第64話 壊滅の足音。1/5


一足いっそく飛びで話は進む、くだらぬいくさは語れる程に興は乗らず、



「ゴブリンの王は生まれながらに王の証たる宝杖ほうじょう宝剣ほうけんを持つと聞いたが」


「少し打ち合っただけで砕けるとは、大した宝剣であったな。まるで砂で創られた偽物のようではないか」



天井から重くり、地面に突き刺さる白き大剣の砕かれた亡骸なきがら。ゆるりと黒き大剣を携えて歩みを進める骸骨の騎士。その騎士がもう片方の腕で抱える鎧兜から響く美しく冷たい女の声に、相対する醜顔しゅうがんを更にゆがませる小鬼の王はたじろぐ。



「グガ……」


その汗がにじむ手に握るは、つかつばに宝石がまる砕かれた宝剣。今更ながらと追い詰められていると認識したかのように辛酸を舐めさせられた顔色で、もはや使い物にならなくなった宝剣を地に投げ捨てる。



「臣下もあら挽肉ひきにくとなってしまって、随分と立派な王となったものだ」


それもそうだった。投げ捨てられた宝剣が音もなく地に転がったのは、そこら中に弾力のある肉の塊が無惨にも周囲の地表を埋め尽くしていたからなのだから。



「命乞いは気分を害す。選ぶが良い……いさぎよく自害するか、あらがって砕かれるか」


やがて彼の王に突き立てられる断罪の剣の剣先はきらめくが如くにぶく笑い、使い手の優劣を誇る。骸骨騎士の双眸そうぼうと同じく、傍らの腕に抱えられる鎧兜の隙間から溢れるは闇深い赤く静かな光。



小鬼の王は突き付けられた二択に対し、果たしてどのような選択をする事になろうか。



「グ……グガアア‼」


それは、事も無げに選ばれた。

きびすを返す、


彼の体を突き動かすは壊滅した軍勢の再起の為か、それとも単なる差し迫った死への恐怖か。

小鬼の王から、その真意を聞く事は今後も——出来ない。



「——くだらぬ。所詮は低俗な蛮王か」


語るまでもない。その選択が、この世のの象徴たるデュラハンが最も愚かしむ選択であれば尚の事。



「猿山のおさで居たいだけならば山奥の穴蔵あなぐらから出てくるでないわ、この下郎‼」



『【業炎バスティーバ断撃リレギュオン】』


骸骨騎士が片手で天にかかげた漆黒の大剣が、猛々たけだけしい怒りの炎をまとい上げ着の身着のままと言ったせわしない——体裁一つも気に留めずに背を向けた王へ、感情荒ぶる渾身の一刀となって振り下ろされる。



距離はあった。しかし意味は無い。



「グガアアアアアアアアアアアアアァァ——‼」


空間すらも焼き切るが如く断罪の一刀は、その圧倒的な気配に先んじて背中を刺された王の断末魔を追って敵を穿うがち切り裂き、その先の遥か向こうの地平線に向けて炎と共に駆け出していく。



二つに割れた右と左、その時点で生き残って居ようはずもなく、されど業炎は飢餓きがに狂ったが如く王の肢体を食い尽くす。



——それでも満たされない業炎がパチパチと空腹を鳴らす後日談。

本来、耳を澄ませば聞こえないような炎のいななきが際立つ静寂。



「……つまらぬ戦よ。如何にかせを付けて興じようと余計に渇くばかりだ」


寂しげに彼女は呟き、赤い双眸を鎧兜の裏で閉じて後の祭りに息を吐く。

終わってしまった喧騒の記憶が尾を引いて、ふと振り返り過去にはもう戻れないと如実に嫌みったらしく語るような背後の壁に視線を振り返らせて。



「やはり今は貴様と戦う事が一番の娯楽となりそうだな、イミトよ」


 「もう終わっているのだろう。早くこの壁を消さぬか」



壁向こう、その裏側に居る男にクレアは声を掛けたのだ。

すると、彼女の予見通り。



「——はは、こいつは壁じゃなくて幻想さ。ただの目隠しだよ」


向こう側にも居ただろう大量のゴブリンの叫び声一つも漏れることも無く、退屈に待ちかねていたような気の抜けた声色で、イミトはクレアへ言葉を返したのである。



そうして消える目隠し、黒い巨壁は煙となって炎の黒煙に紛れていく。



やがて露と鳴った壁向こうの光景は、クレアが創り出したコチラ側と似て非なるような惨状であったという。



「貴様にしては手早くやったようだな。別れた時には、まだ数百は居たと記憶しておるが」


武器を使った形跡はない。

しかしおびただしい血が周囲の熱で蒸発し、腕などを生きたままに引き千切られたようなゴブリンの死体の山が幾つも積み上がる地獄絵図。


恐らくそれは、否——間違いなく、黒い椅子に座る鎧姿の男が行った所業。



「たとえ数百は居ても、一つの的を狙える数は数百にはならんもんだろ。大したことも無い」


「そっちも、そろそろ炎の檻を消してくれると助かるな。耐熱な鎧とはいえ、運動してたら蒸してきた。戦いも終わったし脱ぎたいんだけど」


それでも互いに何の驚きも心の動きも無いままに、お茶会中に新たな客人を迎えるような気軽さで交わされる会話。誇ることも無く、卑下することも無く、ただ当たり前に鳥が飛び立つ様を見送るが如く、いまだ燃ゆる地獄に彼女らは立つ。



「この程度の熱で、根性の無い」


「根性で何とか出来たら熱中症で死ぬ奴ぁ居ねぇよ……ったく。それで? 少しは戦えて気分が晴れたのか?」


平々と互いの仕事をねぎらうことも無く、



「ふん……貴様の方こそ、命を刈り取る事には慣れたのか」


 「——……はっ、お互い様って所だな」



挨拶代わりの皮肉を一つずつ。


轟々と燃えていた周囲の炎の檻はクレアの魔力が供給されなくなった為か天高い天井から消えていき、外界との温度差や空気圧で一瞬にして豪風を嵐の如く巻き起こす。

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