第125話 価値の亡き原石。2/4


それはに良く似ていて、確かにには近かった。

だが、あらゆる妄執の中に生まれ育ち、絶望をべる王にとって、その眼前の男が漂わせるの正体が見えずに居る。


「——何を考えている、貴様。戦いの渦中に……その腑抜ふぬけた顔は如何いかなつもりだ」


いや、或いはのかもしれない。引き潮の如く去りゆく戦意を持ち直そうと魔王ザディウスは己が生み出した骨の剣の先端を些かと重くイミトの佇む方向へと突き示す。


「はは……アンタこそどうした。動きを止めて、さっきまでは戦いに夢中になりたい欲求不満面だったのに。幻滅げんめつしたか?」


しかしイミトからすれば、何の事もなく時折と沸き立つ些末な感情。ふと吹き抜ける風に寒気を感じ、季節の変遷へんせんを感じるような細やかな事態。


——それを感慨深く感じ、過去を振り返り未来を憂う事をと言うのなら、


この時の彼はまさしく、であったに違いない。


「別に大した事は考えちゃいないさ。を探してた、未だに……ずっとな」


だと? 今ここに至り、逃げもせずに戦場を駆けた身で、余との戦いを了承したその口で」


行く先を見据えて揺蕩たゆたう心、ただよう幾つもの可能性の薫りに肩の力の抜けた小首のかしげ。今晩の夕食は何が求められているのだろうかと、あれやこれやと思い浮かべるような——そんな一時。


「考えるのは自由だろ? 俺ぁ戦争なんてもんが好きじゃねぇんだ、勝とうが負けようが痛いし、怖いし、だるいし、腹もく——戦いがなけりゃ今も向こうの何処かで傷を負う兵士が農民として規律正しく畑を綺麗にたがやして美味い食材を作ってくれていたかもしれねぇ」


朝は何を食べたか、昼は何が起きたか、今日はどんな夜だろうか。

ただ繰り返す、ただ繰り返す。


「それで、巡り巡って俺がその食材で楽しく美味い飯の研究をするんだ」


されどうつつを抜かしている訳でもなく、不真面目に過ごしている訳でもない。まして怠惰に溺れているとも言えず、至って真剣。己が最良とは何かを見つめ続け、彼は考え続けていた。


「戦わなきゃ行けねぇのは分かってる。だ、相容れない性分もある……そんな色々と絡み絡んだ面倒くさい諸事情を、たった一人——それもどこの馬の骨かも分からねぇ胡散臭うさんくさい俺じゃ止められねぇしほどけないのもわかってる」


今、ここに至り——かゆくなった左胸を軽く掻きながら溢される息には哀愁と諦観、若くありしも考え続けた結論が混じる。


「……未だ心とやらの片隅で未練がましく……他の繁栄を望むか。かつて貴様もその性質に憐れみ、興味を失い、執着を捨て、己が無力にさいなまれながら絶望に至りて、恨みに満ちて滅べばよいとまで口にしていたと覚えているが」


「そんな仰々しくは語って無かっただろ……面倒な事から逃げて美味い飯が食いてぇだけだよ、アンタが人を滅ぼすついでに楽しい遊びを探してるのとにたようなもんだろ? あくまでも自分の為に俺は戦ってるよ、矛盾はしない。ね繰り回してる有象無象のよりも重い——があるからな」


さもすれば、覚悟が必要だったのかもしれない。ここより先で彼が見据えた最もおぞましく最も彼が怖れるべき最悪を避ける為に、賭け金となり得るをテーブルに置く為に覚悟が必要だったのだろう。


重い物を持ち上げる前のような心の整理と、今後の動きの工程の確認。

或いは助走、或いは力の結集。


「ふん……つまらぬ問答であったな。述べてみよ、それにて戦の小休止はしまいとしよう」



対峙する者に悟られても尚と、言語化し、イミトは不敵にそれらを整えつつあった。



そして——会話の終わり、否——戦いの再開。


「そうか——相も変わらず取るに足らぬ理由りゆ……⁉」


だが、互いにそのつもりで武器を構えたものの、そのつもりであったが故に放たれる気配に魔の王は確信を抱き、動きをピクリと止めるのだ。


「……もののついでに、もう一つだけ。これは……時間稼ぎでも何でもねぇ単なるだが、少しだけ——アンタにとっては多少なりとも興味がありそうな面白い話だから」


「——


悟っていたのだ。目の前の男が掲げようとしている、その覚悟が本物である事を。


そして——払われるであろうが、己の命——王座を座する者ごと貫きかねない至高の槍である事を魔王は気付いていた。


「例えば、こんな陳腐ちんぷな話がある——御伽話の勇者様は、人々をしいたげる悪しき魔王に挑み、仲間を皆を苦しめる悪しき魔王を打ち倒しました。その勇者のとなったのは、失った最愛の者たちから託されただったと言います」


 「……」


とはいえ、イミトの体の中から漂い始めた気配は決して威圧的な物では無い。

むしろ気配が消えていく——内側に感じていた魔力の圧が周囲の空気に溶け出していくような、徐々に体温が、命が失われていくが如き感覚がそこにある。



「本当に、のような話だと思うんだよ。どこが愛と勇気だ、ただの無能が無能らしく振る舞った結果のだろ。勝てたとしても、せいぜい魔王様側のに違いねぇ」


だが——相反あいはんして薄らと暗い眼差しは殊更にするどさを増していく。

不気味であった。意味深で悪辣な物言いと等しく、倫理道徳を踏みにじるばかりが際立って。


「仮にそうだとして……魔王との決戦でクソみたいな奇跡が起きて、素晴らしい力を手に入れたり、秘められた力が覚醒しましたなんて御話おはなしの——感想なんてだろ」


やがてイミトの姿が起き始め、白黒の髪の——が多かった髪色が見る見ると乾くように禍々しい様相でに染まっていく。


更に彼の眼はを放ち、


 『最初から、大切なもんをに使えよ鹿——ってな』


その異変から浮かぶ普段通りのはずの薄ら嗤いは、尚更に凶悪さを如実に目撃者に伝えていくのだろう。


——悟っていた、故に先見の明にて


「なるほど、やはり貴様……に気付いていたか」


「自分の体……いや、アンタも知ってる通り、俺はなもんでな。その可能性に気付かない程、鈍感系な主人公じゃねぇんだ」


届きえる、に届きえる。


「——アイツらともそれなりに離れた。アンタがの力を魅せてやるよ魔王様、ちゃんと奪い取れよ? 奪い取れるかは知らねぇけど」


生まれながらの退屈と、弱者の嘆きに耳をいためていた王は——今まさに、初めてを見て——に——おのが命の明滅、慟哭どうこくを感じているに相違ない。


異常は常に、にあった。

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