第94話 谷塞ぎのバルピス。3/4


故に平然と、鼻でわらうが如くセティス・メラ・ディナーナは言い放った。


と思う。アナタも悪い人間では無さそうだもの。きっと沢山の罪を犯して懺悔室ざんげしつでお漏らしをしてきたと察するし。オムツは何枚くらい取り換えた?」


相手の思想に対する共感におおわれる、あまりにも聞き苦しい悪辣な問い掛け。

嘲笑に嘲笑を返し、挑発に挑発で返す。


悪辣な笑顔と身振り手振りが有りさえすれば、まさしくセティスの脳裏に宿る他者の神経を血管が詰まってしまいそう程に逆撫でする悪魔の御業みわざ



「……そのような冷ややかな表情で、本当に品性の欠片も無い口だ。とてもアディが信頼を寄せるような方の発する言葉では無い」


「しかし、嫌疑を掛けた理由にを頂けたなら早速と名乗って頂けませんか? もちろん、アナタを含めて彼女にも。それから、その金硬貨の出所も」


余裕の口振りを保ちつつも、若干と顔をひきつらせるラフィスのぎこちない表情。己の心をなだめるように並べた言葉。


そんな振る舞いを見てセティスは更に思う。

——もうか、と。



「嫌。私、アナタがだから」


「——……」


すれば吊り目で細目なラフィスの元より笑みに近い表情が固まり、周囲の空気が緊張でピンと張り詰める。ラフィスの傍らに居たアディの口が唖然と開く程の——冷淡にして辛辣な一言であった。


だが、ではいけない。



「せ、セティス殿……そのような態度では流石に私もかばい切れなく——」


咄嗟に慌ててアディが不機嫌に振る舞うセティスに歩み寄り、腰を低くして怒りの雰囲気を滲ませる同僚の気配に気を遣いながら知り合いの彼女をいさめる。



その時だった。


「——いい加減、人の店の中でほこりが立ちそうな話は辞めてもらえんかね。そちらの兄ちゃんらの用件はもう終わってるはずだろ。俺は橋の下には行かねぇし、案内もしねぇ」


いよいよと緊迫が限界に近付きつつある状況を見かねたのか、カウンターに置いていた中身が酒ではない酒瓶の底でドンッと置き直し、店の店主カジェッタが愚痴を漏らすように嘆く。



「おや、金で目の色を変えたのですか? この怪しい方々をかばうような言動に聞こえますよ?」


後ろ手を組んだままセティスに顔を向けたままラフィスの目が少し真横に流れ、ラフィスは暗に脅すようにカジェッタへ言葉を返し瞼を閉じた。犯罪者を庇う犯罪行為が国の法に規定されて居なかったかと記憶を探っているようである。



けれども——例えがあろうと、動きを変えるつもりは無い。


「好きなようにとらえりゃ良い……何だかんだと言う度に寄付なんていう善意の強要でタダメシ食ってるくせに、神の代行だか何だかと他人の名で何処までも偉そうなテメェらのふところから出る小汚い金よりゃ、嬢ちゃんらの金の方が綺麗で魅力的なもんだ」


カジェッタは掴んでいた酒瓶の飲み口に捻じ込んでいたふたのコルクを素手で引き抜き、堂々と中身を傾ける。そして更にかたくなな意志を表すべく、彼は蓋のコルクを捩じり外したような口振りも披露するに至る。



「浅ましい……それに随分な嫌われようだ。そのような不敬、いずれが下りますよ」


「下すの間違いだろ。神様気取りのが……テメェらに天罰が下ってないだけで神なんぞらんと思えるわい」


にわかになる宗教論争。カジェッタの辛辣な物言いに、聖騎士という立場上——ラフィスも物思う事は当然とあるのだろう。



されど、今はも。


「……まぁいい。それよりも今は彼女たちだ、私は鼻が利くのです——彼女たちからは犯罪の匂いがする。このまま放置しておくことは出来ません」


腹に抱えるいきどおりを再びと抑える一仕事を終えてウンザリとした徒労の溜息を漏らすラフィスは、改めてとカジェッタから目線を切り、最も不愉快な喧嘩腰の魔女セティスに虫を潰す覚悟を決めたような眼差しを向けた。


