第60話 意味の亡き日。2/4


——やがてそのような思考整理の末、一人の男が選んだのは、否定であった。



『違う……ラムレットは、世界を持たぬ流浪るろうの神だ。転生者を俺と同じく嫌悪している……俺に復讐の機会と手段をくれた……異世界転生反対派の』


惑わされぬと、信心にしがみ付く。当然と言えば当然か、共に苦楽を共にした同志より敵の適当な憶測で放たれる言葉を信じる者はそうは居ない。


——に掛かって居なければ。



『——お前はさ、故郷を滅ぼされたか、大事な人を皆殺しやら凌辱されたとかなんだろ、おおかた転生者を恨んでる理由は』



或いは、を掛けられる前ならば。


神々が見守る中、魔人イミトは悪魔の如く死を待つばかりの男に追い討ちを掛ける。柔らかい白いタオルでほほを叩くような声色で、嘲笑ちょうしょう憐憫れんびんで隠しているような穏やかな問い掛けで。



『そうだ……アイツらは、前世でしいたげられてきたか知らねぇが転生して力を得た途端に仕返しのように好き放題イキリ散らかしやがる。前世でしいたげられていても当然のクズどもだ』


それに対して男は、これまで何も敵に与えまいと押し殺してきた感情をせきを切った様子で饒舌じょうぜつに己の思想を吐露し始め、否——さもすればそれもまた彼の思想では無いのかもしれない。



『そうじゃなくてもヅカヅカと突然現れては、自分で見つけた訳でも無い知識や経験を自慢してドヤ顔で、俺達が大事にしていた文化や思想を踏みにじり、世界を汚していく』


嫉妬、嫌悪、憤怒、この世のあらゆる理不尽を呪うが如く吐き出され始めた人間バンデット・ラックの感情を、魔人イミトは静かに静観する。


狂気の果てにある過激な行動理念を想像しながらも、彼もまたポップコーンを頬張りながら淡と耳を澄ませているのだ。



『神の恩恵おんけいだが前世の記憶だか知らないが、何の努力も無く得たもので人を侮辱し小馬鹿にしながら大した知恵もないくせに権力を手にし、私腹を肥やし——思い付きの薄っぺらい真似事の政策や偽善で人々を惑わし、自分の意にそぐわない連中を最終的には力でしいたげる』


物事には順序があり、道理があり、過程がある。つちかわれていく物を、つちかってきた物を略奪され蹂躙じゅうりんされてきたのだろう様々な光景が、バンデット・ラックの狂気に固く染まる開かれた双眸そうぼうに映り込んでいるようで。



されどその音響は演技じみた、まるで脚本に書き込まれた文言をただ暗記しているだけのような響きもあった。



だ——痛みをともなおうとも、失敗をしてしまおうとも、それぞれの世界……人類が体感し、学び考えていかなければならない物を、機会を奪い取って己の幸福ばかりをみにくすする寄生虫』



『それが異世界転生者だ‼ そんなゴミ共を重宝する連中も神も同罪だ‼ 違うか、異世界転生者‼』


それでも、やがて賛否を求められる同調圧力。拘束されていても尚、揺るがぬ信念で己が道を全く疑わない力強い思想犯の勧誘、異世界転生者でなければ或いはイミトで無ければ、彼に同調し賛同する程の気迫はあったかもしれない。



「……素敵すてきり込みね、ラムレット」


 「それなりにすじの通った意見よ。ふふ……まぁ、そう言いたくなるような転生者ばかりを選出しているのだけれど」


傍観ぼうかんする神々の、特にラムレットの得意げな顔は長く積み上げた苦労が報われたようなそんな表情である。豊満な胸の下で組んだ腕、足を組み直す様が妖艶ようえんに舞い踊るように見えて。



『まぁ……そう言いたくなるような異世界転生者ばかり選んでんだろうが、だからってそれが否定出来る根拠にはならんわな』


「あら……ふふふ」


「……」


しかし魔人イミトがラムレットの言葉を今しがた聞いて真似したようにうそぶけば、今度は神ミリスが悪戯な笑みをクスクスと漏らし、ゴキゲンに戻りつつあったラムレットの神経を逆撫でしてもと木阿弥もくあみ



『その通りなんじゃねぇか? それでコッチから腹切って死んでやる道理も無い訳だけど』



『——だけど、そうだな……ひとつ付け加えさせてもらうなら、それは転生者だからじゃねぇよ、クソくだらねぇ人間だからさ』



『だから俺は——になりてぇと思ってたんだから』



『……』


遥か異空の天上で二人の神がヒリヒリとした雰囲気をかもし続ける中、それを知る由もない彼らの話は進む。狂気の思想を正論が如く吐き出した人間バンデット・ラックに並べ立てられ、辟易へきえきとした魔人イミトが漏らすは愚痴の如き想い。



『とにかく、お前の転生者談議に付き合う気はねぇよ。その最初のクソ野郎に、なんでお前は殺されなかったのかって話をしたいだけで』



そして彼は、意趣返しの如く天を眺めながら狂人の呪いをバンデットへと魅せつけるのだ。



『そいつが間抜けで偶々偶然たまたまぐうぜんに生き残ったのか? それともその場に居なかったのか? 他の死に掛けの生き残りに犯人を聞いたのか? そのラムレットって奴に聞いたか?』



『そのラムレットって奴に会ったのは皆が死んじまったのを知った後か? どのくらいの時間で出会って、なんでラムレットがそこに居たか聞いたか?』



矢継ぎ早に、次々と、続々と、淡々と、冷静に冷徹に重ねられていく疑問。疑念。



『ラムレットの言葉の裏を考えたか? 嘘をついてないか探ったか? 適当に有耶無耶うやむやにされてる話は無いか?』



 「——……まるで悪魔のささやきね。話していたら頭がオカシクなりそうだわ」



「ふふ。まるで、今はオカシクないみたいな口振りね……でも、そうね。アレが狂い過ぎたあわれな悪魔のようだと思う事には同調するわ」



モニター越しに眺める神々すらも舌を巻く、静かなる怒涛どとう



『答えてみろ——ラムレットって奴を信用できるようになったんだ、お前は』



更にミリスは、彼がバンデットを見下ろす酷く冷酷で淡白な瞳を眺めながら、再び麦酒を口へと運び小さな溜息を漏らしたのであった。

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