第67話 最凶の信頼。5/5


そんなイミトの調子に乗った否定に対し、間違いを指摘されたカトレア・バーニディッシュは今一度と過去に立ち返る。



「? ……そうか、ミュールズの和平交渉‼ まさか今回の件にもレザリクス・バーティガルが関わっているのですか⁉」


すると行き当たるは数日前にさかのぼるツアレスト王国を襲った——決して公にはならぬ己も関わった事件のイミトがあばいた黒幕。


衆目にさらせるほどの証拠もなく罪を問う事が出来なかった——かつて魔王を討伐し封印した張本人、老獪ろうかいな英雄の名。



「ああ。本来、書かれていた筋書きは——こうだ。反リオネルの思想に染まった禁忌の魔術に手を出して魔物を創り出し、ツアレストを裏切って魔王石の封印を解いてした」


馬車をく馬の手綱たづなに力を込めつつ、自らの出した問題に正解を出したカトレアにイミトは御褒美の素敵な未来予想図を言葉にして魅せつける。



「魔力や魔術にひいでたエルフ族ってのはアンタが言った言葉だったか、それなら人工の魔物を生み出す技術がエルフ族から生まれたってのも信じやすい話だろうからな」


「——‼」



「それに極端な思想を持つ団体や反体制なんかを訴える政治集団の裏には、現状の上流階級が独占している既得権益を破壊して、新たな利益を享受きょうじゅしようとする人間が居る事があったりするてのも有りがちな話で」


ようやくと、視界の大部分を覆い始めた前方の森を前に馬の速足を殊更に遅めながら、彼は彼がそう思うに至る思考論理を数々と驚くカトレアを尻目に淡々と披露し始めたのだ。



「まぁ、そこを疑い過ぎる奴を利用する既得権益側も居るから囚われるのは良くも無いし、扇動されてる奴等がそれに気付いてないパターンも多いのが複雑で厄介な所なんだが、今はそれは置いておいてだ」



空想の域は未だ出ていないと注釈を入れつつも、ほぼ確信めいた勢いで自重じちょうも無くつむいで語る陰謀論。


空を駆る馬の勢い止まりて、風そよぐ。

不吉をしらせる首切れ馬が、喉も無いのに不満げに『もっと急がなくても良いのか』といなないて。


地面に降り立ち、四つ足のひづめがガサリガサリと音を立てた。



「今回の場合、レザリクスが裏で反リオネル聖教の奴等やエルフ族に半人半魔の系統にある技術の一部を与えて、反体制派を煽り散らかしながら行動をさせてるって考えると、見事な程にレザリクスの都合の良い事になるとは思わないか?」


もうここまで来れば、カトレアにももやは晴れて見えているのだろう。それでも悪辣な笑みを浮かべたイミトは問いかける。



わざとらしくと、問いかける。



「……ミュールズでの王族襲撃を引き金としたアルバランとの戦争、既に回収済みの魔王石、その偽物をエルフ族に奪われた事にすれば確かに」


「補足すれば、たとえ捕まえたエルフ族が既に魔王石は偽物だったと言っても信じちゃもらえないだろうな……そして国の上層部や国民には動揺が走る——『あの魔王の魔石が、封印もされずに野放しになっている。いずれ復活するかもしれない』ってな」



汗も引く冷酷にして壮大な氷河の寒気に当てられたが如く口元に当てた手を温めるように顔色を険しくさせるカトレアに、彼は更に言葉を続け、予感させるのだ。



「そうすると、どうなると思う。いと素晴らしい勇者様の一族や封印の巫女が滅びた世界で、国民は誰に頼る? 誰の言葉にすがりつく? 内部で反乱を起こされてる国か? お会いしたことも無い神様か?」



「——……リオネル聖教最高司祭にして、かつて魔王を討伐した『英雄』レザリクス・バーティガルですか」



 「そう言う事だ、最悪な御伽話だろ?」


かつての英雄——レザリクス・バーティガルが闇に堕ちて企んでいるかもしれない最悪の可能性と、最凶の信頼を手にして行うその壮大な計画の一端を。



「さぁ……矢継の森は目の前だ。本のページを開くみたいに確かめに行かなきゃなって。アンタの剣は馬車の中だ、愛国の騎士様」



「さぞかし、これからめくる本のページよりは軽く感じる剣だろうよ」



ある意味でユカリが危惧していたように煽り散らかす魔人の言葉に口説き落とされ、摩擦まさつで心に熱き炎がともり、愛国の騎士カトレア・バーニディッシュの心には確固たる決意と嫌悪が宿り始める。



その未だ揺らめくほむらが轟々と燃ゆる業炎となるかの答えは、眼前——矢継の森の奥にこそあるのである。

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