第36話 策謀の宴。4/4
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そして和平調印の前夜祭にて暗躍する二人は、夜会の喧騒から少し離れた夜空の星が見渡せる誰も居ないベランダへと辿り着く。
「それで? どうしてベランダに来た?」
その頃には、異常なほどに迅速な手際でウェイターがパーティーグラスを二つ、イミトに届けていて。セティスは
歩き慣れないヒールの
「なんだか、中が騒がしくなってきたみたいだけど」
そして僅かに遠くなったパーティー会場から聞こえてくる人波のサザ音に耳を澄ませ、改めてイミトの意図を問う。
するとイミトはセティスに新たな飲み物を手渡しながらベランダの手すりにもたれ掛かり、彼女の問いに答える。
「アルバランの王子様の登場だ、マリルティアンジュ姫と婚約なさるらしいな」
「……そう。それで?」
けれどその答えはセティスの求めていたものでは無く、姫の婚約と言う初耳の情報に驚きつつも更なる答えを彼女は要求するのである。
しかし、イミトはベランダからの景色を覗き込み、この巨大な城の階層を確かめる事に夢中になり始めているようだった。
「サムウェルって覚えてるか? ミュールズ護衛騎士の」
「うん。彼が何? 特に変わった人だとは思わなかったけど」
そして案の定、帰ってきた言葉は質問に対する答えではなく全く関係のない思い出話。セティスは僅かに、ほんの些細に、少しばかりイラリとする。
「まぁ、覚えてるなら問題ない。説明の時間が無いから端的に言うと、俺が居なくなったら少し時間を稼いで追い掛けてきてくれ」
それでもイミトはそんなセティスを
だが——、気付く。セティスも気付く。
「? 難解……——‼」
イミトの視線を追うように彼女も目を向けたパーティー会場の内部、開かれたベランダに通じる窓枠の
「——……イミト・デュラニウス様ですね」
その放つ気配に驚きセティスが急ぎ首を振ると、そこに居たのは波立っているような黒髪長髪、黒い肌の顔色に鋭い目つきで深紅の瞳を鈍く光らせる精悍な紳士——風に
「私はアーティー・ブランド。少しばかり場所を変えて、ゆっくりとお話出来ないかと思い参上させて頂きました」
「イミト——理解した。気配が複数」
思わず手から離したガラスのグラスが放つ小さな断末魔。
——彼女には
そして——、イミトらの知恵と知識によって
だが——、
「ああ……その頭の回転と冷静さは、手放しで褒めたい所だ。とても楽しそうなダンスパーティーになると良いな」
ふと触れてくる理性。セティスより一歩前へ彼女の震える手に触れながらイミトは歩み、不敵に笑って言葉を語る。
そして——、策謀の宴は輪舞を奏で始め、物語を美麗に回しゆく。
「如何でしょうか、イミト殿?」
「……こちらからも是非、お願いしたい所だ。アーティー・ブランド殿……正直、私のような身分の人間には、こういった会場は些か
「はは……私も少々と人に酔ってしまいまして……近くに部屋も用意してありますので、ゆっくり紅茶でも
「先に踊ってくる。姫様とかサムウェルに何か聞かれた時は上手く誤魔化しておいてくれ」
「頼んだぞ、セティス」
軽くセティスに振り返り、片手の甲で軽々しくと別れを告げて。
「……アーティー・ブランド」
彼女は、今はまだ時では無いと言い聞かせるように自らの手首を握り締め、ボソリ——セティスの事など意にも介してない様子であった奴の名を呼び捨てる。
床で割れたグラスから飛び散った飲み物の色は赤く、彼女が胸に秘める惨劇の過去を映し出すようであった。
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