第56話 たとえ雨が止めども。2/4
一方、時が動きを再開したが如く——挨拶がてらの雨粒が金細工で
「……やはり……私の分身……体は……完全に消滅したようだ……」
されど机上に置かれた
「ふむ——拘束を維持できない何かしらの事態が起きたと見るべきだな……それが外部の要因か、内部の要因かの問題だ」
「しかし、これで奴等の正確な位置が分からなくなったという事ですか……」
そして外の嵐を気にも留めずに静寂に澄ます客室には、二つの人の形をした【何か】の影があった。或いは、人だったものと——今はそう語ろう。
「状況によっては連中に報復をする機会となり得るが……こちらも疲弊が激しい。アーティーよ、完全修復までどのくらいの時間を要しそうか」
椅子に深く座っていた初老の男——レザリクス・バーティガルは背もたれから
「……戦闘が……出来るまでの増殖……は……相当の時間が必要。擬態の方は……残り一人か二人程度なら可能だ……」
そのレザリクスの言葉に、途切れ途切れに声を放つ透明の存在——アーティー・ブランドが己で満たされた水槽の中で共に住む観賞魚に泡を噴かせ、無自覚の
水槽は僅かの時、赤く
「そうか……そのまま、回復と現状の維持に努めてくれ。バルドッサ、君はどうかね」
「はっ。レザリクス様の御命令とあれば私は何時でも」
だが何の余韻も無く進む会話、椅子に座るレザリクスが次に目を向けたのは彼の前で佇む
バルドッサと呼ばれた彼は、レザリクスの机の上にある水槽とは違い明確な主従をレザリクスに捧げているようである。
「無理を押していく必要は無い……奴等の行方は、私の目的に支障はあれど——我らの次の計画に直接的に邪魔な訳でも無いからな。人員を
それでも穏やかに彼の忠誠を棚に置くように軽く手を掲げ、レザリクスは思考する。
「いや……アレは優先して処理をすべき……だ。大まかな居場所が……分かっている内に監視や刺客を送り込むべき……」
否、その場に居た誰もが思考していた。
かつて彼らの一つの計画を
「——そう
「——……」
首から下を失ったとはいえ、膨大な魔力を持つ伝説の魔物でも無く、
目を合わせただけで耐性の無い他人を石に変える呪いを持つ魔族でも無く、
鋭い魔力感知で全てを察知し多種多様な性質を持つ魔法武器を用いる魔女でもなく、
無論——ツアレスト王国の姫君の護衛騎士を務める程の実力の騎士でも無い。
何処からともなく現れた——出自の全く掴めぬ謎の男。
思い出すだけでアーティーの水槽が
「だが、確かにアーティーの分身体が消滅した以上……偵察を送り、調査討伐に賭ける価値はあろうな」
今後、己らが世にもたらす災禍を練る際に常に浮かび上がるであろう懸念に彼らは杞憂する。
しかし彼ら——特に彼の憂いは、その男だけでは無論ない。
「——レザリクス様、アーティー。恐れながら、あのルーゼンビフォアという女の件ですが」
その疑義は以前の
「正直に申しますと私は、あの女と手を組み続けるという事に疑義を持っております」
イミト・デュラニウス——ひいてはクレア・デュラニウスという共通の敵を打破すべく手を組んだ二つの勢力。その本来は共に戦うはずでは無かった戦場でバルドッサのみが見た彼女らの素行や所業が、レザリクスたちに真剣な声色として
「ふむ……
考えども考えども解消される所か増えてゆく悩みの種に、眉根に親指を押し当て顔をしかめるレザリクス。彼の脳裏に描かれる今後の展望が幾つの景色か知る者は無く、その場に居る他の二人は彼の決断を待ち、静かに尚も窓を叩く雨音に耳を寄せていて。
されど、その時——彼らは気付いた。
『その通り……それに私は、アナタ方が欲している物を提供できますよ』
「「「……」」」
来訪。絢爛豪華な客室の隅の空間が波打つが如く歪み、唐突に現れる女の声の揺らぎと
「勿論、対価として幾つかの物と働きを期待させて頂きますけれどね」
噂を聞きつけたが如く現れたるルーゼンビフォアは、酷く挑発的に眼鏡の
「ふふ……貴殿は
様々な立場、それぞれの思惑、野心、野望、計略、謀略。
乱雲が
——命を運ぶ魂らの声のままに。
或いはそれら全ても——神の御業か。
敢えて言葉を一つ、残すなら——やがて運命は必ず一つの終着へと至るのだろう。
それが、誰の何かを、語ろうとする者は未だ居ない。
「して、今回の用向きは何かな……ルーゼンビフォア殿。もうじき私は礼拝に向かわねばばならない。話なら早急に頼みたいのだが」
少なくともルーゼンビフォアの登場に微動だにすることなく、
——。
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