第39話 騎士と兎。4/4
***
同じ頃合い——或いは、どれ程の時間が経ったのか、五秒か二分か十分か、さもすれば一時間ほど経ったのかもしれない。そのように時間の感覚が
背景は黒いが闇は無く、姿だけが
黒の空から降り
カトレアは、ここが精神世界で——空から降り
そして——、
「この騎士、イケメンピョンね。むちゃくちゃ強そうだしピョン」
彼女が黒い世界の中、横たわりテレビを眺めるように薄型液晶の如き鏡を見つめて
「……ハイリ・クプ・ラピニカ。いや……ユカリ・ササナミ」
小さく静かに一歩ずつ近づくカトレアは、ある程度と近づくと足を止め、白毛に溢れた巨躯の兎に目を落として声を掛ける。
「ん……とうとう、この領域に自力で来たピョンか。知ってるけど、いちおう何の用だピョン?」
すると、ゆるりと横たわり眺めていた記憶の映像から目を離し、
そんなユカリが何を見ているのかとカトレアは、彼女の目の前に置いてある歪な形で割れた鏡のような画面に視線を送る。
そこに映っていたのは——、一人の若い男の騎士。黄色の髪と黒髪の割合が七対三で別れている好青年が鏡の向こう——こちら側に語り掛けてくる光景。
それは——
「——……その男の名は、アディ・クライド。同じ師の下、私と幼い頃から剣術の
若かりし頃から共に過ごしてきた人物との思い出。ユカリに記憶を見られている事に、もう嫌悪感は無かった。
黒しかない退屈な世界。彼女は、きっと
「言葉、分からないって言ってるピョン」
そんなカトレアの予期せぬ気遣いを横目に流したユカリは
「……アディ・クライド。この男の名だ、分かるか?」
すると映像の傍らに足を進め、映る男に指を差して何とか身振り手振りでもユカリと意思疎通を図ろうとするカトレア。
元は人間。クレアから聞いた事実を基に、会話の出来ない相手では無いはずと信じたカトレアは真っすぐに兎の怪物の赤い瞳を見つめ続ける。
だが——、
「ああ……この男の名前ピョンか。アディ・クライド?」
「そうだ。アディ・クライド、今はリオネル聖教で鎧聖女に次ぐ実力の聖騎士と言われている」
「……そういう回りくどい会話で仲良くなろうって戦法ピョンか。汚いピョンね」
ユカリからすればカトレアの態度は自分を低能と見下しつつの、打算ありきの譲歩にしか見えず言葉の分からぬ子供に言い聞かせているようにしか聞こえてならない。
端的に言えば、馬鹿にされているような気さえした。
しかしながら、解っても居るのだ。
「アンタの性格は記憶を見てるから何となく真面目なのは判ってるピョン」
「文明や思想とか私たちが居た世界よりずっと遅れてるし原始人のくせに、人間性も私なんかより立派で、ちゃんと生きてて、羨ましくて」
「だから私は……アンタが嫌いピョン」
ずっと、ずっと、人としては彼女の方が上なのだろう、と。
勉強を真面目にやってきたわけでもなく、
得意な事を増やそうと努力してきたわけでもなく、
ただ与えられた課題を与えられた分だけこなし、
平穏に流されるままに生きてきた人間時代を思い返し、
ユカリ・ササナミはズングリとした兎の身体を起き上がらせる。
「……ユカリ?」
映像を映していた鏡は割れて、カトレアは真面目な顔つきのまま首を傾げてユカリの様子を伺うのだ。
そしてユカリ・ササナミは、そっとカトレアへ兎の左手を差し出した。
「でもアイツに協力するって言っちゃたし、仕方ないから力は貸してやるピョン」
「代償は貰うピョンけどね」
「……手に触れろ、というのか?」
ユカリが魅せる身振り手振り、カトレアは恐る恐るとそれを汲み取り、やがてカトレアの右手はユカリの左手に触れる。
その時——、
「言葉が分からない……アンタが悪いんだピョン」
「——‼」
ユカリは兎の顔を
目を開けてはいられない光明の中、
そんな彼女にユカリは尋ねる。
「ねぇ……カトレア・バーニディッシュ。」
「生きるって、そんなに楽しいピョンか?」
兎は騎士に、騎士は兎に。
半々と左右非対称に彼女たちは
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