第90話 中央橋商店街。4/5


しかしながら、未だ布の活用や意味などは


故にカトレアは次に微笑ましくさとすような雰囲気に気配と表情を一転させ、デュエラの疑問に丁寧に応えようとするのだろう。


「——このようながらというのは本来、見掛けのオシャレ等では無く実用的な目的でもちいられている物なのです。身分や出自……又は用途の区別など様々な目印、象徴的な意味合いを持たせる事も可能でして——例えば、」



「この布の柄……黒地に白い線が入っただけの物ですが、これはイミト殿やクレア殿の髪色に似ていて、彼らが使って居れば彼らの物だという事が分かるとは思いませんか?」



「——なるほどなのです、確かにイミト様の髪の色みたいな素敵な柄なのですね……目印で御座いますか」



「えーっと、ですからつまり……いわゆる縄張なわばりと言いますか、買った布を見てデュエラ殿の物だと我々が一目見ただけで分かるようなになり得る物を選べば良いのではないかと私は思いますよ」


言葉の表現一つ、動きの所作や実際に店の商品を手にして語ったりと、述べたい論説の意味に齟齬そごが無いようにカトレアが思考しながらに語る説明に、デュエラは首をかしげつつも一応は納得の様相。



しかし、

「ワタクシサマの……うーん、どのような物がワタクシサマの目印になるのでしょう」


とはいえと、やはり言葉として理屈では解りつつあってとしても、己が未だ感じた事の無い感覚はピンと来ず、思い悩み顔色の晴れない様子のデュエラである。



「ま、まぁ流石に特注しているひまは有りませんが、種類は沢山ありますから、そこまで難しく考えず、デュエラ殿がだとかだとかでも良いのではないかとも思います」



「うーん…………で御座いますか……」


カトレアも何とかデュエラを説得し、文化的な素養を身に付けさせようとはしていたが、まだ早かったかと、またも今後の彼女の生活にのような物を植え付けてしまったのではないかと、僅かばかりの後悔を匂わす。



故に、

は終わった?」


早々にリダとの打ち合わせを終えて、店員に買い求めていた品も届いたらしく折りたたまれた新品の布切れを抱えて背後から現れた、自分より歳が下のはずの大人びた少女の到来に、密やかな安堵あんどをカトレアは抱いたに違いない。



「ああ、セティス殿。そちらもは終えたので?」


「ん。これから私は少し別行動、デュエラの事は任せた」



うけたまわりました、その前に店先まで見送らせてもらいます。リダ殿——少しの間、デュエラ殿に付いていて貰えますか?」



「はい、お任せください」


そして、未だ悩ましげに色々折々と商品を生真面目に眺めるデュエラをに、セティスとカトレアの二人はその場を離れる名目を抱え、店内へと静かに歩き始める。



——。


けれど誤解なきように語らねばなるまい。

決して、悩むデュエラから逃げる為に置き去りにしたのでは無いという事は。



「それで、今の所はなのでしょうか」


があったのだ。カトレアも丁度良い機会だと、ひそかに胸に抱えていたもう一つの懸念について、ひそりとセティスへと言葉を投げ掛ける。


「……アナタも気付いてたの」


 「まぁ、お二人の様子を見て何かあるなとだけ。余計な詮索せんさくをさせて頂きますとですか?」


互いに目を合わせず前を向いて歩みを進めつつ、ぶらりと散歩しながら今日の天気を語るように低反発に弾ませる会話。



「ん。魔女はが好きだから……何も無ければ何もしないつもりでは居るけど」



 「その事は、イミト殿に報告は」


「——私個人の問題だし、多分イミトの事……、この街に私たちを送り出した目的の一つだと思ってる。事後報告にするつもり」


店の軒先に出でて再び街の喧騒が耳の中を賑わす中で、溶けるように言葉を交わし合い、見識——現状を共有し合う二人。



「目的の一つ……ですか。何処まで考えておいでか分かりませんからね」


「とにかく——そっちも急いでと連絡を取りたいだろうけど、先は私にゆずって欲しい。出来る限り早く戻るから」



「いえ、我々の方はお気になさらず。既に手筈てはずは整っていますし……本格的な調整はイミト殿との合流後となっていますので」


そして仔細しさいは語らぬまま暗幕の裏側にて身振り手振りのみで意思の疎通をしたかの如く、彼女達は今後の動きについておおむねのを結ぶのだ。



「うん。念の為、旅費は……万が一、私が戻らないようなら先に街を出てイミトと合流して」


「分かりました……ですが、もし戻って来ないようなら、あの男がセティス殿のの中で眠っているの回収の為に何をしでかすか解りませんので、是が非でも戻っては来てくださいね」



十分にあり得る可能性を憂慮しながらも、冗談交じりの言葉に満ちるは信頼か。

又は互いの選択や矜持を尊重し、同じ大人として相対する儀礼か。


一見と、巨大な勢力に挑む無謀ではあっても、セティスの冷静さや知性を認めているカトレアは深く詮索は試みない。


何かを知る事が出来て来なかったデュエラとは違って、それなりに彼女は博学で良識のある人間だからと——。



「——有り得る。貴女も、あの男の事が分かって来てる」


「ふっ——別段、分かりたくも無かったのですが。毒されているような気がして些か虫唾むしずが走ります」


「じゃあ、お願い。デュエラの事、宜しく」



「はい。——」


例えば、セティスから差し出された革袋の財布がカトレアの手に受け渡されるを狙って駆け出した、


『いただき‼』


この簡易な黒い覆面を被るのように、己の行動のむくい、責任を負う事から逃れられると本気で思うような鹿ではあるまいと。

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