第69話 見えざる未来。2/5


「……その後のデュラハンの動きは?」


「——……反乱組を殲滅せんめつした後、撤退てったいするロナス兵に向けて侵攻、恐らくこれからも多大な被害が出るものと思われます」


その後、何らかの方法で遠距離の仲間と連絡を取り、結界の外側で何が起きているのか知るエルフの同胞に、端的に詳細を求めるリエンシエール。


「グリュニッドってのは?」


「状況判断に置いて勘も良く機転の利く反乱組の主要メンバーです。自らおとり役として兵をひきい、ロナスに足を運んでいたのでしょう……」


イミトは、そんなリエンシエールに報告したエルフ族の言葉に反応を示し、己が知らぬ部分を補填ほてんしようと彼女に尋ねる。


一方、

「おい貴様、デュラハンがロナスに向けて侵攻しておると言ったな」


「は、はい……」


クレアはクレアでリエンシエールを経由するのは面倒だと、直接エルフ族の報告者に自身が気になった事を鋭い眼差しで威圧しながら問いただす。


それをイミトは、珍しいと思った。



「……何かあるのか?」


故に、何か深い意味がその質問にあるのだと直感し、クレアに視線を移して意味を問う。


すれば——


「うむ。恐らくソヤツは何か目的があって動いておる……我が知っておるやからであれば、撤退する者まで暇潰しでは追わぬ。それに我らが奴の存在を感じたように、奴もまた先の結界破りで放った我らの力の波動は感じておるだろう」


それはデュラハンとして——或いはロナスという都市に向かったのだろうデュラハンの知り合いとしてしかあずかり知らぬだろう推察を放つに至って。



「にゃるほど……暇潰しなら、確かにコッチに向かって来そうだもんな」


イミトの並行思考の比重を変えるその推察に、彼はひげを剃ったばかりのあごを撫でつつ独り言のように目を伏せて言葉を唱えた。


そこからは——まるでポジティブフィードバックの如く、


「てなりゃ、ロナスにあるココの結界の解除辺りが妥当な所か。アレの目的も魔王石かもな」


「……望むは魔王の復活か。かつての参戦出来なかった大乱に虚しい夢でも馳せて気が狂ったと見える」


「やっぱり封印の巫女ってのが今回の原因みたいだな。いや、原因って表現するのは駄目か、何も間違ってない訳だし」


「しかし話を聞くに腕はなまっておらぬようだ。噂に聞く封印の巫女も時間を稼いだだけで大した事は無いという話よ」



「うーん。見てみないと何とも言えねぇさ、虚構の姿にタカを括ったり必要以上におびえるのは油断以外の何物でもないっての……もう少し人間様に希望を抱いて欲しいもんさね」


「ふん。それこそ油断であろうが、分かっておるクセに白々しい事を言うでない」


二人で一人の歪な形のデュラハンによる他を圧倒し、他の介在を許さない思考論理の構築。他との認識共有を置き去りに、二人内で次々に言葉の端々を拾い上げての状況確認。



「ちょっ、ちょっとお待ちください御二方、二人で話を進めないで頂きたい」


傍らでそれを聞かされていたカトレアが二人の間に割って入り、少し申し訳なさそうに安穏としない状況のもやを払拭すべく知識の共有を乞うも無理からぬ事であろう。



しかし、

「……ん。ああ、そうだな。俺もカトレアさんとか他の奴等にも聞いときたい事あるし、アンタらはクレア以外のデュラハンについて、どのくらい知ってるんだ?」


逼迫ひっぱくに限りなく近づき続けている現状に際し、一から丁寧に教えている暇もなく——そのような優しさも基より無い。カトレアの諫言に思い直した振りをしながらも、イミトが尋ねるのは自身が持たぬ知識の共有。



欲しがるのなら、先に明け渡せと言わんばかりの風体である。



「ぇ……ああ、いや……私はデュラハンが二人いるという事実は初耳です。クレア殿の事は父上や私の師から聞いて居たりはしましたが」


「——……一般的にデュラハンについて語り継がれてる伝承は様々、男であったり女であったり」


そんなイミトのエゴに戸惑いながらも答えてしまうカトレアの性分——そして、そんなエゴを見抜き期待するだけ無駄と息を吐き、ここまで静観を尽くしていた覆面の魔女セティスも後に続く。



全体に放たれた問いの対象に含まれているリエンシエールも言わずもがな。



「……エルフ族の歴史の記述においても、封印の巫女を殺した人物とまでしか知りませんね」


「‼ 封印の巫女を殺したのはデュラハンなのですか⁉ それも私は初耳です……やまいで亡くなられたと学んでいましたが」


「封印の巫女や勇者が魔物に屈したとあっては、人々に混乱が起きますからね。そのあたりの情報操作は当たり前に行われています」


イミトにとっては先んじてクレアから聞かされていた史実に驚くカトレアに、なぜ知らぬが普通なのかと説くリエンシエール。



ちなみに、勇者様を討伐なさったのはコチラのクレア・デュラニウス様にあらせられるぞ、カトレアさん」


「なっ——⁉」


その補足をイミトが言えば、カトレアの胸中は些かの混迷であろう。

口から思わずと漏れたいななきは、自身が学んできた常識の瓦解する音のようである。



「……申し訳ありませんが、それ以上のお勉強の時間は別の機会に設けて頂けますか?」


「ぁ……申し訳ない」


しかしそれは、カトレア以外にとっては些細な問題。これ以上、話の進行が脇道に逸れてばかりでは居られないと危機感をつのらせたリエンシエールの真摯な請願せいがんのような眼差しにさえぎられ、カトレアは自身の私情を引っ込めるに至る。



そしてイミトらにも改めて向けられる真っ直ぐな眼差し。


「そうだな……取り敢えず、偵察してるお仲間は退避させた方が良いと思う。それから、エルフ族とロナスの兵が交戦しちまった以上、アンタたちは一時的にでも住む場所を変えた方が良いかもな」


そんな眼差しに、一度瞼を閉じたイミト。一段落と息を吐き、話を前に進める為に動き出す。彼が目を一旦休ませて改めてリエンシエールと向き合った後に視線を流したのは、リエンシエールの背後に控えるエルフ族の一同。



恐らく、血の気の多いエルフ族の若者の大半が反乱組に加勢しているのだろう——女の弓手や歳を重ねた老兵間近の雰囲気を帯びる者が若者より数が多い。もチラホラと見える。



だが、イミトが——その全てを見通すが如き遠き黒い眼で見据えた者は、それらでは無い人の影。



「戦えない年寄りや子供とか居るんだろう? 不要な戦いや周囲からの差別や嫌がらせが強まるのは避けたい所じゃないのか? 第二、第三の反乱組が増える前にな」


戦場すら——死に場所すらも選ぶ事が出来ない者の息遣いを見据え、そうイミトは、とても淡白に装いながら彼らへと『』と告げるのである。

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