第48話 平和の柱。3/4


そして酒をうすめる水を飲むイミトは、赤毛氈あかもうせんの上で胡坐あぐらを掻いて話を始める。



「いつもこんな風に世の中に介入してんのか?」


ススリと水をすすりつつ、目の前にある御膳ごぜんの上に並べられた酒のさかなに目を配り、世間話の会話カードを一枚使う。



「どうかしら。今回はルーゼンや罪人つみびとさんのような特殊な状況があったから直接的な干渉のように見えるけれど、普段は放任してる事の方が多いかしら」


「細やかな直感やヒントを語り掛ける事はあるけれど、基本的には本人の意志や行動に結果を任せているわよ」



あでやかな着物姿で微笑ましく遊興ゆうきょうに、酒をたしなむミリスの一挙手一投足に気を付けながらの会合。ミリスは、余裕に振る舞っているようにも見える。




「へぇ。それで——そんなが、俺を呼び付けた理由は何だ? 調味料の窃盗せっとうばっするなら、別に呼びつける必要も無いはずだ」


何の気無く投げつけた疑問、けれどして重要事では無い会話を早々に切り上げるイミトは話題を先に進ませた。水の入ったコップは酒席のぜんかたわらに置かれ、わずかに水面を揺らす。



「まさか、に付き合ってくれなくて寂しくなったから、なんて言わないよな」


チラリと視線を流すは、ミリスとの間に左右二つずつある空席。宴会後の光景を、背後にアルキラルが控えているにも関わらず片付けさせていない所を見れば、かなりの深い意味があるに違いないと思うイミトである。



「まさかまさか……ちゃんとそれ以外の理由もありますよー」

「……」


そんなイミトの視線の動きに勘づき、ほくそ笑むミリスは穏やかにまぶたを閉じながら話を有耶無耶うやむやにして再び酒をすすり始めて。



「けれど、私が与えるのはヒントだけ。みたいに、罪人さんが色々察してくれると助かるわ」


口の中に残る酒の後味をたのしみつつ、酒が口の中に残っている際の味とを比べようかと、更に追い掛けるようにもう一口。


放った言葉は余韻よいんを楽しむ隠し味のようなものだった。



だが、

「……なるほど。も入れて五人か」


したえるイミトも、用意されていた酒のさかなの中から金箔が散らされている細い光沢のある漬物をはしで掴み、喰らい始めている。



つぶやく言葉は隠し味を軽々とあばいている口調で。



「ごほっ、けほっ……少し早すぎないかしら。もしかして、もう分かっちゃった?」


その唐突な思考展開には流石さすがの神すらもむせての苦笑にがわらい。あやしくあでやかだったたたずまいを崩し、思わず素が出たように声色こわいろを軽くするのである。



「いんや、分かってない事だらけだろ。この二十日大根はつかだいこんの漬物、美味いな……市販品か?」



ポリリと、瑞々みずみずしくも確かに感じる歯ごたえに、はしを進ませる一幕。

漬物を噛みつつも、漬け込んでいる時間や味付け、或いは美しい盛り付け方を探りつつ、漬物の飾られている小鉢こばちを持ち上げ、器の色にまで目を配るイミト。



ぜい趣向しゅこうらした神々の酒席しゅせき、その片鱗へんりんを淡白な瞳で眺め、思考する。



「……そうね、アナタが元居た世界で仕入れてきたの。お米も用意しましょうか?」



——それは愛だと、神はうのだろう。


微笑ましい顔つきで貧民に富を分け与える慈愛に満ちたようなミリスは、手に持つ酒を御膳に置き、イミトと同じものを食す。



「いや……流石に米まで食うと帰りたくなっちまうからな。止めとくわ」


だが、見下された気がしたイミトは己の性分や好奇心を自嘲しつつ、先んじて気を利かせようとしたアルキラルの動きを視線で制止させ、糖質制限とうしつせいげんをしているとでも言うように強がってわらった。



かつて生き、そして死に別れた世界の面影に——或いは、うそぶいて。



「——そう……どうしても食べたくなったらに向かうと良いわ、あそこには米の文化が根付いているから」


すると、全てを見透みすかしているような全知の神は穏やかに微笑み、子羊こひつじを見送るように語る言葉は道標。



「ありがちだな……まぁ教えてくれてアリガトウな話だが」


それが東に何かやるべき事と示唆しさしているのか、それともただの善意なのか——イミトにはわからない。口直しに飲んだ水と同じように彼はミリスから放たれる言葉の全てを彼の心の片隅に置く。



そして——、分からぬ事を考えるよりも今は詰め込む時と、


に、結構な違反スレスレなんじゃねぇの。偽札とか使わないで、ちゃんと金を払って手に入れてんだろうな」



話題を変えて楽しげな声色で酒に微睡まどろむ時を待つ。



「——ふふ、ちゃんと対価は払って正式に手続きを踏んでから手に入れていますよ。アナタの世界の天使たちに感謝したい所ね」


 「なるほど、あっちの世界の天使たちが働いて手に入れた金で経済を乱さないまま物資を横流ししてるわけか」



「少し言い方に問題がありそうだけれど、まぁそういう事ね。もしかしてが良かったかしら、今日は議題の所為せいもあって、アナタの生まれた世界の料理が良いというからだったわね」


「……まぁ、興味が無いって言ったら噓になるけど、美味けりゃなんでも良いさ」


酒場で気分よく酒を飲む相手に使うような話術で、或いはを突くようにイミトはミリスとの会話を織り成し、少しづつ遠回しに確信に近付いていくのである。


恐らくそれは——ミリスもだろう。


「議題とか言ってたが、神様の世界ってのもやらやらに忙しそうだな」


 「ホントに。平和に家で酒でも飲んでりゃ事も無いってのにね」



「飲んだくれが暴れるから秩序が居るんだろ。酒だけじゃ世の中は平和にならないっての」


何かを察しさせようとするミリス、彼女が伝えようとしている何かを察しようとするイミト。


さらりさらりと互いに話に織り交ぜていく印象的な言葉。真っ向からは語れぬ出来事の全容を隠語さながらに遠回しに形作っていく。



「「面倒くさいったら無いな」」


「……」


はたから見れば、じゃれて居るだけのような本当に世間話をしているだけの間柄あいだがら

されど二人のその目には、確かな真剣みで互いに何かを斬り合うような色合いが映り込んでいるのである。

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