第47話 地下に潜む怪物。1/5


 ——時は進んで地下水道。

 汚水のかおりがただよう、すすまみれた穴蔵あなぐらに——そのは降り立った。



「——思ったより時間が掛かったな。クレアとの戦いが楽しかったようで何よりだよ」


 地下帝国のあるじの如く、真っ黒の椅子に足を組んで頬杖ほおづえを突きながら待ち受けていたが、現れたる三人を迎え入れ、悪辣不敵あくらつふてきな眼差しで余裕よゆうたたずまいを見せつけて。



「……相馬意味人」


 女神は懐かしき魔人のまことの名を憎らしく呼んだ。



「久しぶりだな、ルーゼンビフォア。意味奈も元気……そうとは言えないか、そんな血だらけで大丈夫なのかよ? カトレアさんの返り血じゃねぇよな」


 しかし挨拶も早々、魔人の視線は女神の連れに向けられて、肩の力を抜いた厚顔不遜こうがんふそんな面差しで新品の仮面を付けている少女の風体に想いをせ、



「んで、そっちの男は初めましてだな。デュエラは強かったろ」


 「「……」」


 敬虔けいけんな身なりの宗教家を嘲笑あざわらう。

 仏にも神にもすがらぬ、天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん。組んでいた足をき、足下に置いてあった敵から奪いし戦利品を中に納めたつつの容器を踏み付けて、気に入らぬ足心地につつを軽く蹴り倒す。



「——……その反応、まるで私たちが来るのも計算の内だったようですね」


 地下水道の床に転がる何も語れぬ筒の容器のあわれを一瞥いちべつした女神は、魔人の罪をはかるように眼鏡の位置を懐かしく指で整え、しらけた眼差しを魔人へと向ける。



「まぁな。クレアに泣かされてたら、八つ当たりに来るだろうなとは思ってた。現状を考えれば、クレアより普通に俺の方が殺しやすいからな」


 ほくそ笑む魔人は再び椅子の背もたれに背を預け、女神の問いに答えた。暗躍し、糸を引く悪人の如く、胸のポケットから取り出す黒い遊戯盤ゆうぎばんこま



 それを遊びに誘うように女神の足下に放り投げた魔人。


「セティス・メラ・ディナーナはクジャリアース王子の呪い解除、厄介な聖騎士アディ・クライドはレザリクスのいつわりの救助にいそしんでいる頃合い。クレア・デュラニウスたちは、アナタたち自身が仕掛けた人型スライムに対処するミュールズの騎士たちの警戒が強まり、表立っては動けない」



 その足下に転がるこまに目もくれず、胸の下で腕を組み、現在の状況を語る女神は苛立った。


 未だ椅子に鎮座する魔人の態度に、何の緊張感もなく現在の状況を全く不利だと思っていない様子に腹を立てていく。



「——……状況は最悪のはずなのに、その余裕。まだ何かしら卑怯ひきょうな小細工でもあるのでしょうか。後学のために聞いておきたいのですが」


 それでも過去の反省からか冷静に理性を保ち、相手のペースに乗らぬようにてっする女神。



「ねぇよ。あったとしても、教える訳もないだろ」


 そんな女神の様子をかんがみて、これ以上は会話での収穫しゅうかくは無いなと、ようやく魔人は椅子から重い腰を上げ、腰裏に装着しているかばんから一際ひときわ大きな虹色魔石を取り出した。



「ああ……でも、そうだな。これが、だとは言っとく……って魔物のでな」



 もうじきに訪れる衝突しょうとつ——この時の為に用意したサプライズに、魔人が浮かべる得意げな表情。その動作に警戒し、女神の背後に控えている従者たちも各々おのおのの戦闘態勢を整える。



「【不死王殺デス・リッチし】」


 地下水道の中央で、虹色の大きな魔石が内に秘める魔力を喰らい——悪の枢軸すうじくの如くあふれ出る黒い魔力。それは濃密な威圧を放ち、先ほどとは別人のように気配を荒ぶらせた。



