第107話 動乱の滝へ。2/4


 神の候補に慈悲は不要と、命狙われるは告げる。


不信、猜疑心さいぎしんの塊である己からすれば、殺す理由は幾らでもあろうが、今は大別して三つ。


イミトにとって彼の言葉を——交渉を聞くにえない理由が三つあったのだ。


「二つ目、神の名と顔を使わせて頂いているって事は——その顔や名前は、神では無く決めていると判断した。そこから、お前の能力は……コピーや肉体を変化させるモノだと考えていた訳だが——


 まぁ、首を切っても血が出ないんじゃ、お前も——人形を増やす能力って所だろ。必要なのは遺伝子情報とかも含めた詳細な相手の情報——ま、安易で下ネタに走るなら精液あたりか?」


無粋な助言者の首を堕として一段落と、片手に果実の差し込まれているさかずきを持ち、果実の果汁をさかずきの中へとしぼるイミト。それから獣の肉が乗せられた更にも果汁を絞り掛けて味を変えて趣深おもむきぶかさかずきの中身を飲んで、骨付きの肉を豪快に喰らう。



「まぁ、それ以前に……ただの馬鹿じゃなさそうだし——当然、逃げる算段は済んでるとは思ってたが、本体は別の所に居るんだろ【H・スぺヴィア】さんよ」


「……」


そんな男の所作をすべからく草原くさはらの雑草と共に見上げるスペヴィアは彼の問いには答えない。


既に首を堕とされ、交渉が決裂している男に与える情報などは無いのだろう。


「流石に見ただけで複製やコピー人形を作れるとは思わねぇけど……いや、もしかしたらとか単にとかなら見ただけで複製できるのかも知れねぇか。とにかく、そんな危ない能力を持った奴の能力条件を知らないまま戦力として同行させるはヤバイに決まってる」


パチクリと胴体と斬り別れさせられたはずの頭に付いたまぶたまばたかせ、スペヴィアは黙ってイミトの語る理由を聞いていた。その表情は感心と僅かな驚き——愚かな人間にしては中々に行き届いていると言った風体。



「後々の事を考えりゃ尚更な。俺達を伝手つてに、この世界の後ろ盾云々うんぬんってのはも含まれてるんだろ」


「そして三つ目——これが一番に大きい理由だ。とっくの昔にを犯しちまってんのさ……テメェは」


だからこそ、興味深かったのだろう。白黒の髪を頂き、粗暴に肉を喰らう蛮族の如き男が。


だからこそ、少年は急いた。



「クスクスks……聞かせて欲しいよ。欲しいかな? もしかして、楽しいゲームへの口出しがそんなに怒りを買ったのかな?」


骨付き肉の骨部分を持ったとはいえ、油の付着した手を黒い布巾ふきんで丁寧に拭い、テーブルに使った布巾を放ったイミトへ冗談と嘲笑を交えてスペヴィアは己の中で心当たりがあった理由を先んじて差し出すに至る。


されど——


「それはだ、たわけが。盤面も見れぬが『悪手だ』などとのたまうから善手があるのかと無駄に考えてしまったわ……鹿を含め、腹立たしい事この上ない」


それに言葉を返すのはイミトと盤上で遊戯を行っていた白黒髪の流麗な女性の頭部——スペヴィアの首をねた張本人であるデュラハンのクレア・デュラニウスであった。


焚火の炎の灯りに照らされて尚更と不機嫌に眉間みけんに寄ったしわの影が濃く際立ち、突然に少年の首を刎ねた理由を、瞼を閉じて言い放つ。



すれば、そんな不機嫌をなだめるようにイミトは肩の力を抜いて笑った。


「はは。へいへい、負けたよ……空気を読んで乗ってくれると思ったんだがな。乗ってくれりゃ、もう少し遊べたんだけどな」


口振りから察するにその実と、遊戯は既に終盤の様相——将棋や囲碁やチェスでは無いこの世界の駒遊びはイミトの敗色濃厚の状況で、スペヴィアが現れていた時点で既に詰んでいたようであった。



「さんざねばりおってからに……客の手前、またでも張ろうとしておったのだろう」


「クスクスks……じゃあ、別の理由なのか。なのかな? もう流石にが無いんだ——興味深いから聴かせてくれると助かるんだけど」


草原に転がる己を尻目に何の事は無く会話を重ね、反吐を吐くようなクレアの物言いに対し、スペヴィアは己も会話に混じりたいと微笑ましく嘲笑を溢す。



だが——そんな想いに反して血は出ずとも無情にスペヴィアの体と頭。



「——ああ。だよ、それがテメェの犯した大罪だ。死に値するだろ? するかな?」


「……ネタ、バレ?」


その時になってようやくと、勝負は決して暇となったイミトはスペヴィアに目線を流し、彼の最期の願いをわらうが如く、呆れの吐息を漏らしながら己の創った背もたれのある椅子に信頼の背を預けた。


「これでも……アイツらの土産話、楽しみにしてたんでな。どんな結末であろうと見送った手前——受け入れるのがギャンブラーの矜持きょうじって奴で、自分の眼で勝敗を確かめたいと思うのが人情って奴さ。関係も無い他人から喜びも悲しみも無く結果を伝えられたって面白くねぇだろ」


「なにより——初見のフリして土産話を聞くのは中々どうして難しくって苦労が多いってな。全く……新鮮な気持ちで楽しみたかったもんだよ」


勝敗の決した盤面を白黒の髪を操って甲斐甲斐しく整え直すクレアの横で、嘆くような愚痴を溢し、軽く冗談を述べるようなイミト。再び片手に持った黒い杯が何処か寂しげで、儚い表情を匂わせる。



「無粋な事をしてくれるったらねぇよな。せめて合流してから顔出せよ、直ぐにパパに褒めて欲しいガキじゃあるめぇし」


それでも言葉尻が明快で些かと軽く、怒りを感じさせないのは彼女らが無事であると耳にしていたからかもしれない。


一つの心配のもやが晴れて、抱えるのは次なる悩み。



「——なるほど……クスクス、それは確かに大罪だ。納得したよ。したかな?」


そんな、度し難いが一応は神候補——天使であるスペヴィアに微笑ましい表情を浮かばせる。ドロリと白濁に溶けていく状況であっても尚と、生に執着の無く怒りも恨みも無く晴れやかに消えていく異形。



「てなわけで——厳正なる選考の結果、誠に残念で御座いますが今回は御希望に沿いかねる結果となりました。大変恐縮では御座いますが、ご了承くださいますようお願い申し上げます」


人ならざる者との面談は慣れ親しんだものだと、好かれぬと自覚した上で軽妙に皮肉めいた定型文を並べゆくイミトは椅子から重い腰を持ち上げて、溶けていくスペヴィアに歩み寄り始めた。



「クスクスks……これが今回ののデュラニウスか。少し君には抱かれてみたかったよ、見たかったか——な」



そして——掌に灯されたのは、介錯かいしゃくの如き慈悲深い穏やかな黒い魔力の渦。夜の闇よりも暗い黒こそが、この日——H・スぺヴィアが最期に見た景色である。

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