第95話 大河の流れの如く。2/5


 それから場面は変わり、イミトが手に取った特殊な魔石に光を帯びさせた原因——もう一つの似た色の魔石に光を灯したセティス・メラ・ディナーナは、定時連絡がてら事の顛末てんまつも含めて報告していて、かくかくしかじかと中略と相成る。



『なるほどな……、その魔物の魔力で発展を遂げた街。事故の一つでも起きれば、とんでもないだ』


何処か懐かしい匂いがした。

濡れた土と乾いた土の匂いが織り交ざり、湿気に溶けて鼻を突く。

或いは古びた木片が経年の湿り気で萎びたような、今にも名も知らぬきのこの一つでも生えてきそうな——そんな音の気配とかおり。



「うん。情報筋から聞いた話からの憶測——この街の下にある龍脈は、その巨大な魔物の封印の為に殆んどが使われているけど、同時に魔物の維持の役目も担ってると思われる」


?』


先程まで居たカジェッタの店よりも古く、恐らく窓を開こうとも街の喧騒は聞こえてこないその場所で、彼女たちは静かに——密やかに魔石を通じて会談を行っている。



「街が一日で消費するとは言え、ただ封印されている状態で魔力を吸い続けられれば流石にするのが道理。それが維持されているとすれば。そう考えるのが自然」


『……龍脈とかいうに魔物って水道管とを付けて吸い出しているって理解で合ってるか? 他には、乾いたスポンジとかで水を吸い出させてしぼり出してるみたいな』


少々と小難しく交わされる会話の色気の無さに、魔石越しの意味とは眉をしかめかけていそうな声色で報告者のセティスの話を、自分なりに噛み砕いて何とか理解しようとしていて。



「簡単な仕組みの説明としては、類似るいじした物だと思う。それがされたのか、元々だったのかは調べてみないと何とも」


或いはセティスもまた未だ理解が及んでいない事柄なのだろう——あくまでも推測の上の確認も確証も得ていない不透明な事柄でしかない。己が見聞きした情報の中で、思い付いた現実味を帯びる可能性を他人が聞けば、切って捨てられるような被害妄想的な陰謀論を吐露しているに過ぎないのだから。



されど、


『そうか。真っ先にが思い浮かんだんだけど……まぁでも、確かにの可能性もあるのか……なるほどな』


彼女らよりも先々を見据え、少ない骨組みの情報に肉を付けて行くように。更に狂った思考展開。


床や建物がきしむ音の中にあって、その頭の回転が——思考の動きが如実に伝わってくるような情感の込められた言葉と言葉の間——声の間合い、沈黙の深さ。



「……私たちが今いる場所に住むカジェッタという情報提供者の話を聞くと後付けの可能性は高い。危惧しているのは——そのという発想で、もしかしたらリオネル聖教の目的もかも知れないと思えてきたところ」


まきをくべれば更に燃え上がるのではないか。くすぶる火のような静やかでありながら力強い気配に、想い出補正を掛けていると自覚しつつもセティスはイミトに追加の推論を述べるに至る。


すると、イミトは即座にを否定した。


『——違う……と思うぞ。魔物に対抗する為に魔物を使う作戦に、アディを始めとした一般的な軍部が賛同するとは思えない。アディは作戦について知ってる感じだったか?』


「……全て承知で納得してるように思えた」


目算が甘い、まだまだ考えが全てを掌握するに及んでいないとでも言わんばかりにセティスの推論、或いは彼女が結論を急いて飛びついた己の発言をも否定する。


それでも——セティスの思惑通りに思考にまきはくべられ、蒸気機関の煙の如く、警報を示すが如く、熱を帯びる暗き言葉を聞く者の耳の中に立ち込めさせ始める。



『なら目的は恐らく単純にエネルギー……だな。大方、転送系の魔法で兵隊をジャダの滝に送り込むに使おうとでも考えてんだろ、当たってるかは知らねぇが』


『そこらへんは俺なんかより詳しい人の方が思いつく事があるんじゃねぇか? そこに居るんだろ? が』


その不安をあおる悪魔のような言葉の数々を聞いていた者は、イミトの読み通りセティスだけでは無かった。ここまでセティスの報告の邪魔をしないようにおもんばかってか、セティスのかたわらで建物の木製の壁に背中を預けて腕を組んでいるもまた、彼の不透明な推察を瞼を閉じたまま黙って聞いていたのである。


そんな彼女の様子を、セティスはこう語った。



「——居る……けど少しみたい。さっきから黙り込んで様子を伺っている」


普段は覆面の裏に隠されている薄青髪が首を動かした為に僅かに揺らめき、セティスが視界に納めた白髪の騎士は目を閉じてうつむいているがイミトの声を聴いているだけでも不快だと言わんばかりに怪訝な表情。



「……それは機嫌も悪くなります。カジェッタ殿の店での顛末てんまつを聞けば」


 『——……』


当然、理由はある。彼女は怒っていた。

イミト・デュラニウスという男の、ここまでの行動に対して——いよいよと我慢ならない程に、と言っていい程に不満を抱いていたのである。



「答えて頂けませんか。アナタは何時いつから、何処どこまで予想していたのか」


『——なんというか、もう問い掛けだな。正直、というか当然……アディ・クライドの登場はだ。動揺の真っ最中だよ』


「しかし、の……あの子が置かれているには我々と別れる前には。間違いありませんね」


ただ——それは己に害が為された為ではない。純粋に他人の為に、騎士として人として彼女はいきどおっていたのだ。


『……ああ。としてはな、だから念の為に心許こころもとない手を打ってた』


「何故、そのようなを予期して居ながら彼女を我々に同行させたのです」


延々とたぎるようでありながら感情を自制しているのだろう静かな熱量の声色で問い掛けた女騎士カトレアは、——デュエラ・マール・メデュニカという少女に対するイミトの仕打ちにいきどおる。危険を知りながら、放置、放任、更に語気を強めれば放棄。


イミトを狂信的と思える程に、信奉とも言える程にしたう少女を彼がに——失ってもいいのように扱っているのではないかという義憤ぎふんに駆られて、いきどおっていたのであろう。



けれども、そのも予測の内か——


『——その口振りだと、に居ないんだな』


女騎士カトレアの問い詰める姿勢で突き付けられた言葉の刃に、酷く冷淡に瞼を閉じた様子の声で言葉を返すイミト。その冷静過ぎる——動揺も罪悪感も感じない、冷徹な大道芸を行う人形師のの如き声色が増々と、カトレアに拳を握らせる事も、さもすればすでに悟っているのだろう。



「ん。今は知り合った鍛冶職人のカジェッタさんと目当ての調理道具を選んでる、鍛冶工房の


「そうか……まぁ、自分らも巻き込まれかねないで何も知らないを押し付けられて怒る理由も分かるけどな」


そして——セティスから少女の行方を聞いたイミトが、普段通りに自嘲するように言葉を聞く相手を茶化した言動が、彼女に臨界点を越えさせたのだろう。



「そのような事は言っていません‼ 私は、わざわざ彼女を危険だと分かっている場所に送り出し、その可能性を警戒をうながさなかったに怒りを覚えているのです‼」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る