第71話 骨を砕きて肉さばく。4/5


幾重にも交錯し、視界をふさぎ、襲い来る黒い柱の数々の中にあって、ザディウスが観たのは


『このが——余の勝ち筋よ‼ 人の子イミト‼』


世界が止まったように見える程の圧倒的な集中の中で一つ——見つけた小さな、小さな


巨大な柱に紛れて死角を突いてくるその鉄球が、次は——となる。


もうじきに柱は通り過ぎて視界を開き、その鉄球を撃ち返せば物の見事にを抜けて、術者である地面に屈んだままのイミトの体を穿うがつ。


ザディウスは、を見通していたのだ。



「——それが、幻想じゃなかったらな」


そんな未来すらも、とも気付けぬままに。

まるで——歴戦の雄が、叶わぬ夢を抱いてむなしく歴史へと消え去るように呟かれる言葉。



「——な……にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい⁉」


ザディウスは、その黒い鉄球に賭けていた。


だがしかし——それはイミトも同じであったのだ。骨の剣にぎ払われる黒煙が笑むが如くフワリ。


今回のイミトの多様な攻撃において、唯一とも言えた規則性——という事実すら消し去って、



空中遥か天井の高みでと見て、他の全てをないがしろにして跳びついた猛者もさに、用いた技の本当の真価を魅せつける。



「【千年負債サウザンドデビット入店拒否リフューサオル・トゥ・エンター】」


対象者ザディウスが抜け出せないように斜め左右の包囲から数多の黒の柱で、上下左右に突き飛ばし黒の部屋の中央に運ぶ連撃。


そして——ようやくと地面から手を離した左手を、槍を手放した右手と握り合うように合わせて、呼応するように部屋を塗り変えていた影は上下の壁から引き剥がれ、黒い柱に弾かれて動くザディウスの肢体を、



まるで風呂敷包みでもするかの如く包み込み、の中へと閉じ込める。



「……俺は言ったぞ。想定より、アンタの腕が三本は少ないって——手を一本増やして、そこから三本増やした所で俺の想定は揺るがねぇって事だろ」


合わせた両手を捻り、未だ内部が暴れ狂う乱雑な球体となったを回転させて部屋の奧へと弾き飛ばすのだ。


そうして——ボチャボチャと室内に勢いよく飛散する黒い液体。



一見すると凄絶で残酷なイミトの技の結果にも見える。


だが、その技を放ったイミト自身の表情は尚も鋭さを保ちつつ、安堵もなく頬に僅かな冷や汗を滲ませていて。



「——……けど、やっぱり……骨自体にはヒビの一つも入らねぇか」



それでも強がり、浮かべた精一杯の苦い笑い。

イミトの体内に宿る大半の魔力を消費して行われた怒涛の攻撃も——



『ふふふ……ふは……ふはは……余の一部、全盛の魔力や肉体を持たぬとは言え、単騎で……しかも魔力も残り少ない人の子に、ここまでの手傷を負わされるか』


魔王ザディウスのひざを地に屈する事叶わず。黒い柱の連撃や室内を塗り替えていた影の圧縮で抉り取られて黒い血の如き大量の魔力を垂れ流させようと、咄嗟にザディウスは己の急所を骨の鎧で防いだのだろう。


ザラリガラリと、背中から生えた腕を引き摺り、重き足取りを動かす魔の王の片目の潰れた眼光は赤く輝き、魔物の王たる所以を感じさせている。



「因みに、もう一つ驚かせてやろうか。今の技、勝手に動くようにプログラム……構築して構成してたもんだ。だから別に俺が攻撃されても避けれたし、どちらにせよ想定外が起きたら直ぐにでも動ける状態だった」


見てくれは紛れもなく致命傷——それでも放つ威圧感はおとろえるどころかしてさえ感じて。さもすれば——それはイミトが相手に対し、畏怖に近い感情を心内に増幅させているからなのかもしれない。



『——……くくっ。それは、短時間で余の動きを完全に見切り、六本腕の動きや立ち回り、複眼を使うまでも想定した上で最後は、あの偽物の黒い鉄球を余が貴様に弾き返そうと跳びつくまでをと……そう申すか』



「まぁ——少し読み違えがあったから途中で少し修正したけどな」


ユラリと重い足取りで四肢を引き摺りながら尚も遠くから歩み寄るザディウスのボロボロな笑みに対し、かがんでいた体勢からようやくと立ち上がったイミトは、右手で握る槍に加えている握力を強めて、未だ底知れぬ強さを感じさせる生物に警戒を示しながら黒い槍を肩に担ぎ、言葉を返す。



すると、魔王ザディウスはそんなイミトへ、



『戯言を……貴様の、想像も及ばぬ傑物の何処が、街の小悪党であろうか』


再び幼子に教えを説くかの如く、笑みを溢し、怨讐漂う黒い血に塗れた左手をイミトに差し出すのである。


『今一度、問う事にする。人の子イミト……のように余と語らい、共に覇道を歩むが良い。貴様の望みは何でも叶えてやろう……あのクレア・デュラニウスや貴様の仲間の願いにも特例を与えようではないか』



傍から見れば、無傷とは言えぬが打撲程度の軽傷のイミトと、そこら中の血肉を引き千切られているような割れ目から骨の一部をあらわにして血に染まるザディウスとでは既に決着がついているように思える。


だが——


『余と共に——愚かで見るに堪えぬ人間の居らぬ新世界を創ろう』



潰されていない目に宿る意志は揺るがず、強くイミトを突き刺して——まるで最後の選択、死か生かの二択を迫るような自信に満ちた魔王の笑みを支える彼の魔力は時を経るごとに禍々しさを増し、膨れ上がっている。


であれば——ここまでの戦いでほとんどの魔力を消費し、周囲に掛かる魔力の圧力が減っているイミトの肩に担がれた黒い槍が恐怖に震えるかといえば、それも無い話。



魔法の使用や、物理強化が出来る魔力の総量の差は致命的——しかもイミトは知っている。目の前の敵であるザディウスが自己再生能力を持っている事をクレアから聞いていたし、


それに元々と目の前の男は本来の魔王ザディウスが眠る魔王石から漏れ出た魔力の一部、意識のみの残りのような残滓ざんし残響ざんきょうに過ぎない事をイミトは知っている。



「……はっ、何でもね。それじゃあ——そうだな」


 「ははっ、だったら俺達のザディウス。永遠に」


『……』


——にもかかわらず、彼は現在の追い詰められている状況で思い出し笑いをして嗤うのだ。何でも叶えるという甘言を槍で振り払い、槍の矛先ほこさきを圧倒的な強者に向けて——



「アンタじゃ、俺の欲しいものは手に入れられねぇ」


己の欲しい物は、己の手で掴むと言わんばかりに両手で槍を握り締めながら。



語り、始めるのだ。


「俺が欲しいものはな。さ……人間の、だ」

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