第93話 幾度目かのお仕え。4/4


***


「ラフィスさん、あまり傲慢な振る舞いは避けてください。我々は、あくまでもの為に協力をあおぎに来ただけでしょう」


しかし悪魔の指摘を受けたセティスらの杞憂は、未だギリギリの所で現実とは至っていない。賢人カジェッタの店の内部では張り詰める緊迫な空気に、噂の聖騎士アディ・クライドは挑発的な仲間の物言いに冷や汗を流す。


不幸中の幸いか、今はだ己らの目的——任務の事で手一杯で通りすがりに居た路傍ろぼうの石のような彼女の事までを気にしている余裕などは無かったのだろう。


中身が酒では無い酒瓶をかたむけるカジェッタの眼前、ラフィスと呼ばれる反り返る程に背筋の正しい騎士は、同僚の一言に背筋を伸ばしたまま半身だけ後方に振り返る。



「アディ……君はのさ。有事で無ければそれも良いが……バジリスクのから逃げ惑う民たちの声を聞きたまえ、彼らの不安を払拭し、平和と安寧あんねいの為に我々は如何なるどろでもかぶろう、戦っている者は皆、そんな覚悟で戦っている」


呆れるように傾いた顔、僅かに開かれる吊り目は何処までも人を見下げているような感情を思わせる。口から出る言葉は何処か軽く、まるで中身が無いようであった。



「それをなどという過大な伝承におびえた老人に踏みにじられるのを些か不快に思うのは、そんなにオカシイ事かな?」


「ですが、嫌がって居る者に無理に案内してもらうというのは——」


しかしながらそんな彼の性格を知っているからか、或いは正論に似た匂いを放つ論理的とも思える言葉返しに正しく返せる言葉を突き返せず、アディは怪訝な表情を浮かべつつも少し目を逸らし——考えを巡らせるような歯切れの悪い口振り。



だが、


は複雑だ。探検しながらなどと悠長ゆうちょうな事をやっていたら肝心の作戦に遅れてしまう。それは鎧聖女の腹心である君の望む所でも無いでしょう?」


言葉を放つ前に、考えを整える前に矢継ぎ早に放たれる嫌みったらしい笑顔の糾弾。


「——っ……それは、そうですが」


感情論も織り交ぜられて押し切られそうになるアディ——彼にも焦りがあるのだろう。ラフィスの言い分通り、も切迫する事情を抱え納得せざるを得ない程に焦り、良心の呵責かしゃくに心内の天秤てんびんが揺らいで、彼は手の汗を握り締める。



「我々には案内が必要だ。【力】の賢人に次いで迷宮の事を知るカジェッタ殿の賢人ぶりがね」


論破したと思った。ラフィスは拳を握って良心を閉じ込めている最中だろうアディの様子に勝者の余裕の如き表情を描き、改めてと獲物へと目を向けるように椅子に座るカジェッタへと顔を向けた。


ほとほとにと、カジェッタが漏らすは面倒げな鼻息。


されど——、


「でしたら、その賢人様に案内してもらえば良いのでは? 確か、まだ橋の下で戦ってるので御座いましたよね?」


「「「……」」」


。居てしまっている。純真無垢にして無知ゆえに、あらゆるものに好奇の眼差しを向けて世界を見据える一人の少女——、


全てを見通す悪魔が如き男と共に旅を続けていた少女には、ラフィスの論破や正論まがいなど——踏んだだけで折れる道の小枝のようにしか見えなかったのかもしれない。



すると、そんな少女の放った問いに衆目の目線が集まる中で、一番初めに口を開いたのは、沈黙を貫こうとしていたカジェッタであった。



「——……嬢ちゃん。アイツぁ、もうとっくの昔に……あの御伽話にゃ。世間的には病気で死んだって事になってるが、この街の誰もが真実に目をつむってるのさ」


服のポケットから酒瓶に蓋をするコルクを取り出して、瓶の飲み口にじり込みながら思い出話をするように椅子からおもむろに立ち上がって眼前に居たラフィスを太い片手で押し退けて歩み出す。



「誰もが皆、に取り憑かれちまった……って言ってもいいのかも知れねぇ」


……で御座いますか?」


しわがれた声で床をきしませながら歩くカジェッタの背は、元々から背丈が大きくならないドワーフ族であるからではない哀愁あいしゅうを帯びた小ささを感じさせる。


後悔や失望、或いは懺悔ざんげ——生きて、生きて積み重ねてきた、或いは取り溢してしまったはかない己の人生を自虐するようで。



「アイツぁ強かった……そうだなぁ、嬢ちゃんや、そこの髪の黄色い兄ちゃん程じゃあ無かったが、そこいらの人間や魔物には敵なしよ」


店のカウンターの上に酒瓶を置き、徐にカウンター裏の戸棚をあさり始めるカジェッタ。



「ふん。我々は、想い出話などを聞きに来たのではないのですよ、御老人。そちらの怪しげな格好のお嬢さんも話に割って入らないで頂けませんかね」



「俺も無茶な戦いばかりするアイツの為に、武器や鎧を作ったさ」


「——……」


カジェッタの背を追うように嫌味を吐きデュエラにも牽制けんせいにらみを効かせたラフィスの言葉もし、ガシャガシャと棚を漁りながらも続けられる言葉。



「だが、ある日——が変わっちまった。何本も修理なんかしてりゃ、使い手のくせや特徴も分かってきちまう……ま、手垢てあかも何も付いてねぇ、地面や岩に擦り付けてから武器を折ったような跡なんかに見ちまえば流石に職人の目なんざ必要なかったがな」


そうして戸棚から小さな長方形の小箱を見つけ出し、箱の上側の蓋を外して中身を確認してコレではないと再び箱を戸棚に戻して探し物も続ける。



「そして、鹿の様子を確かめに行った俺は見ちまったのさ……今も橋の下に引きこもってると、橋の下に眠ってたって奴をな」


「賢人なんて呼ばれちゃいるが、俺達は——とんでもねぇだ。魔女におどらされて、に手を貸しちまった」


店内に、にわかに舞い始めた戸棚奥のほこり。薄暗い建物の中にあって、それでも店外から射す街からの光が、古い骨董品のような埃を輝かせる。それが、如何ばかりの皮肉であるかを知るのは恐らくカジェッタだけだったのだろう。



そんな折、その埃を吹き払うように風が吹く。


「魔女の名前は聞いたかい? バミラ・メラ・イシタ……なんて小綺麗に呼ばれちゃいるが、アレはに違いねぇ……アレもまた、おぞましい化け物だ」


木製扉を押し退けて、とても静かに彼女は店の中へとおもむいて——



『とても——。私も混ぜて貰えると助かる』


血の流れぬ戦場に至る悪魔の使い——覆面の魔女、セティス・メラ・ディナーナの幾度目かのつかえが——始まる。

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