「ラフィスさん……」


そんなラフィスに同僚のアディが、ここからの展開を憂う声をこぼす中、にらまれたセティスもまた面倒げに瞼を閉じて息を吐く。


「——随分と執心しゅうしんされてるみたい。モテる女は辛いね、こんなストーカーに追われる事もある」


「そんなに気になるなら、神様の名前を使って街の出入り口の税関に問い合わせるのが賢明。書類は整ってるはず。そのくらいは指摘する前に頭を回して欲しい事案」


これが最低限、出来得る限りの譲歩だと言わんばかりに嫌味を満遍まんべんなく混ぜ込んだ言葉を並べる。今、この場をしのぐ為のあくまでも自然な振る舞いを心掛けて、己には何の負い目も無いと言い放つ。


「……、という恐れもある。手続きをしている最中に逃げられる可能性もありますからね」


ラフィスの言い分にも確かに一理はあるのだろう。それでも誘導されたでしかない。事前に種は撒いていて——或いは彼は今、彼女が撒いた撒き餌に食いついた。



「だいたい、後ろ暗い隠し事があるのなら——普通に考えて、そっちのお仲間のアディ・クライドに私たちの目的地がジャダの滝である事は……アナタの態度がから私に答える気が無くなってるだけ」


「少しは他人を不快にする自分の顔を鏡で見る事を推奨する。察するに顔だけじゃなくて頭も悪い」


タダで情報を与える程に、セティス・メラ・ディナーナは向こう見ずな性格では無い。既に仕込んでいた伏線を回収するように語る道理。


あくまでも口を閉ざす理由は。嫌悪でしかない。



そう一手である。


「「——……」」


そうして、ただ——互いに睨み合う事しか出来なくなった平行線、会話の結末。

はどちらにあろう。どちらにせよ、利を得て害を避ける為に、折り合わない話し合いの末に至るは人のさがか、強者の理屈か。



些かの強硬手段、ラフィスは腰に帯びていた剣を抜き——セティスも己が身を守る為に服の下から素早く拳銃を滑らせる。


「ラフィスさん‼」


唐突に思えるように始まった周囲の蛮行に慌てて声を荒げるアディ。けれどもラフィスとセティスの両名は、アディの声もむなしく——互いの武器を互いに突きつけ合い、既に一触即発の状況で固まっている。


そんな最中、事の発端——或いは原因の一つである少女はと言えば——


「え? 戦うので御座いますか、セティス様。まだイミト様へのお土産が揃ってないので御座いますが……」


店のカウンターで袋を引っ繰り返した故に乱雑に積み上がっていた金硬貨を丁寧に並べつつ、お買い物に残心ざんしん——もう少し待って欲しいと言わんばかりに呆けるのみで。



しかし、原因であるが故にアディの時とは違い、平和な彼女へと視線は動くのだ。


「……この男の出方次第でかたしだ——『を教えて頂ければ、安心してとやらを買い揃える事が出来ますよ。僕も、一度は抜いた剣をさやに戻すと約束しましょう』」


無論それはセティスだけでなく、ラフィスもそうであった。セティスが仕掛けていた伏線によって攻めの言葉を失ったラフィスは、本来の狙いであるデュエラへと標的を切り替えたのだろう。


ここまでの純真無垢な口振りから御しやすそうとを括って。


「へぇ、そうなので御座いますか? では、それでお土産選びに集中できるなら」


「駄目、——っ‼」


実際の所——ラフィスの見立て通り、今回の思惑が交錯する戦いに置いてデュエラは相手の牙城がじょうを崩すには最適な部分ではあった。彼女が口を開く事を阻止しようと言葉を紡ごうとしたセティスが、慣れた仲間の名を口にする事をはばかった事も、それをし示している。


「……?」


 「——……っ」


セティスに軽々と片手で突きつけられた牽制けんせいの刃が、軽快な様子でゴキゲンにつばを鳴らした。

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