「じゃあ、始めるか——三対一で構わないぞ、俺は……オタクらみたいにな戦いをなんてのパワーワードは使わねぇから」


 しかし鳴らした首の骨、準備運動は済んだとてのひらに黒いうずともして創り出す黒い槍——不敵な笑みは相も変わらず。


 今まで世話になった椅子を悪辣に蹴り倒し、槍を振る空間を整えて器用に槍を操りつつ右肩にかついだのちと相手に見せてつけた左手の人差し指と中指を挑発的に前後させる。



「……生意気な。イミナさん、お望み通り兄の相手をさせて上げます、行きなさい」


 対する女神も白い光から神々しい槍を創り出し、背後に控える魔人の妹に指示を出す。



「——はい。ルーゼンビフォア様……」


 すると背後に控える仮面の少女は待ちかねていたと、意気揚々いきようようさやから刀を引き抜いて、その白刃しらはするどさを地下水道の煤塗すすまみれの空間にきらめかせた。



 ——。因縁浅からぬ女神と魔人、或いは兄と妹のたましいけずり合うような戦いが。



 否——、

「おっと、言い忘れてた。もうから、頭上注意な」


 「「「——⁉」」」


 既に戦いは始まっている。魔人イミト・デュラニウスの背後に倒れている椅子が黒いきりとして霧散むさんした瞬間が、その始まりであった。



「【貧民圧殺スラム・アサシネイト】」


 椅子につながれていた見えづらい黒い糸も消え失せ、地下水道の天井から落下するとげの付いた巨大な黒い鉄球。それを咄嗟とっさ紙一重かみひとえ各々おのおのと別方向に回避する女神ルーゼンビフォア一行。


 イミトの貧民圧殺スラム・アサシネイトは軽々と重力加速を帯びて床を砕き、床のレンガの瓦礫がれきを散らす。



「——良い反応じゃねぇかイミナ。は嬉しいね」

 「——兄さ……くっ‼」


 その最中さなか、動き出したイミトは分断孤立ぶんだんこりつした敵のかたまりの中から、お望み通りと抜身ぬきみの刀を持つ妹のイミナにその槍を振り下ろし、刃に槍を受け止めさせる。



「悪いな。もう一緒に死んでやれる程、折角の異世界……世の中に退屈はしてなくてな」



「——に水を差してすみませんね‼」


 感動の再会を演出しつつ、不敵な笑みで別れを告げる魔人。その得意げな背に迫るルーゼンビフォアの白い槍。


「いいえ、お構いなく——っと‼」

「がはっ——……⁉」


 対するイミトは槍を抑えている力の込められていたイミナの刀を素早く受け流し、槍を地面に突き刺した後で——それを支柱に背後から迫る白い槍を紙一重でかわしつつ魔力も込められた後ろ蹴りを放ち、ルーゼンビフォアを腹から突き飛ばす。



「男らしく戦えってのは、前時代的だよな——ねこ‼」


 そしてイミトはルーゼンビフォアがわずかに嗚咽し、宙に浮いた隙に蹴りを放った勢いそのままに、未だ地面に突き刺した槍を支柱としてたくみに使い、刃を構え直すイミナを牽制けんせいしつつ、



 地表と水平に回転した後に——螺旋らせんの流れを途中で途切れさせて地面へ目一杯の力を込めて両足で地面の床を盛大に



「ぐお——っ‼」


 に隠れひそみ、せまっていた岩の魔物との半人半魔バルドッサの存在をあばくイミト。



「地面にもぐる奇襲ってのは、警戒されてない時にやりな」

「【デス・ゾーン‼】」


 そしてバルドッサの奇襲を未然にふせいだイミトは、敵にかこまれている現状に際し、魔力によって圧力を掛け、時間と距離を相手に付与し行動を遅らせるを用いつつ、態勢を整える為に背後へとぶ。

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