第68話 リエンシエールの血族。1/5



 焦りの胸中にあったカトレアにとっても、ようやくと長く遠回りをしてしまったような旅路が一段落つき、辿たどり着きしは矢を継いできたのだろう森。



「さぁ、我等も急ぎましょう。事態が今も刻々と動いているかもしれません」


動きを止めた馬車をいてきた首切れ馬のいななきを機に、地面へと降り立った女騎士カトレアは軽快に愛剣のつばを鳴らし、急かされるように他の旅仲間を急かす。



「……そう慌てなさんなよ、急いては事を仕損じるってな。漬け込みの時間も大事なスパイスさ」



「貴様がき付けたのであろうが、鬱陶うっとうしくてたまらん」



「まぁヤル気が無いよりは結構な事じゃねぇか。先に森に行った二人も戻ってきたみたいだし、ティーブレイクも今回は遠慮するから、そう長くは元気も持たないだろ」



だが、意気揚々とも見えるカトレアの真面目さとは対照的に、旅の気怠けだるさを感じつつ馬車から降りてくるイミトは、右腕で抱えるクレアの頭部からのチクチクと小言の言葉責めを受けて息を吐く。



静かにざわめく森の不気味さは、何者をもこばまず、また何者をもこばんでいるような矛盾したたたずまいを魅せ、見る者によって色合いを別の物としているような曖昧あいまいな雰囲気。



「——周辺の様子を見てきた」


「お、お疲れい。それで? 遺跡は見つかったか」


そんな中、先んじて森の中の様子を偵察してきた空飛ぶほうきと空跳ぶ少女が帰還し、イミト達と合流し偵察の成果の報告を開始するに至る。



「……遺跡は見つかってない。けど、少し奥の方から森の中心部に向けて張られているを見つけた。——その先にも罠が多くあると考えて良い」


傍らに空を浮遊する箒をともなう覆面の魔女セティスは顔をおおう覆面を外し、蒸れつつあった顔を一仕事終えた様子でふところから取り出したハンカチでぬぐい、卓越して鍛え上げられた魔力感知能力を用いて調べた情報の伝達。



一方、巨大な大樹の隙間を器用に跳び回る超人的な運動能力を持つデュエラは、


「あ、あのエルフ族様ガタや魔物の姿も気配も感じなかったのです、結界付近の周りを少し走り回ってみましたが、この森はとても静かで、人の臭いや魔物の気配、罠が仕掛られているような違和感も無かったのですよイミト様」



己の足と野生で育まれた勘を用いて調べてきた森の様子を、呪われた金色の眼を隠す顔布のひもの結び目を確かめつつイミトへと胸の鼓動を早くしながら言葉とした。



「おう……まだ辿り着いて無いのか、計画を諦めたか。後者だったらお弁当作ってピクニックでもしたい気分だよ」


それらを踏まえ、風が矢継の森を騒めかせる中でイミトは冗談を口にしながらも、またしても不穏ふおんな思考を始めた様子で。



片腕で抱えていたクレアの頭部を馬車の傍らに置き、口元に手を当てる。


「ううん、結界を巡回する魔素の流れがを感じなかった。アレはここ数時間の内に少し入り口を開いて作り直された形跡。中に誰かが出入りしたのは間違いない」



「なるほど、敵さんは既に中に居るか、終わってるかの二つか。第三者の可能性も普通にあるな。ん、了解……けどその前に、だ——デュエラ」


だが、セティスの補足説明を聞いて思考を一段落。

彼は唐突に、これまで話題の棚に置き、に向き合って。



「⁉ は、ひゃい……むぎゅ‼」


いよいよと矢継の森を目の前にして、本当に唐突にイミトのはデュエラ・マール・メデュニカという少女の頬を顔布を避けて、しかととらえる。



「俺達も、カトレアの中に居るユカリも、別にお前に怒っちゃいない。安心しろ」


 「……‼」


そして小首をかしげた穏やかなまなこの下に、皮肉な笑み。

ここまでの旅路で、彼女に求められてきた変化に対する動揺や戸惑い、傷心する心や臆病おくびょうに駆り立てられた不安を見透みすかしたかのように彼女にイミトが向ける真摯しんしな眼差し。



「ただ、考えるのは止めるな。間違ってても良い、お前のやりたい事、嫌な事、お前が悩んでる事や知らない事は俺達に聞け。そしたら教えてやるし、一緒に考えてやる」


「嫌な事が多い世の中で、叶えてやれる事なんて多くは無いが、ちゃんと考えて、ちゃんとお勉強して出来る事を増やせ」


それを彼女の顔布を外してから間近に確認させた彼は、美しい金色の瞳と見つめ合い、その眼に宿る呪いを跳ね退けて言葉を雄弁に伝えゆく。



「足手まといは要らねぇ。俺達について来たいなら、俺達が何をしようとしてるのか先回りしないと追い付けないぞ」


「少なくとも今、俺達に捨てられるんじゃないかと怖がってるお前じゃ、肝心な時に使えねぇ」


頭に乗せたてのひら一つ、重く彼女をうつむかせ——彼は先へと進むのだ。



「今は自分の命と、俺達の命を守る事だけを、ちゃんと考えろ」



 「——……はい‼ なのです、イミト様‼」


改めて渡された黒い顔布は、如何ばかり彼女に重く圧し掛かった事だろう。

ただ——彼女の声色が、これまでに無いような明朗な響きを見せたのは確かな事で。



彼女の体に内々に絡みついて潜んでいた不安や恐怖のもやが、少し軽くなったのも確かな事で。



「言葉の端々に性格の悪さが出てる」


「ま、まぁ……今は目をつむっておきます。デュエラ殿がそれで元気を取り戻したのなら」


「石にされるからホントに目は瞑っていた方が良い。まだ、あの子の呪いは研究中」


それを見守っていた仲間一行もまた、その男の身勝手な物言いに新たな憂慮を感じつつ今は兎に角と彼女が浮かべた笑顔を見守る事を選択するに至る。



「……ふん。デュエラ‼ 貴様が我を運べ、良いな」


「は、はいなのですよクレア様‼」



「んじゃあ、全速力でお待ちかねと行きますか、先頭はセティス、結界の薄い場所とか道案内を頼む。他は適当で」


そして脇道にそれた一行の視線は、何の憂いも消え去って——真実を覆い隠しているが如き『矢継の森』に向けられる。


「了解」

「貴様が指示を出すな、腹立たしい」

「えへへへ……了解なのです」



おびえるのは貴様らの番だといわんばかりに、それぞれがといった不吉な佇まいで顔を隠す中で、


風が——武者震いの如く森を揺らす。

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