第120話 静の思惑。2/4


そしてイミトはカトレアが問いに応える間もなく言葉を続け、僅かにカトレアへと振り返りながら朝に咲く絶望の華の蕾を愛でるように嗤うのだ。


「俺が思う答えは、明らかな周辺国に対するとツアレスト王国に対する……反ツアレストの思想が存在する事、或いはその思想自体に賛同する人間への宣伝に他ならない」


「——……バディオス王子、もといツアレストとしては鎧聖女が存命……もしくは彼女が半人半魔である事実は明るみにならない方が対外的に見れば都合が良い、と」


南の森の深奥から注がれるそよ風に乱れた前髪を整え、世界から向けられる敵意を形作って行くが如く語り、怪訝な感情を仮面の表情に浮かべるカトレアの思考を辿らせる。


「出来るならな。鎧聖女の動向は、レザリクス・バーティガルの娘である点からも共犯関係かどうか注意深く様子は見てるだろうけど、現状ではで謀略の阻止に一役買ったアディ・クライドを派遣していたり、


 他のツアレスト兵や軍からの信頼も厚くて名に恥じない働きもしてるからはある。それを現場にも居ない国の上層部……バディオス王子の一声で不透明な説明のまま鎧聖女が処されて国の内外に動揺が走らない訳がない」



自らの体に絡みつく不信のつるの種をき、養分を吸い尽くされて枯れ果てたような吐息を漏らしながら岩の側に置いていた水筒を屈み掴む。


「なるほど……つまり鎧聖女の首を狙うイミト殿は、ツアレストがと断ずるまでをしてくると危惧しておられるのか。だが、も利用するのがだと思っていた……或いは、利用できる余地は残すと」


そして長話に乾いた腔内をカトレアが言葉を返す隙を見て水筒の中身で頬袋を膨らまし、喉を潤しつつ口の中に溜めた水の半分でうがいを行って吐き捨てる悪態を魅せつけるイミトである。



「褒めてるように見せかけた安い挑発だな。乗る乗らないは置いといてバディオス王子の提案を完全に突っぱねたから、今回の場合は私が間違ってましたって今さら言っても遅い。アンタから見た今回の俺の選択は確かに無いんだろう」


服の袖で露を残す唇を拭い、改めてと背後の岩に腰を少し預けながら腰の脇に帯びる小さな鞄から動物の毛で作られた歯ブラシを取り出して朝に備えようという構え。


されども語らねばならぬ事は多く、歯ブラシの乾いた毛並みを指でパシとなぞり品定めの眼差しで彼はまだ歯を磨く事を先送る。



「ただ——俺が俺である事は変わらねぇだろ? ツアレストと明確に手を組むのは——他に協定として決まってるのはジャダの滝での戦いの後の最後の擦り合わせと、魔王石の回収と回収後の無償譲渡くらいだ」



「それ以上の……今後の連携についての提案を取り敢えず断った方がが予測しやすい。下手に世間体を気にして暗殺やら妨害を受けるよりは楽だと判断した。さっきも言ったように国と組んだ所で俺達の目的に、大きなメリットがある訳でもないからな」


そんな夜に行った会合の総括を夜が消え去る間近の朝に交わすような気怠けだるさ——徹夜明けの達成感のような物を想わせるイミトの面立ちは、後悔など微塵もない様子で平然と言い放つ。



「しかし——私には信じ難い。レザリクス・バーティガルの娘である鎧聖女が半人半魔と聞かされたのならば、バディオス王子を始め——ツアレスト上層部は彼女をレザリクスと同等に危険視すると思われます。それを、国防上の理由とはいえ放置するに等しく隠蔽いんぺいするとは……」


されど視点と経緯および敬意が違えば、見る夢は違う。元々とツアレスト王国の忠騎士であり一般的な良識と良心を自負するカトレアにはやはり、悪夢など思い浮かべる余地など無く——或いは疑いたくは無かったのだろう。


自身の抱える正義や大義や良心を他者にも求めるが如く腕を胸下で不安げに組み、彼女は眉根をしかめた眼差しを再びとイミトへと向けていく。



だが、どのみちと妄想の域を出ない幻想。願望と邪推であるかの違いだけ。


故に彼は些かと呆れた様子で肩透かしに小首を傾げた。



はしないだろ。何かしらの手は打つだろうし、もしかしたらレザリクスが現状のまま表立って取り返しのつかない行動をしない限りは雁字搦がんじがらめか骨抜きにして、これまでの陰謀を表立っては咎めなで置きたいと思ってる可能性だってある」



「むしろ、ツアレストとして厄介なのは俺達の方さ。事実を知り、現実としてさせたもある……目的も分からない、ぽっと出のだからな」


果たして現実はどちらに傾くか——まるで映写の物語を頬杖ついて傍観するような他人事の風体で自虐混じりに言葉は重ねられ、一度は取り出された歯ブラシが鞄の中に押し込められる。


、我々はツアレストと手を組むべきだったと思います。後ろ盾を得て、相互関係を目指し、信用を得て、身の安全と保証を取り付けるべきだった」


「……だからさ、俺達の——俺とクレアの目的は、鎧聖女が使ってるレザリクスが奪ったを取り戻す事だ。相容れないんだっての、ツアレストが思い描いているだろう一番の妥協点とは。時期も何もかもな」


「そんな事は無い筈です。バディオス王子と真摯しんしに話し合い、鎧聖女の肉体を正当な持ち主であるクレア殿に返してもらう……ただそれだけの話で。情報の隠蔽というなら、あまりこういういい方は気は進みませんが、鎧聖女の病死を装うなどの方策などアナタ方なら幾らでも巧妙な妥協点を思い付くはずだ」


頑なに省みさせようとする堅物のカトレアに負けじと、イミトの心の底に媚びつく物もまた然り。間近に迫る広大な森が、朝の微睡まどろみの中でそよ風を捕まえる遊びを呑気に行う姿が表面上で見えるとしても、密やかに遠くの空で暗雲が生まれゆき朝焼けの中で衆目に増々と晒され始めている。


「どちらにせよ、鎧聖女を処さねばならぬならバディオス王子の視点では鎧聖女が存命して得るメリット、微々たるレザリクス側のに賭けるよりもアナタ方とを選んだはずです。それなのにアナタは——」


と考えた。バディオス王子はそういう奴で、最も放置してはおけないが目の前にぶら下げられていたら尚更にそうなるだろうってな」


——嵐が来る。様々な勢力の思惑が行き交う世のいさかい、此度こたびの渦中に彼は佇み台風の目の如き静寂の中で徒労の息を溢しながら何者よりも先んじて嵐が振るうであろう猛威を悟り、白黒の髪を悩ましく揺らすのである。

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