第36話 策謀の宴。3/4
そして時と舞台は移り変わり、様々な思惑が交錯する絢爛豪華なパーティー会場は、多種多様に
「パーティー会場のバイキングに
そこに貸し与えられた正装の礼服を着込むイミトが
入場許可証になっている黄金の
既に場に
そんな彼の立ち回りが始まりそうになるその前に——
「——とてもよくお似合いですね、イミト様。立ち振る舞いも含めて、普段の勇ましく荒々しい姿こそが嘘のようです」
背後から周囲の注目を浴びているどよめきと、澄んだ声色がイミトの耳を突く。
振り返れば、また衣装と髪型を変えた美しい少女のドレス姿と後方に粛々と控えるメイド達。
「……これはマリルティアンジュ姫。
デュランダルの人格を即座に作ったイミトは実に堅苦しく胸に片手を当てて一礼しながら彼女に
「ふふ、そう思って頂けることを最大の
無論、イミトを知るマリルティアンジュもそれを察して受け止めつつ、愛想笑いとは思えぬ愛想笑いの
「今宵の
そうして、あまりイミトに関わるのも彼や己の状況を改善する事も無いと知っている様子のマリルティアンジュは挨拶も早々に歩みを始める。
しかし去り際、
「それから、出来れば後ろに控えておりますセティス様の御姿にも……貴方なりの賛辞を送る必要があるのではと
彼女は微笑み得意げに、背後でメイド達に
覆面の魔女——などと普段は呼ばれる彼女は、慣れない環境に照れ臭そうに
「「……」」
普段の薄水色のボサボサ髪まで整えられて、髪飾りをモジモジと輝かせている。
——イミトは、言葉を失った。
「では——申し訳ありませんが、私は他の方々にも御挨拶をせねばなりませんので失礼させて頂きます」
その二人の慣れぬ様子を意地悪く名残惜しそうに楽しんだマリルティアンジュが去ってからも少しの余韻、しばしの沈黙がイミトとセティス——二人の間に
そして——イミトに視線も合わせず俯いたまま、目尻に涙を浮かべそうな声色で嘆き、ようやくセティスは声を漏らすのである。
「……帰りたい」
けれどイミトが、ついぞ彼女のドレス姿の礼装の感想を声にすることは無く、カラリに彼は言葉を述べるに至る。
「——誰もいない部屋に帰って冷たい飯を食ったって、帰った事にはならねぇぞ」
「堂々としてろ。胸を張れ」
彼女の首に掛かったままの——いつも通りの彼女の魔道具に手を伸ばし、その首飾りに異常は無いかと確かめながら。
「お前の顔には、もう呪いは掛かってねぇんだから。光を浴びちゃいけない化け物なんざ、吸血鬼だけで十分だろ」
俯き顔から少し顔を持ち上げたセティスを
「——……うん」
この場に居るのはイミト・デュラニウスで——その瞳の中に居るのはセティス・メラ・ディナーナ。もはや普段通りとなってしまっている、普段と何も変わらない光景。
「さて、食事に行くぞ。腹が減っては
そして何より、いつもと変わらないイミトの思考回路が、彼女の肩に込み入っていた力を抜いて、呆れの吐息を漏らさせる。
「さっきのお土産、全部食べたばかり」
「さっきはさっき。今は今だろうが、こういう時は定番的に他の貴族連中に目を付けられて
「……和平調印式の前夜祭だという事は、もう一度だけ言っとく」
歩き出す。歩き出す——策謀の宴の気配を衆目の視線に感じつつ、彼女は彼に掴まれた手に身を
***
それから、食事も早々に一段落。立食を
「あの見るからに強そうな腰に剣を付けてる親父が王国騎士団長グラウディオ。話してるのがアルバランの王族を護衛してきたアルバランの騎士長だろうな。アレも相当に強そうだ」
「それでアレ……良い感じに優しい貴族って感じの雰囲気で周りに貴婦人が集まっているのがバディオス王子。もう一つの人の塊は宰相の
「さっきからマリルティアンジュが挨拶に回ってる連中が十二城主たちって感じだ……動きの感じを見ると十二城主にも力関係や序列があるらしい」
「自然に偶然を装って相手を見つけて近付いて行ってるように見えるが、
下品とは思われぬように当たり障りなく皿に積んだ料理の味を一つ一つ確かめながら、顔の位置を変えずにセティスへ主だった面々についての
「良くそこまで分かる……眼球に黒目が何個か付いているみたい」
セティスは飲み物のパーティーグラスを冷静に
「店員は見ずとも客を見ているもんさ。そっちはどうだ?」
あたかも、捕らえるべき
「……ここには居ない。私にも感知できない程に気配を消しているという可能性もある」
「会場の入り口にも結界があったしな。そう易々とはって感じか——」
「それで、肝心の目標は?」
狙うはネズミか、或いは
しかしその瞬間——イミトの視線はピタリとある位置に固定されていて。
「今日会った聖騎士も身分が高そうだったのに見当たらないみたいだし、明日の儀式に
「そう……私もレザリクス・バーティガルの顔は見ておきたかった」
「けど、面白そうな客人が来たみたいだ——ついてこいセティス。外の空気でも吸いに行こう」
未だ会場の変化に気付かないセティスの手を唐突に引き、イミトが動き出す。向かう先は屋外ベランダに通じる大きな窓枠の戸。
そして通り掛けに空のグラスを乗ったトレーを持って歩いていたウィエターに見えるように片手を挙げて呼び出し、
「君、すまないが酒ではない口直しの飲み物を向こうのベランダに二杯、頼めるか? こちらの少女に似合うようなジュースであれば尚良いな」
食べ終わった料理の皿とセティスの飲みかけのグラスを託して注文も与える。
「かしこまりました、直ぐに御用意いたします」
すると従順、穏やかに注文を受け付けた一流のウェイター。
そして彼らは再び動き始め道を
「——……キザな言い回し。心の底から気持ち悪い」
セティスがふと呟いた感想は、間違いなく仕事が出来るウェイターに向けたものでは無いのであろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます