第68話 リエンシエールの血族。3/5

***


こうして、その場に辿り着く時間は予定よりも早まり、


「イミト、そろそろ結界が射程圏に入る」


「アレか……どうだクレア、穴くらい開けられそうか」


風を切るように走り続けるイミト一行の目の前に見えてくるのは、空間の揺らぎ。


「ふむ。全力を出せば出来ぬことも無いが……」


 「そうだな……今後の事を考えて共闘で行くか」


森をそのまま鏡映しにしたような景色が水面の如く揺らぎ、幾重いくえに折り重なる波紋が境界を告げる。そんな摩訶不思議な光景に驚くことも無くイミトとクレアは会話を交わし、その『』に対する行動を端的に示し合わせた。



「セティス、俺とクレアのだ‼ 物理で行けそうなら最後は俺が決める」


「デュエラとカトレアさんは突破後の警戒‼」



——恐らく本来の手順を無視した、暴力による突破。


「「了解した」なのです」


他二人の余力を残し、静やかにたたずむ結界の破壊を三人の力の集約によって試みる心づもり。



「——強引。まぁそれが一番、効率的なのは分かる。それなら私は……」


まずイミトら一行の中で最も先に先行するセティスが、ふところから魔力を放射するこの世界では珍しいカラクリ仕掛けの銃口をあらわにし、弾丸の代わりとなる強力な魔物から採取できる魔石を加工した物を弾倉だんそうから取り出して、どのような力や能力を以って結界を穿うがつかを思案する。



だが——そんな彼女を意にも介さず、



穿うがいずり、地にう虫よ……隠れる事など許されぬ、なんじが言葉、聞くにえぬ……我が怒りの咆哮ほうこうまたたきの間に、さわひまなく死に絶えよ』


セティスの背後——デュエラが抱える恐るべき魔物デュラハンのクレアの周囲で、不思議な声の響きと共に、激しい雷兆の稲光いなびかりを弾けさせれば、



「……なら、了解」


覆面の魔女は己の知識を基にして、身勝手なクレアに合わせて使う技を決めるのだ。

そうしてセティスの魔法銃に装填そうてんされるは水色の澄んだ魔石。



「【魔弾装填エルエナ・ブリュッセ魚水麟イベリアム】」


不思議な事に、魔石を装填した直後——セティスの持つその魔法銃は姿形を変え、彼女の左腕全体に纏わりつく装飾品のような数多の細い銃口を持つ狙撃銃へと変り果てる。


——まるで魚のうろこの如く。



「【雷絶レグジス】」


一方——、雷の魔法を解き放つ為の呪文を唱え終わり、雷の魔力をデュエラの腕の中で髪を逆立させながら周囲に満たしたクレアから巨大な光線の如き閃光が撃ち放たれて。


同時にセティスも魔法銃の引き金を拳を握るように引きしぼれば、数多あまたの細い穴の銃口からうなり耐えかねたが如く流水がせきを切ったかの如く猛烈な勢いで飛び出すのである。



——あたかも水と雷の饗宴きょうえん


それぞれが怒涛どとうの勢いで眼前をふさぐ結界を穿うがつべく動き出す。



——

——しかし、である。


その場で、その瞬間——は、



それら二つの巨大な力を向かう先に先んじて——



と言ったけどよ——言ってねぇ‼」


一点突破の最後の一押しであるべき、イミト・デュラニウスである。



彼はセティスとクレアの両者の力を恐れることも無く前方へと跳び出し、立ちはだかる結界に向けて両掌を突き出して、水と雷——結界の間をわかつが如く黒い巨大なうずを創り出す。



「【千年負債サウザンド・デビット秒位利息セコンド・インタレスト債務整理コンソリデーション‼】」



「——‼ 我らの魔法を渦に取り込むだと⁉」


それからは——まさに壮観。背後から迫る二つの水と雷の鮮烈な魔力を回転する黒い渦の中に取り込み螺旋らせんを描きながら一つの物へと組み込んでいく。




「【一括払ワンタイム・ペイメントい‼】」


最終的な形として生まれいずるは——まるで穴掘りの巨大なドリル。水色と雷色と黒色が織りなす三色の螺旋らせんは止めどなく回転し続け、やがてその先端で結界をヒビ割りながら、始まりの穴を穿うがち始める。



「何という勢い……数十人で張られているだろう結界が‼」


金属が弾け合うような甲高い音など聞こえまい。最後尾で慄くカトレアを他所に、容易く硝子ガラスを砕いていくが如きドリルは更にイミトの突進に押されて突き進む——、



「五、六、七……複数の結界がそうになって展開されてる。このまま行けば」



「このままぁ——押し通らああああ‼」


空間の揺らぎ最初の結界の裏で、幾重いくえに張り巡らされていたのだろう魔力の凝縮ぎょうしゅくされた固い結界の数々が、次々とイミトらの魔力が作り上げた螺旋らせんの狂気に無力を叫ぶ。



「——‼ 先が見えてきたのです、クレア様‼」


そして白き結界に包まれた半透明な世界が徐々に、徐々にと澄んでいくのである。



「うむ。不本意ではあるがな……小賢しい罠も全て蹴散らしておるようだ」



 「そのまま進め、イミト‼」


ドリルを先頭に、空気圧すらも跳ね除けてスリップストリームという現象の要領で楽々と結界を抜けていく一行。



「ハハハぁ‼ ついでに遺跡の一つでも消し飛ばすかぁぁぁあ、クレア様よ‼」


そしてやがて——白き結界の最後の一枚を穿うがち、ドリルは結界が——矢継の森が覆い隠している世界の片隅へと到達するに至る。



だが——その刹那、

『そうは——させません‼【大樹林海イルン・グラティエッテラーナ‼】』



「「「「「⁉」」」」」


あらゆる覚悟と全精力をその一言に込めたような精錬された女性の声が響き渡り、唐突に急激に成長を遂げる新たな森がイミト達へと立ちはだかり、全てを穿ち抜かん勢いだったイミトらのドリルの進行方向を空へと向けて。



「——逸らされた……‼」


調子に乗った末のその意外な結果に、驚くイミトではあった——が、しかしそれも束の間、それを成した人物を目に泊める為に地面へと降り立ち、彼は足を止める。



いや、他の彼女らもそれぞれに結界を抜けて、結界の先の地へと等しく降り立つに至って。



その先に広がっていた景色は——未だ大樹の森にも見えた。



しかし、

「……はぁ……はぁ……何という貫通力……相変わらず強引なやり方をする」


穴を斜め上に穿たれた大樹は緑の光を泡のように噴き出し、静かに弾けて消えていき、息を切らす仙女のような一人のエルフの姿をイミトらの視界に露にさせるのだ。



「「「「……」」」」


その者の名と、正体は——

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