第67話 最凶の信頼。1/5


されど思い浮かんだ最悪は馬車の荷台に詰め込んで。


風と化したが如き速さで駆る漆黒の首切れ馬のいななきは、草原を流線と見せかけて道なき道を踏むことも無く宙を蹴る。



「……まだ怒ってんのか?」


 「……別にピョン」


その馬を操る御者台に座る二人の影は未だに真下で揺らめいて、走っていて尚と気まずい空気が淀み漂う。前方を見つめたまま手綱を握るイミトの質問に、不貞腐ふてくさえれた様子を頬で表して不満げに答えるのは真横に座る兎耳の少女。



「こういう時の別には『別に怒ってても良いだろ放っとけよクソ野郎』なんだよな……」



「分かってんなら放っておいてピョンよ、クソ野郎」


横並びで相手に不満を抱けば決して交わらぬ視線。

突き刺す互いの言葉の槍も相まって窮屈な状況。



それでもその場に二人が二人で留まるのには理由がある。


「そうは言っても、馬車の中にゃクレアも居るし……二階は触られたくない仕込み実験中の食材があるから立ち入り禁止とくりゃ馬車の御者台しか無いしな」


兎耳の少女ユカリにとって、彼よりも不仲な存在が場所の中で鎮座し二階建ての馬車の荷物置き場がイミトにとっての神聖な譲る事の出来ない場所であれば尚更と、彼女が己の存在や体面を保つ事が出来る場所は限られていたのだ。



故に——、


「馬の使い方も知らないお前に、馬の操縦を任せるわけにも行かないんだからしょうがないだろ……ちっとは話でもしようぜ」


ユカリは馬の手綱を引くイミトの隣で不貞腐れた様子で座り、聞きたくもないイミトの言葉を聞いている。



「——あの顔を布で隠してる女の子とかと代われば良いピョン。キショいアンタと喋るよりは喋れない子と一緒に居る方が数千倍は楽ピョンよ」


だが、それでも納得は出来ぬ。走る馬車が突き抜ける空気の壁の破片に煽られない別の場所にて心を荒立たせるユカリ・ササナミは何とか隣の男から離れ、


心の平穏を取り戻す事は出来ないものかと落ち着かぬ頬杖に位置を動かしながら思考しつつ遠くの景色に唾の如く嫌味を吐き捨てていく。



「デュエラもセティスも気を遣っちまうからな。お前に気を取られて今後のヤバイ戦いとか、移動中の警戒とかがおろそかになったら困る。ただでさえ雰囲気が悪いんだから」


「それはアンタや、あの偉そうな女頭が悪いピョンでしょ、アンタたちの都合なんかも知った事じゃないピョン」


しかし相手の身勝手な道理で詰められ、会話が折り合わぬ平行線の様相。


無駄。無意味。無意義。

そのような言葉が、脳の奧から頭蓋を飛び抜けてこようとするが如き心境に溜息を吐くユカリ。



「——どうせ何を喋ったって……約束したって、信じては貰えないピョン。無駄ピョン」


「……」


彼女は嘆くようにボソリとそう呟き、イミトの横眼を動かして、ほんの僅かな刹那の合間——イミトに神妙な沈黙を産ませるに至る。


その時——世界の空気を突き抜けていく道中、風向きが変わり偶然に吹いた向かい風で空気の圧力と破片は盛大に彼女らの髪を動かした。



そうして、その風が収まり僅かに速度を落とした馬が改めて元の速度に加速するべく、一度これから踏み出す地面へと降り立った頃合い——イミトはユカリに語る。



「信頼ってのは、信用の積み重ねだ。お互いに利用し合って、互いの利益や損失を計算した上での取引の末に、折り合いやら妥協点を見つけ続けて暗黙の内に作り上げられる関係だ」


生温なまあたたかい——女の子同士でワチャワチャするだけの青春アニメみたいな時間が作る友情関係とは一切関係ない反吐の出るノンフィクションさ」


己が持つ価値感、感性のその一端を表情にも垣間見せつつ言葉を並べ立てながら、風に荒れた頭髪を整える動作のついでに面倒げにかゆくなった頭も掻いて。



「……オタク臭くて最悪ピョン。キモ、ピョン」


「別にキモくたって結構なもんだね。俺がキモくてもテメェの肌艶はだつやが良くなる訳でもないからな——そうやって自分は男を見る目があって、選ぶ権利があって。引く手あまたなモテ女なんて御大層なアピールしてる勘違いを気持ち悪いと思うのはコッチも同じだしよ。何の意義もねぇ」



ユカリの指摘を受けて、いつも通りの口角を少し皮肉に持ち上げた冗談っぽい口調でありながら、言葉の端々に滲む無関心な冷酷。



「……」


とても不快で、御しがたく。この世の全ての真理を悟っているかの如く、遥か高みから地べたに這いずる己を卑下し、見下げてくるような態度。


とても不快で、御しがたく。


ゴミ一つ落ちていない整地された美しい路上に置いてあるゴミ箱の蓋を開けたような、人生に大切な事を教えてくれる御有り難い教科書には教育上も宜しくないからとはぶかれた記述からテストの問題が出るような、


真実を突きつけてくるに似た懐かしい故郷の口振りが——



とても不快で、御しがたい。


「そもそも、お前には良くも悪くも他の連中と違って目的が無いんだ。自分の身が危なくなった時とか、肝心な時に逃げ出して、俺達の役に立つどころか邪魔になる可能性もあるってクレアの言い分も解かる」



——相馬意味人そうまいみと

いや、今ここに至り、イミト・デュラニウスであっても尚——

隣の男から匂って来るかおりは懐かしく、そして嫌悪が湧き上がらせる。



「だったら、こうやって都合のいい時だけ呼び出さないでカトレアの中で、ずっと眠らせておけばいいピョン。アンタたちの邪魔はしない、それで十分ピョンでしょ」



「いや……お前の氷魔法は使えるからな、眠らせておくには勿体もったいなさ過ぎる」



「——‼ を何だと思ってるピョン‼ 馬鹿にするなピョン‼」


夢も希望も愛も正義も何も無い。

心身にこびりつく匂いなき匂いが、もはやユカリの心を我慢ならぬ程に耐え難く揺さぶり、その瞬間——見えた大義名分を握り締めさせ、心を弾けさせたのかもしれない。


己が最早、『』でないのを知りながら——同じ匂いがこびりついていると知りながら、彼女に『』を語らせたのかも知れない。


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