にしようとする思惑もなく、単純に事に対するを放棄しているような様子である。


余裕——と言ってしまえばその二文字。スラリと蛇の鱗に包まれた足をブラブラと枝の上から放り出し、彼女は小首を傾げて小悪魔的な天衣無縫な笑みを溢すばかり。


だが、はあった。


「それで? 僕の可愛い妹たちは何処かな? 質問に答えたんだ、君も質問に答えなよ」


無邪気な様子で、素知らぬ顔で、三人の人影しかない地上を見渡しつつ問う言葉は、この場には居ない事を知りながら、返す言葉を選べと言わんばかりの嫌味で回りくどい言い回し。


純然たる敵意と、悪意が殊更に背筋を凍らせてくるのだ。



「——今頃、魔王の戦いに巻き込まれて死んでいるで御座いますよ。早く助けに行った方が良いと思うので御座いますです」


戦いは避けるべきかもしれない——そう思わせる程の不気味さ、爽快で後腐れの無さそうな淡白な物腰でありながら、その実と——やはりか。


舌を震わせ蛇行で密やかに獲物の背後に回り込むような狡猾さがそこにはあって。


「……そのようだ。君たちは逃げて良いよ、妹たちを助けてから直ぐに追いつくからさ」


そう易々と背後は見せられない。さりげに枝から囲みながら集まり続けている普通のにも、ウルルカと会話を交わすデュエラを筆頭に背中合わせ気味に警戒を滲ませる一行である。


当然、敵である彼女の言葉なぞ信用するにあたいしない。


ただ——

「今なら三対一……デュエラ、蛇は散らす。アレは倒せる?」


数の優位、質の鑑定——強者を打ち倒すならば、用意周到に備え、機を見なければならぬのももっとも——ただ、多少なりともリスクを負わねばならないのも道理、或いは欲を出すべきなのも自然の摂理であろうか。



文字通り——降って湧いた機会を前に、銃に似た形状の己の武器を小さく鳴らすセティス。


ここで、バジリスクの軍勢の幹部の一人であるウルルカを仕留められれば今後の戦況を大きく左右するのは間違いない。


けれど——不確定な事柄が多いのも確かで。逆に負けてしまえば、それこそ元も子もない話。


「分かりませんです……三人目から上は、戦っている姿を見た事がありませんですので」


例えば現状——先ほど逃げてきた戦場から、ウルルカと同じくバジリスク姉妹のレシフォタンとエルメラが追って来ている可能性もあって。


一目散にを選択した為に、その後の彼女らの行方は分からず仕舞い——三対三で、戦える相手か戦って良い状況か。


悪循環におちいるリスクを、ウルルカを打ち倒せる可能性に照らし合わせ、デュエラも提案を口にしたセティス自身も頬に一筋——不穏の汗を流す。


対して、


「物騒な事。でも、君らだってのが居るだろ? 協力関係には無いけど一時的な調って話さ——ほら」


ウルルカは楽観していた。それは、ここで彼女たちと急いで戦闘をする必要はない上に容易く三人相手から逃げられるという確信があってのものなのであろう。


何故なら、ウルルカにデュエラらが気を取られている内に時間は着実に過ぎ去っていたのだから。


「「「——⁉」」」


周囲の気配を探る能力がにぶくなる状況で森の樹木の一柱に何かが叩きつけられてきしんだ幹が砕けるような鈍い音響——


否、直線上に木々が次々と倒れて行き、けたたましく重い倒木音が連鎖し始めた情景にて彼女らの視界に、現れる。



『老衰。かつての美しさは、語彙ごいと共にけがれ堕ちて』


そして重なり交錯する漆黒の大剣二本の金属の反響——首無しの騎士に抱えられた鎧兜の男の声は相対する彼女へと物寂しげに、或いは冷徹に告げるのだ。


「黙れ、貴様の趣味に付き合う道理など——無いわ‼」


すれば些か腕力で圧し負ける骸骨騎士に抱えられた鎧兜の女は吠えた。巨大な木々を湖に浮かぶ木片の如く足場に変えて、縦横無尽を極めた様子でそれぞれの臣下、己の肉体に持たせた大剣を振るい合う。


戦場に生まれ出でて戦場を駆け抜ける災禍の魔物デュラハンが二人——壮絶な攻防に唖然とする一同を前に、今まさに雌雄しゆうを決しようとしている。


——ある意味で、災厄であった。


「滑稽。己が立ち位置すら定められぬ、で‼」


 「貴様ら‼ ‼」



「「「——‼」」」


「【業炎バスティーバ】」



名もなき首無し騎士の指先が向くのは、デュエラらが唖然と立ち尽くす場所。指先に一瞬と灯った炎は瞬く間に爆炎へと変貌す。


直後——明確に、刹那的に、指を向けられた三人の女たちは理解させられていた。


——己らは、この場では足手纏いの邪魔者にしかならない、と。


しかしながら、各々にがありが異なるのも、またなのだろう。



「おっと、それはさ——が泣いちゃうから、ねっ‼」


それらが時に予期せぬ助力や窮地を脱する展開を産む。デュエラ達に迫りくる業炎を前に平然と跳び出したのは、枝の上に居たはずのであった。


彼女は既に高熱で蒸発する空気の荒波の中、短い薄緑の髪を揺らし身振り軽くデュエラ達を背に守るようにてのひらを差し出す。


——猛炎は二手に別れ、森を燃やせど地を焦がさない。否、焦がせなかった。


「……奇怪。どういうつもりだ。


空気が森の木々と共に怨讐の嘆きを放ちながら燃え尽きゆく情景に、その光景を予想していなかった首無しの騎士は動きを止め、彼が抱える鎧兜がぎろりと赤い煌きを双眸に灯す。


「お返しするよ、その言葉——この子は壊しちゃ駄目だってじゃないか」


飄々ひょうひょうとしていた。黒炭の如く焦げた右腕を自らの左腕でぎ取るウルルカは、辟易と脳筋の騎士に呆れた様子で言葉を返し、怖れを知らぬ表情で小首を傾げる始末。



事実、彼女はそのような態度をデュラハンに取れる程に——


——助けたんだから、そう急くもんじゃないさ」


 「——‼」


「デュエラ殿‼ 後ろです‼」

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