第60話 意味の亡き日。1/4


その魔人のうらみがましいいのりのひとみが届く白き部屋。


「あらあら、うふふ。アナタの性格の悪い趣味がバレちゃってるみたいねラムレット」


「……」


巨大な高解像度スクリーンモニターに映し出されるというよりは窓の外をのぞいているような一面へ静やかに視線を送っていた二人の神々。


貴婦人のドレスを纏う神ミリスは名残惜しそうに残り少なくなった麦酒むぎしゅの入ったグラスを傍らに、隣に座る幾つもの宝石で装飾されたトンガリ帽をか被る魔女姿の神ラムレットへと微笑み、語り掛ける。



『どういう事だ……何が言いたい』


『だからよ、お前を連れ回してきた神様が異世界転生賛同派の神かもしれないって話だ。ロクでも無い異世界転生者を殺し合わせる事を甲斐がいにしてるタイプの、な』


しかしあやしくつややかな紅色べにいろくちびるをミリスに振る舞われた白濁はくだくにごり酒で湿しめらせて、遠く世界の片隅で起きている噂話うわさばなしに耳を澄ませ、ミリスの問いに答えずラムレット瞼を閉じる。



『簡単に言うと……そうだな、お前の言う性格が歪んだ転生者を呼び出して力を与えて暴れさせて、お前みたいな復讐者を創り出して遊んでるんじゃないかって御伽話だ』


『まったく異なる小さな世界を幾つも抱えて神といつわらせた部下に管理させておいて、その実——、一人の神が全て掌握しょうあくしている複数の世界が集合して構成されている一つの世界』



『もしかしたら——お前が殺してきた転生者やソイツらが居た世界も、その神の傘下さんかの一つでお前が復讐を果たすのに都合の良い能力や人材だったのかもしれないって話だな』


度重ねられる誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを静観しつつも、はらわたえくり返っているような鼻持ちならない不機嫌が魔人の言葉が届く度に雰囲気ににじみ、ふくれ上がっていくようである。



「素晴らしいわね。病気を疑うくらいの突拍子もない正解……ねぇ、さっきから一言も声を聴いていないのだけど、そろそろ今の気分を私に聴かせてくれないかしら嗜虐趣味しぎゃくしゅみの神様さん」


だが、むしろ神ミリスはそれをあおり、麦酒をすすってのどを十分に湿らせたのち流暢りゅうちょうに問いの返事をかすに至って。


ミリスの、穏やかなその表情からはうかがい知れぬ皮肉がそこにはあった。



「……ふん、くだらないわね。とてもつまらない茶番だわ」


それに対し、ようやくと重くなっていた口を開くラムレット。一口飲んだ白濁の濁り酒がなめらかに揺らぐ硝子ガラスのグラスを見通しながら不機嫌そうに鼻で笑い、彼女は白濁の濁り酒が気に入らぬと白い床に無造作に垂れ流し始める。



『なにを……何を言っている……何を。アイツは、アイツがそんな訳が分からない事を……』


 「だって、私の洗脳は完璧だもの。それに真実を悟られる事に何の意味もないでしょう?」


とても冷酷に、戸惑う彼女の信者の声よりも、流れいく床の白濁が自身の服や靴を汚さないように気を配って目を伏し見下して。或いは冷徹に興味を失い目を閉じる。



『——根拠は幾つかある。証拠じゃないけどな』


「「……」」


だが、魔人の言葉を彼女らは無視する事が出来ない。興味深い人々のいとなみや足掻あがきに、好奇心をそそられた様子で彼女たちは、彼らの生き様——最後の結末へと向かう顛末てんまつを見逃すまいと眺めるのである。


まるでテレビの音響に心を惹かれるように。



『一つは、あのレヴィって女が逃げた事……聞いた話じゃ、空間転移でアッサリ逃げたそうだ。そこから俺達との距離もかなり離れていたし時間もあった。普通の仲間なら撤退を伝えに来ても可笑しくは無いはずだ』


『空間を自由に転移できるなんて便利な魔法があるなら特にな』


さながら刑事ドラマの最後の締めの場面を視聴するが如く、魔人イミトの病的な推理劇にそれぞれの思惑を湧き上がらせる神々。行き先へと向かう過程に、如何ばかりの説得力があるかを品定めしながら、傍らの小さな足の長いテーブルに各々の飲み物のグラスを置いて。



『神様の候補だってのに、慈愛じあいの欠片もねぇじゃねぇか。偏見へんけんだけどな』



『つまりお前はレヴィって女にとって、危険をおかしてまで助ける価値の無い人間。少なくともお前を残して逃げる事にレヴィって女は躊躇ためらいや罪悪感が無いって事になる』



——その時だった。ふと魔人が声に漏らしていく思考展開に微笑みつつも、何処か寂しげな表情で眉を下げたミリスが感想を言葉にしたのは。


「——ねぇラムレット。私はね……完璧なんて、神が決めるべきではない事だと思うの」



「それは、世界の限界と停滞なんですもの」


 「人だけが決めるべきものなの。私たちは——そう、彼らを信じるだけなのよ」


とても静かやかな声で回顧かいこするように、彼女はモニター越しの魔人を見つめ——あわれむようにさみしがるように、彼らの行く末を、選択を、穏やかに見守る。



『そして二つ目——これが一番の理由だが、テメェは弱すぎるんだよ』



 『別に俺が強いって自慢話じゃねぇんだ。ただ……俺にすら素手喧嘩ステゴロで勝てねぇようなこらえ性も冷静さの欠片も無い、のテメェに神様なんてのが簡単に殺せる訳がねぇだろ』



『……』

「……」



その言葉たちに、それぞれ冷ややかな横目が向けられて。



時同じく、返す言葉が無い様子で閉じられた瞼の裏で、思考の整理は始まる。



『まぁ、他にも幾つかあるんだが……残りは自分で考えな。案外、走馬灯って奴の時間も裁判の待ち時間を含めれば相当に長いからよ』

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