第90話 中央橋商店街。1/5


 そして、ゆるりとしながらも着実に多くの距離を昇った階層エレベータでの移動も終わり、


彼女らは今度こそと山脈の地形を利用して作られた街の施設から離れ、晴れた空の陽光が満遍まんべんなく突き付けられる風の強い山の頂上へと辿り着く。



「さて皆様、大変お待たせいたしました。ここが山橋の街バルピスの最上層——雲海うんかいの波の如き橋の群れのいただき龍雲交通網デュグラ・リクローサです‼」


そう強風に煽られ荒ぶる髪を片手で抑えつつのたまったように、エレベータの施設の外を出て視界に入る光景は、まさしくゆるやかな傾斜けいしゃで織り成されている虹色の雲海の如き橋の上で繰り広げられる


「——おお。実際に間近で見るとまた……見事な光景で」


「凄いで御座いますね‼ 辺り一面、ウニョウニョなのです‼ が走っているので御座いますですし‼」


多くの物や乗り物が行き交う壮観な光景に、足並み揃えて関心の言葉を紡ぐカトレアとデュエラ。初めて雲の上を見たかのように興深げに各々に首を回し始めていて。


だが一方で、

「……天井まで細かい橋にする必要があるのか疑問」


理屈重視で自身の見識と照らし合わせてセティスは冷静な見解を示す。緩やかな傾斜とは言えど、平面の天井の面積に使用される材料や技術費用、或いは強度の観点で比較すると確かに若干の非合理に見えるのは確か。



「はは……もっともな御指摘ですね。ですが、によって通行可能な乗り物など様々なが制定しておりまして、慣れてしまえば割と理にはかなっていると思っております。空から襲来する魔物に備える為の歴史も存在します、今は殆んどない事ですが」


けれどセティスの見解や感想に理解を示しつつも、街案内のリダは眉を下げて不出来な子をいつくしむような表情で反論ついでに街が出来た経緯を端的に語った。



「魔物対策以外にも、山間の峡谷きょうこくに位置する地形上、交通事故等による橋からの転落や崩落などで発生する二次被害も多く、そこで発案されたのが橋の階層をに別けるでした」


更に彼女はその話題から波及する説明を続け、セティスら一行を声で誘導しながら近くにあった観光客向けな大雑把に街の構造が描かれた看板の前へと足を赴かせる。



「この街は大きく分けて階層かいそうに別れております。商業区や居住区、工業区、そしてこの上層のような交通区となっており、


 それらが複雑に絡み合っていて広大な街並みになっておりますので初めての方が迷う事も多いですが、このように各地に等も有りますので万が一の場合はそちらをご利用ください」


山と山の間をつなぐ橋というよりは、山と山の間を作られた高層ビルの如き様相で、案内看板の地図を見ても縮尺されているとはいえ、感じるは途方もない迷宮のような広さと複雑さ。


されども、

「向こうのは何で御座いますか?」


それに物怖じする程に彼女らは旅慣れていない訳でもない。リダの説明を聞き流しながら看板の向こうに聳える橋の上にある巨大な建築の一つにデュエラは目を向けて尋ねて。


デュエラが顔布越しに示したのは、遠くにあっても巨大に見える半球状なドーム型の建物であった。



「ああ……は運動競技場ですね、スポーツや文化的な競技……他には演劇や音楽祭などのもよおしの会場にも使われたりします。今は時期が悪く、先ほど話をさせて頂きました南方からのなどの宿泊施設としても開放されていますね……あまり環境が良いとは言えませんが」


するとリダは、そんなデュエラの素朴な好奇の視線が注がれる景色を共有し、僅かに表情を曇らせる。


近隣の不穏な政治情勢や経済状況などを憂慮した小難しい社会問題に、旅人を巻き込みたくはないといった、そのような面持ち。



「——アレは私も聞いた事がありますね。確か、毎年【】の大会が大規模に行われるという……パルロ自体の語源もこの街の名前からという話ですし」


その一市民が扱うには少々と重く——繊細せんさいな側面を持つ話題に対する感情を察したか、デュエラの隣に居たカトレアは、まるで頭の奧に眠っていたほこりまみれだったような記憶を引っ張り出してきた様子で会話へと織り交ざる。



