第90話 中央橋商店街。3/5


ユカリとカトレア——同じ一つの身体に宿る二つのたましいが言葉なくとも意思の疎通そつういびつに交わしている合間、その僅かな隙にセティスは裁縫などの趣味から仕事に用いる職人向けに至るまでの布製品を取り扱う店の中に辿り着き、



「取り敢えず、このがら。このくらいの大きさの物を包めるくらいのサイズで断裁して欲しい」


そして買い物を

彼女の買い物はに速かった。


「か、かしこまりました」


いきなり店の中に押し入り、店員を見つけるや否やあらかじめ買う物を決めていたかのように指を差し、淡々と店員の戸惑いすら置き去りに布の柄になど興味もなさそうな心なき眼を魅せつける。



一方、少し遅れて追いついたデュエラは、


「うへぇ……こんなに色々な柄の布があるので御座いますね。セティス様は、もうお決めになられてしまったのですか?」


店外、店先の物も含めて店内のそこかしこに飾られた色とりどり、柄おりおりの商品の数と種類にまず圧倒され、目をパチパチと店のレイアウトの多彩に対して目の置き場を探しているような様子である。


「ん。別に自分の為の布じゃないから、適当で良いし——デュエラも欲しいものがあったら記念に買っておけば?」


筒状に巻かれた布が積み重なる棚や、天井から垂れる布地が様々な色合いで視覚を惑わせる中で店内に充満している独特なほこりかおりと言うべきかは分からないに鼻息を吐き、


注文した商品の準備をする店員を待つセティスは、隣に居るリダの——反応に困っていそうな眉を下げた微笑みを他所にデュエラへと所謂いわゆるを勧める。



しかし、あまりにも多くのいろどりの布を前にして、


「んー。ワタクシサマはがらが、というかが良く分からないのですよねー、こういうとかは便利だなぁとは思うのですが買い足しは必要ないとイミト様も仰ってましたし……包む物も御座いませんですますので、使い道がなくて無駄にしてしまいそうで」



始めは景色に圧倒されていたものの、デュエラは大した興味を持てなかったようで悩ましげに近場にあったタオル地の商品を手に取り首をかしげた。


するとそんな折、


「——お待たせしました。何のを?」



 「デュエラが布の多様性と必要性について疑問をていしてるって話」


ようやくと遅れて店内に入ってきた女騎士カトレアが自分が目を離していた間にに異変が無かったかと問えば、やはりセティスが淡と説明し、カトレアを交えて話題は進む。



「たよ……必要性ですか。であれば、私は常々……デュエラ殿にただして欲しい事があったのを思い出しましたよ」


「え、ワタクシサマにで御座いますですか?」


理解の出来ない文化風習に疑問を抱くデュエラの姿と、手近にあった絹織物きぬおりものに目が付いて、ふとカトレアは何かに思い立った様子で肩で息を吐き、商品の数々に目を配っているデュエラへと向き直った。


キョトンとするデュエラに心当たりは無いようだった。

しかし彼女らは——短い間とも言えるが、寝食を共にし、旅してきたのである。



故に、であるからこそ——当人で無いからこそ、目に留まる事もある。


「はい、このような場で言うべきではない事かもしれませんが……以前、セティス殿がデュエラ殿にと買ってきたの数々の話です」


「う」


当初は何を今更と、ここに至って指摘する事があるのかといった面持ちのデュエラではあったが、そのカトレアが遠回しに始めた指摘に心当たりを思い出してビクリと体を反応させた。



——


そしてそれはセティスにも思い当たる節があったようで、


「……まぁ、うん。リダ、少し二人の話が長くなりそうだから今後の予定とか打ち合わせる、ここで布を買ったら私は別行動の予定」


「え、あ、はい。わ……分かりました」


色々と察したセティスは無表情ながらも言葉をにごしつつ、私的な話題に無関係なリダを巻き込まないようにする為、或いは長くなりそうな話題から己が逃げる為にリダの身体を軽く押しながら歩みを始める。



やがてセティスとリダが場を離れた頃合い、


「——デュエラ殿がデュエラ殿に贈られた物をどのように扱おうと自由ではありますし、そのようなが無かったのも存じているのですが——


 チラホラと着替えの後で洗濯待ちにされている下着の姿を旅の馬車の中で見掛けたり、に干しっぱなしにされていたり、少々と目に余る光景が見受けられておりました」


小さな咳払いをコホリと拳で受け止めつつ喉を整え、カトレアは心を鬼にする為にか瞼を閉じて少しうつむき気味に、凛々しくこれまでのデュエラの所業を糾弾きゅうだんするに至る。



「あの馬車には男……とはいえ何だかんだと節度を持ったイミト殿ですが、それでも多少なりとも淑女しゅくじょとしてはいささか配慮すべき事案であります」


精悍せいかんな表情、胸下で腕を組んだ佇まい。真っ向からの非難の声色では無いものの、その辟易していると感じる出で立ちがかもす雰囲気は、むしろ真っ向からの非難よりも心を締め付けてくるが如きを思わせて、デュエラを少し後退あとずさりさせる。


だが、

「デュエラ殿」

「ひゃ、ひゃい‼」


逃がすまいと仮面越しに片目だけ開かれ、露になる蒼い瞳、背筋が急に凍り付いたような反応を魅せるデュエラである。顔布で見えぬと言えど、目が泳いでいそうな雰囲気は明確。


それでも彼女は、この機を逃せば次の是正の機会が訪れるのは何時いつになるやら分からぬといった固い決意を胸に灯し、つらつらと説き伏せる為の言葉を一気呵成いっきかせいに並べ立てるのであろう。


「元来、武骨者の私が言えた事では無いのかもしれませんが、少しは貞操観念——性を想起させるような行為と言いますか、


 社会に生きる上で他者を不快にさせない配慮と言いますか、その……アレです、女性としてのなども最低限、学んで欲しいのですよ私は」



「せめて脱いだ物を片付け、御自分の荷物の整理整頓くらい、これからも旅を共にして行くのならば、すべきではないかと具申ぐしんいたしたい」


説々と——カトレアの醸し出す囲い込むような雰囲気に、


「は、はいなのです……」


萎縮して反省した子供のように身を縮ませるデュエラ。



「宜しい。その為に——当面は、ここでなどを買い求め……デュエラ殿の衣服や荷物をまとめておけるように致しましょうか。箱などを買うよりも扱いやすく、邪魔にもならないでしょうから」



 「うう……分かったのですよ。でも、どのような物を買えばよいか」


こうして彼女は布という物の有用性に有無も言える気力も無くし、改めて織物おりもの店のに向き合う事になったのであった。

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