第69話 見えざる未来。3/5


無論、そのような選択が出来ない事も彼は大まかに察していた。

何故ならば、彼らが既に『』に並び立っているのだから——明白と言えば明白。


「……それは、我等に故郷を捨てろと言っているのか」


それを単なる推測では無く事実として露にしたのは、先ほどイミトに矢を放ち、仕返しに頬に『』をぶつけられた青年兵リコルであった。


彼は同胞の群れから一歩前に出て、今にも胸ぐらに掴みかかりそうな形相でイミトをにらむ。


だが、

「——リコル。お辞めなさい、彼は至極もっともな忠告をして頂いている」


そんなリコルの気持ちをんだ上で、今は争う時では無いと今一度静かにそでを振り、なだめるような口調でリエンシエールはリコルを止めた。


そして彼が言わんとしている事を、冷静さを欠いた彼が言わないようにイミトへと振り返り代弁し始めるのである。



「確かに、そちらの言い分は最もな物です。しかしながら魔人殿……エルフ族は太古の昔よりこの地で育まれ、何があろうとこの遺骸跡ダルティグジッタを始めとした周辺の森を守護してきた一族」



「そう易々やすやすと離れる事も出来ません……勿論、ツアレストからの目から逃れながら一族の皆をやしなえるだけの土地を早々に見つける事も難しいのも現実としての理由」


「それに——避けた所で反ツアレストの意志が増えるのは現状を見れば明らかなのでしょう。我ら先人の不徳の致す所で御座います」


イミトの提案を合理的と受け入れつつも、責任ある一族の長として重く圧し掛かる背景に背中をさすられ、そして何より己の感情が突き動かす物がリエンシエールにイミトの言い分を否定させる。



解っていた。何となくは、そうなのだろうと。


「——だとしたら、もう少し早く俺達に接触して助けを求めるとか出来たんじゃないか。俺達がゴブリンの軍勢を殲滅した事は知ってたみたいだし、少しは状況も変わったと思うんだがな」


だからこそ、そうなる前にとイミトは彼女を責め立てるのだろう。

答えなど分かり切っていても尚、こうなる前にと自戒を示すように宣うのだ。



「ん? イミト殿……もしや我らに接触した二人組がそうだったのでは?」


一兵士には解からぬだろう、ほんの些細な感情の機微を以って。


「それは反乱組の方ですよ若き騎士殿……魔人殿の問いに応えるのならば、私はクレア・デュラニウスという魔物を、そしてアナタという魔人を


「それに——身内の恥は身内で解決するべきだと、意固地になってしまっていたのでしょう。ご指摘の通り、私は一族の長としてあまりに不甲斐ない結果を残してしまった」


もっと——己らがを振り解き、お上手に理想に迎えた道があったのではないかとイミトとリエンシエールはそれぞれの目やまばたきなどの仕草で語り合うのである。



「……ん。、ま、言うまでも無いよな。さすが大人だ……そうだなぁ」


今ここに至りて、もはや取り返しの付かぬ事態。

リエンシエールの切実に何が正しかったのかと問う謙虚な姿勢に、改めて口に手を当てて伏し目がちになったイミトは深々と思考する。


何が最善にして最良か——その差し引き、足し算引き算を、立体的に組み上げていく。すれば——多少なりとも、なのであろう。



「……優しい御方なのですね、我等エルフ族の未来を憂いて頂けるのでしょうか」


 「ただの打算だ。アンタらが、この先——俺達の役に立つか考えてる」


通りすがりの無関係者が、が、困り果てる己らの為に時間をついやす事そのものが。


、だったのであろう。

そして——そんな彼を最も詳細に知る者は——



「イミト、貴様……」


と言ってくれるなよ。レザリクスの思惑通りに事が運ぶのも癪だからな」


またかと、意外も何もなく誰よりも先んじて彼に呆れてにらむのだ。

放っておけば良いものをと。


しかしながら、我を我で押し通し、イミトは唐突に尋ねる。



「カトレアさん。アンタのロナスに居る親戚ってのは、どのくらい力がある。アンタの話を聞いてくれそうな人間か?」


過去の経緯から明瞭に見据えた目的の為に淀みなく鮮烈に組み上げた思考で、周りにいる者が唐突に思える程に物語を略し、尋ねるのだ。


「え……ああ、細かく言えばロナスの住民では無く近くにあるなのですが——まさか彼にエルフ族の助力を願うのですか⁉」


「それが現実的ならな。エルフ族さんには当然かなりの痛みをともなってもらう事になるかもしれないが」


そして尋ねつつ、並列して行われる思考が故に答えをあしらって見る見ると話を進め行くのである。



「レザリクスの筋書きを少し書き換えて、別の勢力に責任転嫁する……具体的に言えばデュラハンだが、魔王石が奪われた事やエルフ族に内部分裂があった事は隠さない」


「必要な物は、今回の事件で反乱を起こした主要メンバーの命と——アンタの覚悟だ、リエンシエールさん」


その意気は、勢いはエルフ族の長にして魔王と戦いし英傑を圧倒するもので。



「かなりになるし、無駄に終わる可能性も高い。それでも乗ってくれるか」


「……それで我らの安寧あんねいが保たれるなら、聞きましょう」


その場で話を聞いていた誰もが、彼が脳裏に組み上げた戦略に一考の余地があると思わせられた雰囲気をにじませる。


只——、一人をのぞいては。

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