第111話 洞穴の闇に溶けゆ。3/4


***

「てなわけで、完成っと。コーンミールのパンがゆスープ風」


「……綺麗な黄色。いきなり固まり出したけど、何したの?」


ドーム状に盛り付けられたソレは漆黒の器の上で増々と、トウモロコシの黄色を輝かんばかりに際立たせ、他にも粥の山の頂きには飴色の細い玉葱と緑の香草が散りばめられて横たわり、


かゆの傍らに寄り添うように茹でられて白んだササミ肉の筋沿いにほぐされた細い身が幾つもとつつましく添えられている。


「別に変った事は何もしてねぇな、そういう性質だ。煮込み過ぎると、一気に固くなって焦げる。掻き混ぜる最中はも考えながら絶対に目を離さないで弱火でゆっくりが上手く作る秘訣だな」


一仕事を終えて、盛り付けの際に黒い皿のふちこぼれた黄色のしずくを布で拭き取り、料理を仕上げたイミトは既に銀のさじが置かれている黒い盆の上に料理皿を乗せて持ち上げながら傍らで見守っていたセティスの問いに応えた。



「今しがた作ったと一緒だよ」


「これで粉薬を包むという事?」


そして目線を流した先にある薄い半透明の何とも表しがたい物質を引き合いに、例え話を構築していく。完成品と思しき一枚のオブラートを除いて、近くに積まれた飴焦あめこげ色の残骸もまた例え話には、うってつけの物だったのだろう。


「まぁな……芽が出始めた芋の大丈夫な部分とか皮の残りを磨り潰してから布でしつつコツコツと余分な水分や物を捨てながら最後は粉になるまで天日干しで乾かして作ってた。ここ何日かで何度か味見もしたし、試してみてるから素材自体には問題はねぇよ」


作り上げたパン粥を乗せた黒い盆に置いた後、改めて己の身を以って試すべく一枚のオブラートの端を少し千切り、二等分にしてセティスにも半透明のオブラートの欠片を手渡すイミトは、オブラートの欠片を舌に乗せた。


「お前も舌に乗せてみろ、どういうものか分かるから」


「——。なるほど」


すればイミトの真似をしてセティスも無機質な表情のまま短い舌をペロリと出して同じくオブラートを舌に乗せてソレの意味合いを確かめる。スルリと舌の唾液を吸い取り溶けゆくオブラートは、わずかな苦みがあれど無味に近く確かに薬ほどで無し。



「素人仕事で作ったもんだから耐久性とか均一じゃない所があるかもだけど、キチンと薬を小分けに包んで飲めば、舌で味を感じる前に飲み物で喉に流せるってな。俺はカトレアさんに飯を食べさせてくる」


オブラートの効能について納得の様相を見せるセティスへ補足の説明を述べながら、せっかくの食事が冷め過ぎる事を憚って改めてパン粥の乗った黒い盆をすくい上げてきびすを返す。



「お前らの飯も後で作らせてもらうから、もしデュエラが戻ってきたら待たせといてくれ」


「分かった。彼女の着替えの用意もしておく」


振り返り様に魅せた穏やかな笑みに浮かぶ瞳と背丈の違いも相まってセティスと目が合う事は無かったが、心はそぞろ——相も変わらず誰が為の飯。変わらぬ安堵と、語るを憚る寂しげにセティスは呆れるように息を吐く。


迷いなき背筋に一瞥いちべつをくれて魔女もまた託された勤めを果たすべく砂利を鳴らして歩み出す。



——そしてイミトは洞穴の入り口を白昼の光から守る暖簾のれんを押し退けて。


「カトレアさん、生きてるか」


「……ああ、イミト殿……とは連絡が付きましたか」


洞穴の中央で大きな木の葉のベットに横たわるカトレアに飄々と声を掛ければ、ユラリ微睡まどろみの酩酊めいてい——或いは朦朧もうろうとした意識にあらがうように瞼を重そうに開けるカトレアはベッドの上で首を落とすように力なく回す。



「——夢の中でも仕事かよ、素敵な事だ。けど、王子……つーかと連絡するのは明日の手筈だろ。急がせるなよ、こちとら肩がる話はこのんでしたくねぇんだ」


そんな彼女の馬鹿真面目ぶりに、ほとほとと呆れて漏らした息ひとつ。しかし、その時間はパン粥を丁度いい温度にするのは良い時間だったのだろう。


病に伏しているカトレアに歩み寄り、片膝を落として食事の乗った黒い盆を置き、イミトは洞窟の様子を改めて確かめるべく視線を回す。



「そうか、そうだった……すまない——こう寝ていると、心ばかりが急いてしまって」


「体の調子が悪くなりゃ心にも影響が出る。逆に体が満たされりゃ、好きや嫌いに関係なく抱かれた男に惚れる事もあるんだろさ。心も——身体機能の一つって事だ」


そこまで奥行き深く無い洞穴は、精々と畳四畳たたみよんじょうほどであろうか。イミトの批判に自制の利かない心を反省しつつ、洞窟の天井に視線を戻すカトレア。


喉の渇きやら喉の中で起きているのであろう炎症で生じるイガイガとした感覚を除きたい願望で喉を唸らせつつ、生真面目に休息に努めねばと木の葉のベッドの上で僅かに歪んだ眠りの姿勢を整える。


だが、それも束の間——



「相変わらず、酷い物言いだ……? な、——」


なめらかな質感の葉物仕立ての枕は頭の位置を整えた直後にすり替えられて、代わりに胡坐あぐらをかいた男の内腿うちももが差し込まれる。


「黙ってろ、弱ってる女なんか襲ったりしねぇよ……つまらねぇ。飯を食わせてやるだけだ」


「じぶ、自分で食べられますから——‼」


予期する事など出来よう無かった突然の膝枕ひざまくらに戸惑い、力の入らぬ体を暴れさせようとするカトレアではあったが、男の武骨で大きく——されど争いなど知らぬような肌触りの良い穏やかな掌は彼女の額を優しく抑え、もう片方の掌に乗せた黒い盆の上の素朴な料理のきらびやかさを魅せつけて意識を逸らせる。


「——いいから、大人しくしててくれ」


 「で、ですが……これは、些か……」


イミトの言葉に悪意は感じない——それは分かっていても尚、淑女しゅくじょの一人として、或いは国に身を捧げる騎士の一人として恋仲でもない男の膝の上で病に甘んじるなど、頬を赤く染める程の恥辱であろう。


けれども如何に恥辱と思って居ようが、


「はっ、別に口説いてる訳じゃねぇって。まぁ——こういう事をしてみたかったってけがれた欲望があったのは否定できないけどな」


無理矢理と高さを変えられた——或いはに置かれた己の為にしたためられる善意の食事を暴れこばんで引っ繰り返すを彼女は犯せない。それこそ騎士として、人として、あるまじきであると彼女の性分は考えてしまうのだから。



なにより加えて男が掛けるのような——


「——俺のはよ、自分で高い所から落ちて自害って奴をしたんだ」


「……」


カトレアからすれば普段から隠し事の多い出自も分からぬ謎深い男からの不意に放たれた寂しげな過去語りの予兆が、彼女の興味を引いたのも彼女が男の膝枕に甘んじさせた理由の一つであったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る