導戦編
第31話 戯れに戯れて。1/5
ざわめく森の中、圧倒的な勢いで風が吹いている気さえした。
「——ああ畜生‼ こっちは肉の漬け込み時間まで計算に入れてるって言うのによ‼」
けれど否とばかりに白黒の髪の男は叫ぶ。普段通りの日常を送る空気どもを突き飛ばすように押し退けて、勢いよく森を
男の名はイミト・デュラニウスといった。
「ピギャアアァ‼」
弱肉強食なる自然の
イミトには、不思議な特技があった。
「【
雄叫びを
巨大なハンマー。
「ダブルクラッチ‼」
回転しながら形作られた大槌の長い柄を掴み、遠心力による回転に身を任せるようにイミトは二度、大槌を巨大な鳥の
「——方向は⁉ アッチか‼」
撃沈させた鳥は魔物。浴びせられた二度の強烈な打撃により、黒い煙となって
「ちいっ‼ 次から次へと、なんだこの周辺の魔物の出現率は‼」
ざわめく森の中、圧倒的な勢いで風が吹いている気さえした。
なぜ
——。
それは、とある目的地に向けてイミトとその仲間たちが旅に用いている黒染めの馬車の中での一幕もことであった。
「だからよ、もうちょっと丸みを
なにやらと、通らなかった自身の意見や提案を今一度と力説すべく、イミトは黒い正方形の板切れに白い小石で絵を描いていた。物質を創る力で作った板の表面をなぞり白い小石を削りながら、白線の跡を残しているのである。
——論争。馬車の操縦をする御者台に座る一人を除いて、彼らは旅の中で些細な論争を交わしている。
人数としては五人。
けれど、イミトの意見に真っ先に反論を繰り広げたのは早速と、【人】と数えるべきか否か悩ましい存在である。
「愚か者が。兜とは戦場で向き合った相手を威圧する為にもあるのだ、大衆に愛されようなどと
彼女の名はクレア・デュラニウス。イミトが持つ不思議な力や特技の根源であり、イミトと魂で繋がった片割れとも言うべき美しきデュラハンの頭部。
彼女は美しい白黒の髪を波立たせ操りながら、イミト同様に黒い魔力で創られた板を器用に持ち上げて、自身が描いた兜の絵を馬車の一同に披露する。
「だからってそんな特撮サイボーグみたいに角ばらせなくてもよ……」
しかしながら何度聞こうと、クレアが絵に描いたデザインに納得を示せないイミトは尚も自身のアイディアを形にしようとカリカリと小石を削って。
すると、次に意見を取り出したのは奇妙な覆面を被っている為に歪な呼吸音をシュコーシュコーと世に響かせる彼女である。
「どちらにしろ、仮面は目立つ。いっそ奇抜なデザインにすべき」
「結局、ガスマスクじゃねぇか」
セティス・メラ・ディナーナ。冷静な声色で無機質に薄水色の髪の彼女が主張したのは、彼女の被る覆面に似た両目と口の部分にガラスのような大きな穴が開いている形の物。
それを得意げに見せた彼女にも冷淡な指摘をしたイミト。
しかし、次に私見を述べる一人の少女の思わぬ登場にイミトの手はようやく止まる。
その少女の名は——デュエラ・マール・メデュニカといった。
「いっそワタクシサマは、こういうシャキーンとしている方が良いと思うのですよ」
黒い顔布で隠す表情は窺えないものの、こと自信なさげに恐る恐ると気恥ずかしそうな心持ちを体の仕草で表し、彼女は黒い板に描かれた前衛的な絵を一同に魅せつけたのである。
「——いや……そんな尖りまくったサングラスみたいなのもな……ていうか意外だな、そのセンス……」
もはや三角形の集合体。仮面や覆面といった常識から逸脱した前衛美術を目の当たりにしたイミトは、普段は気弱な彼女の意外な主張に気圧されてしまう。
まさに論争——多数決に至れない程に各々の意見のぶつかり合い。
そんな混迷する馬車内の雰囲気に際し、ここまで静観を決め込んでいた最後の一人が声を上げる。彼女である彼女は、場に取り残されてしまっていたかのように現在進行形で交わされている議題に、一切の関与をしていない人物であった。
「あの……皆様、先ほどから一体、何の話をしているのでしょうか」
故に彼女はそれを尋ねる。マリルデュアンジェ・ブリタエール・ツアレスト。
縁あってイミト達が護衛を
「あ? ああ……カトレアさんに付ける仮面の話だよ。
そしてそんな姫の発言で、ようやく彼女の存在を思い出したように、今の現状で議題として挙がっている事柄を片手間に伝えるイミト。
——カトレアとは、旅をしている現在において移動の為の馬車を操縦する御者台に座っている女の死霊騎士であり——マリルティアンジュの正式な護衛騎士の事であった。
諸事情あって、一度は姫を守る為に死した騎士カトレアはイミトとクレア・デュラニウスの秘術によって魔物と魂と肉体を結合させられ蘇りを遂げた異端の女騎士。
その彼女の容姿は人間とは明らかに違い、額に角、髪は白く肌は褐色に変化しており、傍から見ても魔族や魔物と誤解されてしまう容姿になってしまった為に馬車内の彼らは彼女の素性を隠す為の方策を案じていたのである。
そして——、
「そうだ。ここは姫様に決めてもらうのが公平」
マリルティアンジュ姫の疑問を上げた声を機に、論争は劇的に進み始める。
それは前述のセティスの放った声により加速し始めたのだ。
「……うむ。彼奴は姫の直属の臣下であるし、我に異存はない。というより、思い起こせば我にとってそれは最初からどうでもよいのでな」
「え? いや……私は……その……」
「てなわけで、この四つのデザインから選んでくれ」
理屈は理解しても突如として投げ出された論争の場にて頭の中の整理が追い付かず、戸惑うマリルティアンジュではあったが、そんな事など気遣う気も無いデュラハンの二人はセティスの提案に同意し、イミトに至っては自身がようやく描き終えたアイディア案の黒い板をマリルティアンジュの眼前に突き付ける始末。
そんなイミトの描いた絵とは——、
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