第36話 策謀の宴。3/4


 そして時と舞台は移り変わり、様々な思惑が交錯する絢爛豪華なパーティー会場は、多種多様にぜいを凝らした料理や飲み物、巨大なシャンデリアが燦爛さんらんと輝き——どす黒い陰謀の陰すらも覆い隠してしまっている。



「パーティー会場のバイキングに心踊こころおどらせたい所だが。どうにも、こういう堅苦しい礼装ははだ馴染なじみが悪いな……ったく」


 そこに貸し与えられた正装の礼服を着込むイミトが辿たどり着く。


 入場許可証になっている黄金の腕輪うでわはめめた右手で首周りの衣服具合を気にしながら、視線を動かし独り言。


 既に場に蔓延はびこり挨拶を交わし始めている権力者たちを尻目に、出来得る限り目立たない場所かつ立食パーティ形式の料理が並ぶ界隈かいわいを探すイミト。


 そんな彼の立ち回りが始まりそうになるその前に——



「——とてもよくお似合いですね、イミト様。立ち振る舞いも含めて、普段の勇ましく荒々しい姿こそが嘘のようです」


 背後から周囲の注目を浴びているどよめきと、澄んだ声色がイミトの耳を突く。

 振り返れば、また衣装と髪型を変えた美しい少女のドレス姿と後方に粛々と控えるメイド達。



「……これはマリルティアンジュ姫。けがれなき無垢むくなマリルティアンジュ姫におめ頂けるとは、一生のほまれ。けれど姫たる身分に相応しい今宵こよいの美しき礼服に対し——育ちの悪さゆえに称賛にあたいする言葉を持ち合わせていない事は一生の不覚で御座います」


 の人格を即座に作ったイミトは実に堅苦しく胸に片手を当てて一礼しながら彼女にかしずき、彼を知る者が聞けば悪意ある皮肉が込められた文言を並べたてまつる。



「ふふ、そう思って頂けることを最大の賛辞さんじと受け取らせていただきます」


 無論、イミトを知るマリルティアンジュもそれを察して受け止めつつ、愛想笑いとは思えぬ愛想笑いのみで言葉を返す。その証左しょうさとして一つ挙げるならば、彼の自虐——教養の無さを嘆く彼の、心にも無い虚言に異を唱えなかった事であろうか。



「今宵のうたげ、私個人としてはイミト様たちに対するささやかな恩返しと思っておりますので、ゆっくりと御寛おくつろぎ頂けましたらさいわいです」


 そうして、あまりイミトに関わるのも彼や己の状況を改善する事も無いと知っている様子のマリルティアンジュは挨拶も早々に歩みを始める。


 しかし去り際、


「それから、出来れば後ろに控えておりますセティス様の御姿にも……貴方なりの賛辞を送る必要があるのではと不躾ぶしつけながら忠言いたします」



 彼女は微笑み得意げに、背後でメイド達にまぎれて隠れていた一人の少女の存在をてのひらで指し示し、言葉を贈る。


 覆面の魔女——などと普段は呼ばれる彼女は、慣れない環境に照れ臭そうにうつむき、自信なさげに薄紫の透け感のある華の模様のレースで織りなされたドレスの裾を握り締めていて。


