第111話 洞穴の闇に溶けゆ。3/4
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「てなわけで、完成っと。コーンミールのパン
「……綺麗な黄色。いきなり固まり出したけど、何したの?」
ドーム状に盛り付けられたソレは漆黒の器の上で増々と、トウモロコシの黄色を輝かんばかりに際立たせ、他にも粥の山の頂きには飴色の細い玉葱と緑の香草が散りばめられて横たわり、
「別に変った事は何もしてねぇな、そういう性質だ。煮込み過ぎると、一気に固くなって焦げる。掻き混ぜる最中は余熱の時差も考えながら絶対に目を離さないで弱火でゆっくりが上手く作る秘訣だな」
一仕事を終えて、盛り付けの際に黒い皿の
「今しがた作ったオブラートと一緒だよ」
「これで粉薬を包むという事?」
そして目線を流した先にある薄い半透明の何とも表しがたい物質を引き合いに、例え話を構築していく。完成品と思しき一枚のオブラートを除いて、近くに積まれた
「まぁな……芽が出始めた芋の大丈夫な部分とか皮の残りを磨り潰してから布で
作り上げたパン粥を乗せた黒い盆に置いた後、改めて己の身を以って試すべく一枚のオブラートの端を少し千切り、二等分にしてセティスにも半透明のオブラートの欠片を手渡すイミトは、オブラートの欠片を舌に乗せた。
「お前も舌に乗せてみろ、どういうものか分かるから」
「——溶けた。なるほど」
すればイミトの真似をしてセティスも無機質な表情のまま短い舌をペロリと出して同じくオブラートを舌に乗せてソレの意味合いを確かめる。スルリと舌の唾液を吸い取り溶けゆくオブラートは、
「素人仕事で作ったもんだから耐久性とか均一じゃない所があるかもだけど、キチンと薬を小分けに包んで飲めば、舌で味を感じる前に飲み物で喉に流せるってな。俺はカトレアさんに飯を食べさせてくる」
オブラートの効能について納得の様相を見せるセティスへ補足の説明を述べながら、せっかくの食事が冷め過ぎる事を憚って改めてパン粥の乗った黒い盆を
「お前らの飯も後で作らせてもらうから、もしデュエラが戻ってきたら待たせといてくれ」
「分かった。彼女の着替えの用意もしておく」
振り返り様に魅せた穏やかな笑みに浮かぶ瞳と背丈の違いも相まってセティスと目が合う事は無かったが、心はそぞろ——相も変わらず誰が為の飯。変わらぬ安堵と、語るを憚る寂しげにセティスは呆れるように息を吐く。
迷いなき背筋に
——そしてイミトは洞穴の入り口を白昼の光から守る
「カトレアさん、生きてるか」
「……ああ、イミト殿。バディオス王子……とは連絡が付きましたか」
洞穴の中央で大きな木の葉のベットに横たわるカトレアに飄々と声を掛ければ、ユラリ
「——夢の中でも仕事かよ、素敵な事だ。けど、王子……つーか国の上層部と連絡するのは明日の手筈だろ。急がせるなよ、こちとら肩が
そんな彼女の馬鹿真面目ぶりに、ほとほとと呆れて漏らした息ひとつ。しかし、その時間はパン粥を丁度いい温度にするのは良い時間だったのだろう。
病に伏しているカトレアに歩み寄り、片膝を落として食事の乗った黒い盆を置き、イミトは洞窟の様子を改めて確かめるべく視線を回す。
「そうか、そうだった……すまない——こう寝ていると、心ばかりが急いてしまって」
「体の調子が悪くなりゃ心にも影響が出る。逆に体が満たされりゃ、好きや嫌いに関係なく抱かれた男に惚れる事もあるんだろさ。心も——身体機能の一つって事だ」
そこまで奥行き深く無い洞穴は、精々と
喉の渇きやら喉の中で起きているのであろう炎症で生じるイガイガとした感覚を除きたい願望で喉を唸らせつつ、生真面目に休息に努めねばと木の葉のベッドの上で僅かに歪んだ眠りの姿勢を整える。
だが、それも束の間——
「相変わらず、酷い物言いだ……? な、何を——」
「黙ってろ、弱ってる女なんか襲ったりしねぇよ……つまらねぇ。飯を食わせてやるだけだ」
「じぶ、自分で食べられますから——‼」
予期する事など出来よう無かった突然の
「——いいから、大人しくしててくれ」
「で、ですが……これは、些か……」
イミトの言葉に悪意は感じない——それは分かっていても尚、
けれども如何に恥辱と思って居ようが、
「はっ、別に口説いてる訳じゃねぇって。まぁ——こういう事をしてみたかったって
無理矢理と高さを変えられた頭の下——或いは胸の上に置かれた己の為にしたためられる善意の食事を暴れ
なにより加えて男が掛ける呪いのような——
「——俺の母親はよ、自分で高い所から落ちて自害って奴をしたんだ」
「……」
カトレアからすれば普段から隠し事の多い出自も分からぬ謎深い男からの不意に放たれた寂しげな過去語りの予兆が、彼女の興味を引いたのも彼女が男の膝枕に甘んじさせた理由の一つであったのだろう。
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