第93話 幾度目かのお仕え。3/4


「それは?」


やがて仲間との連絡の決意を固めたセティスがふところから取り出すのは、一枚の魔法陣が書かれた紙と長方形に加工されている魔石。カトレアは魔石が連絡にもちいる為の道具とは知っているが、地面に片膝を突いてかがんだセティスが地面に置く魔石の下敷きとなった小さな紙切れには見覚えが無く、なのかと尋ねる。


すると、セティスは作業を続けながら答える。



「念の為の盗聴妨害魔法陣、位置と方角の探知は防ぎようが無いけど会話にノイズを混ぜて解読を不能にする。を片耳に付ければ、アナタもノイズが除去された連絡先の言葉が聞ける」


のような——便利な代物ですね」


そして紙に書かれていた魔法陣にセティスの魔力が通り始め、淡い光を放つ線となり——不思議な事に紙の上に置かれていた魔石が浮き上がる。


「技術自体は数年前くらいには確立されてる。念を発生させた、距離が離れてるからツアレストの中継施設経由で時間差が発生する。少し周りの警戒をお願い」



「承りました。そもそも、向こうが連絡を受け取れない可能性もあるのでは?」


紙の上で重力を無視して浮遊し始めた魔石——光の波が加工されている魔石の表面で揺らめき始め、ほんの些細な魔力のさざ波を世界に広げているようである。



「それはそう——反応を確認、魔素の周波数を調整」


その様子を真剣な眼差しで凝視していたセティス、僅かな光の波の変化を見つけ下敷きの魔法陣の線から放たれる淡い光に指で触れて、何やらと作業を進めた。



すれば、


『……あ、ぁ……? 用件なら手短に頼む』


「通じた——‼」


聞こえ始めた男の声。男の声が聞こえた耳に装着した道具に触れて、その耳に装着した道具が初めてだったカトレアは些かの興奮こうふんを覚える。けれども、直ぐ様と声をひそめるようにと唇の前で指を立てたセティスの眼差しに押し殺されて。



そうしてセティスは、ここには居ないはずの男に向けて現状を話し始めた。



「……緊急連絡。が単独でと接触、数名の仲間が建物前に配置されてる……判断を仰ぎたい」


それはを恐れての過剰な措置だったのか。敢えて難解にして男の答えをよどませる為の悪戯いたずらだったのか、セティスにしか知る由は無い。ただ、唐突にわざと仲間内にしか通じないであろう暗号の如き遠回しな表現を用いた事実に間違いはない。



だが、魔石越し——遠くに居る男は、


『懐かしい雷……だな。金色の瞳……単独って言ったな、分かった。まずだ。はそのまま座らせてろ』


それを直ぐ様に理解した様子で魔石の向こうから言葉を返すに至る。仲間として共通の認識、セティスの性格を踏まえての事だったのだろう。


そして話は、そのような曇り掛かったような趣きの表現のまま続行されるのだ。



「箒で飛ぶと顔見知り、陰に隠れるの事を探られる」


セティスは、男の回答を踏まえ、己らが危惧している事を伝える。


『それはだな、なんなら教えてやればいいさ。……それよりを考え直せ。金色の瞳がだって気付かれる前に』


しかし男は、しょうもない杞憂だと斬って捨てるように言った。

そして、もっと杞憂すべき事案に気付けと意味深に言い放つ。



「——……黄金、滝の流れ。理解した、また落ち着いたら連絡する」


すれば、セティスも或いは気付かされたのかもしれない。男の言葉を聞き、唇に人差し指の第二関節を軽く当てて思考の渦に引き込まれたような表情。


それを察したのか、さもすれば向こうもそれどころではないのか。



『了解。せいぜい平和な街観光を楽しみ——


肩の力を抜いた声色で通信に終わりの挨拶を告げる男、それをさえぎる女の声が割って入り、通信は途絶えた——魔石が放っていた淡い光の輝きが更に弱まる一幕である。



「……難解な通信でしたね。前半のは私にも何となく伝わりましたが」


その様子、早過ぎた会話に入る隙が無かったカトレアは何となく沸き上がった複雑な感情で息を吐き、周囲の様子を改めて確かめながら通信を終えて役目を遂げた魔法陣の紙と魔石を片付けるセティスに通信の成果を問う。


すると、

「ん。滝の流れはバジリスクの住む、バジリスクのを示してる。はバジリスクの


魔術の道具の片づけを終えて立ち上がったセティスは、その頃には状況の整理を完全に終えた様子で冷静に問いを掛けたカトレアに対し、揺ぎも淀みも無く相も変わらない淡白な声色で答え合わせの如く淡々と言葉を紡ぎ始める。



……ですか?」


「バジリスクが暴れ始めた理由は、デュエラの証言からもという可能性が濃厚。そして殺した相手を探してる——バジリスクはツアレストと停戦協定をという事」



「え、ええ……それは承知しています。ですが、それが今の状況と……」


如何にすれば表情に出ない危機感を明確にカトレアと共有する事が出来るか。


「——協定を結べる程に人語を理解している魔物が、ツアレストにに暴れていると思う?」


「???」


カトレアが首を傾げる程の遠回しに教え説くような言い回しではある。

ハッキリと結論だけ述べれば、確かに表面上の理解は出来るだろう。



「ツアレストが要求をから協定が破られて戦争が起きた。じゃあ、ツアレストが飲む事が出来ないバジリスクの要求って何」


……アレはイミト自身の事でもあるけど、それだけじゃない。バジリスクの要求が、同胞を殺した疑いを掛けている、デュエラ・マール・メデュニカというだとしたら」


「——‼」


しかしセティスは共感して欲しかったのかもしれない。無論、明確に結論に行き着くまでの過程を理解する事で現在の状況に対して、カトレアが深い見識を持って己の視界から離れた際、多様で正確な判断を下せる可能性が高まる事も理由の一つであったのだろう。


だが、何よりも——驚愕。


「……やっぱりアレは。そんな事、私も考え着かなかった」


「デュエラ殿の名を聖騎士が知っていて、彼女がメデューサ族と分かれば、再びツアレストはデュエラ殿の身をバジリスクとのの一枚にすると、そういう事ですか」


細部にまで行き届かせる思考の深さ、世界という盤面の隅々に目を配る異常な程の視野の広さにセティスは密やかに慄いていた。



聞かされれば、何故その可能性に行き着かなかったのかと思える程の単純な話。


「バジリスクとの、ジャダの滝で戦ってるの命令でアディ・クライド達がこの街にのだとしたら、バジリスクが要求している可能性がある——を知っている事も


「確かに……それをに居るレザリクスの仲間かもしれない——らしき男に利用されたら最悪、我々全員——明日、この街を無事に出るのが不可能になるかもしれません」



「向こう側からしたら、敵である私たちの戦力を致命的に削れる


悪魔がささやいた不安をあおる呪いの言葉に、体が強張こわばり冷や汗が噴き出していく。

状況は——彼女らが想定していたよりも酷く、地獄へと通じる門の向こう側から扉を叩く音がしたような気さえする。


「急いでデュエラ殿の名を知られる前に連れ戻さなくては‼ あの身なりと、我々と同様にリダ殿に名を呼ばれただけで察知される恐れがある」


「……もう手遅れかもしれない。アナタは此処に居て、情報は出来るだけ与えないのが最善。それにでもは避けたい所」



「——……っ。了解しました、お気をつけて」


こうして——呼び出した悪魔のささやきに手を引かれるが如く、誰もが目の色を変える黄金を迎えに、兎を忠犬のように座らせた覆面の魔女は一抹いちまつの不安を抱えながら歩みを始めるのだった。

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