「「……」」


 普段の薄水色のボサボサ髪まで整えられて、髪飾りをモジモジと輝かせている。

 ——イミトは、言葉を失った。



「では——申し訳ありませんが、私は他の方々にも御挨拶をせねばなりませんので失礼させて頂きます」


 その二人の慣れぬ様子を意地悪く名残惜しそうに楽しんだマリルティアンジュが去ってからも少しの余韻、しばしの沈黙がイミトとセティス——二人の間にただよって。


 そして——イミトに視線も合わせず俯いたまま、目尻に涙を浮かべそうな声色で嘆き、ようやくセティスは声を漏らすのである。


「……帰りたい」


 けれどイミトが、ついぞ彼女のドレス姿の礼装の感想を声にすることは無く、カラリに彼は言葉を述べるに至る。



「——誰もいない部屋に帰って冷たい飯を食ったって、帰った事にはならねぇぞ」

「堂々としてろ。胸を張れ」


 彼女の首に掛かったままの——いつも通りの彼女の魔道具に手を伸ばし、その首飾りに異常は無いかと確かめながら。



「お前の顔には、もう呪いは掛かってねぇんだから。光を浴びちゃいけない化け物なんざ、吸血鬼だけで十分だろ」


 俯き顔から少し顔を持ち上げたセティスをかすように彼女のあごを首飾りを手にしたままの片手で持ち上げ、イミト・デュラニウスの微笑みを魅せる。


「——……うん」


 この場に居るのはイミト・デュラニウスで——その瞳の中に居るのはセティス・メラ・ディナーナ。もはや普段通りとなってしまっている、普段と何も変わらない光景。


「さて、食事に行くぞ。腹が減ってはいくさが出来ねぇってな」


 そして何より、いつもと変わらないイミトの思考回路が、彼女の肩に込み入っていた力を抜いて、呆れの吐息を漏らさせる。


「さっきのお土産、全部食べたばかり」


 「さっきはさっき。今は今だろうが、こういう時は定番的に他の貴族連中に目を付けられてめ事が起きる前に食っとくべきなんだよ」


「……和平調印式の前夜祭だという事は、もう一度だけ言っとく」



 歩き出す。歩き出す——策謀の宴の気配を衆目の視線に感じつつ、彼女は彼に掴まれた手に身をゆだね、ヒールが高い慣れないくつで歩き出す。



 ***


 それから、食事も早々に一段落。立食をたしなみながらイミトとセティスはパーティー会場の中で恐らく最も目立たないであろう壁際に沿い、絢爛けんらんな貴族たちのうたげを眺めていく。


「あの見るからに強そうな腰に剣を付けてる親父が王国騎士団長グラウディオ。話してるのがアルバランの王族を護衛してきたアルバランの騎士長だろうな。アレも相当に強そうだ」


「それでアレ……良い感じに優しい貴族って感じの雰囲気で周りに貴婦人が集まっているのがバディオス王子。もう一つの人の塊は宰相のじいさん……名前は忘れた。政治やら貿易経済やらの話で盛り上がっているみたいだな」


「さっきからマリルティアンジュが挨拶に回ってる連中が十二城主たちって感じだ……動きの感じを見ると十二城主にも力関係や序列があるらしい」


「自然に偶然を装って相手を見つけて近付いて行ってるように見えるが、そばに居るメイドが立ち位置を上手に変えて誘導してるな、アレは」



 下品とは思われぬように当たり障りなく皿に積んだ料理の味を一つ一つ確かめながら、顔の位置を変えずにセティスへ主だった面々についての憶測おくそくもとづいた情報を並べるイミト。


「良くそこまで分かる……眼球に黒目が何個か付いているみたい」


 セティスは飲み物のパーティーグラスを冷静に一啜ひとすすりしながら、そんな相変わらずなイミトに舌を巻いている様子で。



「店員は見ずとも客を見ているもんさ。そっちはどうだ?」


 燕尾えんびおどる広大な王侯貴族の宴会場えんかいじょう——紛れ込んだ二羽のふくろのような者どもは静かにたたずんでいても異色の空気を作り出している。


 あたかも、捕らえるべき獲物えものを見定め、品定めをしているように。



「……ここには居ない。私にも感知できない程に気配を消しているという可能性もある」


 「会場の入り口にも結界があったしな。そう易々とはって感じか——」



「それで、肝心の目標は?」



 狙うはネズミか、或いはたかか。表情を一つも変えず五感を駆使した空間把握のみで周囲の状況とこれからの展望をはかる二人。



 しかしその瞬間——イミトの視線はピタリとある位置に固定されていて。


「今日会った聖騎士も身分が高そうだったのに見当たらないみたいだし、明日の儀式にそなえての準備って名目か、そもそも宗教的な理由で参加しないのかもしれない」


「そう……私もレザリクス・バーティガルの顔は見ておきたかった」


「けど、面白そうな客人が来たみたいだ——ついてこいセティス。外の空気でも吸いに行こう」


 未だ会場の変化に気付かないセティスの手を唐突に引き、イミトが動き出す。向かう先は屋外ベランダに通じる大きな窓枠の戸。



 そして通り掛けに空のグラスを乗ったトレーを持って歩いていたウィエターに見えるように片手を挙げて呼び出し、


「君、すまないが酒ではない口直しの飲み物を向こうのベランダに二杯、頼めるか? こちらの少女に似合うようなジュースであれば尚良いな」


 食べ終わった料理の皿とセティスの飲みかけのグラスを託して注文も与える。


「かしこまりました、直ぐに御用意いたします」



 すると従順、穏やかに注文を受け付けた一流のウェイター。

 そして彼らは再び動き始め道をわかって。



「——……キザな言い回し。心の底から気持ち悪い」


 セティスがふと呟いた感想は、間違いなく仕事が出来るウェイターに向けたものでは無いのであろう。

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