すれば、

「もしや、パルロをお打ちになられるのですか?」


 「え、ええ……少したしなむ程度ですが……」


話題はカトレアが漏らした競技の話。昔懐かしの思い出に触れられて、女騎士カトレアは仮面を付けている事も忘れて気恥ずかしそうにほおく——リダもリダで、同じ趣味を持つ同志を見つけたような楽しげな笑みに表情を変えていて。


けれど、だ。

彼女勿論、なる競技の名など聞き馴染みは無い。



「——セティス様、ってなんで御座いますか?」


にわかに盛り上がり始めた趣味の話を他所に、デュエラが未だ研究心で周囲に目を配っているセティスのかたわらに近付き、ひそりとについて尋ねかけた。



すると無機質な表情のまま、彼女は淡々と答えるのだろう。


「戦略的なこま遊び。デュエラも旅の途中でイミトがカトレアさんに教わりながらやってるの見てたでしょ? 駒を動かして相手の駒を倒していく遊び」



 「ああ‼ この間、がカトレア様を負かして悔しがらせていたで御座いますね‼」


そしてそれを受けて彼女も悪意なく言ったに違いなく——。



「「……」」


しかしそれでも、悪意が感じられぬ声色の言葉であったとて、デュエラの明瞭快活めいりょうかいかつな透き通る声を小耳に挟んだ彼女らの間の会話が唐突に途絶え、というよりは女騎士カトレアの仮面越しの表情が固まったのは道理であろうか——わずかの沈黙。


緊迫する空気。


デュエラが放った不意な一言は、機嫌の良かったはずのカトレアのささやかな矜持きょうじを明らかに傷つけた様子。



「……ゴホン、戦績としては私が勝ち越していますので」


——負けず嫌い、けれど大人。

カトレアは咳払い一つで心を整え、悪意無く呼び起こされたまわしい過去を振り払ってデュエラを始めとした一同にも聞こえるように己の威信を平静な顔色で、さりげに言葉にする。



するとリダも空気を読んだようであった。


「あー、さぁ皆様。を致しましょう、時間も限られておりますし広い街なので移動しながら説明させて頂きますね」


ややと悪くなった空気感に丁度良い風は吹かないかと少し視線を横に逸らし、胸の前で両手を合わせる格好で思い出したように叩き、言葉を紡ぐ。



 そして職務に戻った彼女は、更に観光客の興味関心を誘うように丁寧な所作で動き出し、街案内の看板の横に設置されている用途が分からない長方形でかぎ付きの大きな箱に手を伸ばす。


「では——、観光案内用のに乗って移動して行きましょう」



用いたのはふところから取り出したる小さなかぎ、それにて箱の扉を開き、中からリダが取り出すのは彼女いわく乗り物らしい長方形のが一つ。



「……車輪が付いた板、で御座いますね」


カラコロと転がる車輪の音と山上の風音を傍らに、首をかしげるデュエラ。それに対してセティスやカトレアも何も答えなかった所を見れば、二人も初めて見る物だったのだろう。



「確かに、今のままではでは御座いますが。こうして、決められた橋の上に——」


そんな彼女らに得意げでありつつも微笑ましく思う笑みを浮かべたリダは、見た方が早いと施設の歩道から街道——橋の上に取り出した黒い板を寝かせた。



すると——


「おお⁉ 箱になったので御座いますね⁉」


何やらとリダが屈みこみ、寝かせた板へ処置を施した途端、まるでおうぎを開くが如く板が変形を始め、みるみるとソレはとなっていくのである。



「……の発動——板の方には術式のみを仕込んで、から魔力をして動いてる。これは凄い仕組み」



「魔道具であるのに当人の魔力は必要ないのですね。確かに、知識がなくとも凄い事が起きているのは分かりますが……」


一様に——関心と感心。変形し、元の体積すらも超えて四人はゆうに乗れそうな簡易な乗り物となっていく板の見物けんぶつに自然と足が動き出し、好奇の眼差しを様々と向けゆく一同。



「ふふ。以外では使えない代物ではありますが、それ故に暴走運転による交通事故、街への被害などは激減しています。


 他にも事故による怪我を防ぐ為の様々な処置がほどこしてありますので、皆様も安心してお乗りになって頂ければ幸いです」


そうして完成に至る座席は四人分、まるで扇型おうぎがたの橋をモチーフにした丸みを帯びた屋根の無い外装の車体。原理で言えばリニアモーターカーに近いのだろう橋の上を浮遊するステューラの扉を開き、街案内のリダは彼女らを改めて正式に山橋の街バルピスに迎え入れたのだった。


——。

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