第114話 不安、震えて。1/4
世界に夕焼けの薫りが漂い始めていた。まだまだ蒼いはずの空色に何処か名残惜しさが染み出して
或いは、彼らにもう
いいや、そのような
「……イミトは?」
口にした名の男を探しながらに魔女セティスが尋ねるのは台座の上で静やかに瞑想をするが如く瞼を閉じるクレアであった。そこにあったはずの黒い厨房が消えて、夢か現か分からなくなる程の平穏に残されているのは
「飯を作ってから荷物を持って逃げよった。何処ぞへ散歩に出掛けると言っておったが行き先は知らぬ。明日の夜明けには戻るらしいぞ」
セティスからの
「そう……あんなに困るとは思ってなかった。反省してる」
クレアの視線に引っ張られるように、そのテーブルを
「ふん。元々は奴が撒いた
冷淡な無表情に近くはあるが伏し目がちで、小さな背丈に何処か寂しさが滲む。しかし、その身に抱える罪悪感に呆れるようにクレアは反吐を掃くが如き鼻息を漏らし、セティスの反省を否定した。
先程までの久しき再会で、離れている合間に
「……ワタクシサマ、イミト様の御話は良く分からなかったので御座います。もしかしてワタクシサマもイミト様に迷惑になるような事をしてしまったので御座いましょうか。交尾は苦しいもので御座いますものね」
「「「……」」」
薄青髪のセティスと黒いテーブル近くの椅子から立ち上がるレネスの間に挟まれる形で会話に入る少女もまた、円滑に回らない関係の歯車の
しかしながら、何やらと物言いたげな沈黙が彼女を包み、周囲に少女の言葉を否定も肯定も出来ぬ神妙な雰囲気が漂って。
まるで純粋無垢な少女に、それを伝えるべきか否か——或いは如何に説明すべきかを迷っているような賛否折々な風体で。
だが、いつまでも沈黙に
「——デュエラ様、先ほど
そこで座っていた椅子から立ち上がって近付いて来ていたレネスは、あたかも話半分で耳に挟んでいたといった様相でサラリと幸薄な色合いの瞳を持ち上げて、ジワリと話題を変えていく。
すれば、やはり純粋無垢な少女。
「はいなのですレネス様……ワタクシサマは、そこでルルッコとピーチャンに出会ったので御座いますよ。ワタクシサマと目を合わせてしまって、石に変えてしまったで御座いますが……」
「人も家畜は飼うであろう? 別に何の不思議もない」
話題逸らしに何も気付いた様子を見せずにレネスへと振り返り、応える。その僅かに語る過去の
そして何を疑問に思うのかと人の傲慢に辟易とする想いを空気に吐き溶かし、先程までの会話の流れも然して愉快にはならなそうだとレネスの目論見に乗り上げるべく言葉を紡いだ。
「——正直、出産数も少なくて生育に時間の掛かる人を家畜とするのは些か非効率のように思うけど、バジリスクの視点から見ればそうは思わない?」
「イミトが言っておった……人で言う、酒のようなものだとな。何ら不思議はあるまいよ、貴様らが喰らうモノ、あの阿呆が作るモノ、食事を必要とせぬ我からすればそれもまた非効率というモノに相違ない」
薄青髪の魔女セティスもまた同じく会話に入り、ふと密やかに探究心の強い彼女らしく道徳や倫理を何処ぞの棚に置いた疑問を
「……なるほど。家畜では無く年代物の嗜好品という考え方」
「ともかく、貴様らは奴の作っていった飯を食い、今は英気を
川の少し涼しげな風、流水の音色が奏で続けられる美しの風景に隠れた残酷な理を背に、交わりゆく人と魔。理解と納得は別として、そこはかとなく話は逸れて先ほどの後悔が滲む暗い雰囲気は僅かばかりと緩和した。
それでもそれは、セティスとクレアの間だけの話。
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