第29話 陰謀論。3/3
「それに——あの仮面の女の殺意は明確であった。傭兵や短時間の洗脳でアレほどの殺意は出せんであろう」
「んで、お待ちかねの三つ目。姫さま、或いは俺達を殺すという目的に無条件で協力できる程の理由がある人間の場合だ」
——故に、彼らがその結論に行き当たるのは自然な事だったのだろう。
「自分を神だと名乗る荒唐無稽なルーゼンビフォアの話を信じつつ、即座に協力できる程の理由を持った人間といえば——」
それは——、
「——ルーゼンビフォアが、この世界に転生させた異世界転生者。それも我や貴様に相当の恨みを持つ関係者の可能性は高い」
彼女の己の予想考察に差異が無いかを見極める為のもの。その
そしてその先も、なのであろう。
「だが、我の方はレザリクス以外の人間とは関係が薄い。奴との繋がりを求めて姫の暗殺を試みた者を助けた所を見れば、あの時点ではルーゼンビフォアとレザリクスは、まだ深くは繋がっておらんだろう。奴の別の配下という事もあるまい」
「レザリクスの部下も単独で動いてて、仮面の女も互いに見向きもせずに撤退してたから以前からの知り合い、事前に組んでいた共闘関係って感じでもなかったもんな」
ダラダラと続けている話も大詰め、クレアの言い分に立ちあがる途中の
「となると、だ……」
「俺の関係者……って話に跳びかねないって話か」
そうなればやがて至るは消去法。色の濃い薄いも
「——生前、俺の周りで俺より先に死んで俺を恨んでいる人間に心当たりがあると言えば、身内くらいなんだが」
「ユカリのような異世界転生者が存在していた今、何が起きても有り得る話となったという訳だ」
異世界転生など
頭の付いた
「——……イミナ、なんだろうな」
彼には——以前、彼が居た世界には血を分けた家族、妹が居たのである。
寂しげに、久しかりし名を口ずさむイミトの表情は、
「貴様の妹……それならば、ルーゼンビフォアが早々に我らを襲撃した事にも納得がゆく」
「妹との思わぬ再会に貴様が動揺し、殺すに
「ああ……お涙がちょちょ切れそうだよ」
瞼を閉じたクレアの物言いに、改めて後頭部に付いた砂埃を払いのけ、腹立たしさを抑えつけている様子のイミトは自嘲の笑みをこじらせる。
そんな彼に、彼女は尋ねた。
「——……殺せるか、妹を」
さもすれば、呆れてしまうような重苦しい口調の心配だったのかもしれない。
「……殺せるさ。俺が死んだらお前が死ぬしな」
と、真っすぐに己を見つめるクレアの眼を見つめ返し、彼は呆れた様子で瞼を閉じて肩の力を抜くように言葉を返すのだから。
「ふん……その言葉が強がりでなければよいが」
「まぁ安心せい。貴様の妹だろうとなんであろうと、我もむざむざ殺されてやる気も無いのでな」
そして、続けられた会話も彼女なりの励ましであったのだろう。開き直った声色でイミトを
イミトは思わず笑ってしまった。
「はは、相手がレザリクスでもか?」
あたかも売られた喧嘩を安銭で買い占めるように、彼は意趣返しにとクレアに縁が深い人物の名を皮肉めいたゴキゲン口調で口にする。
「……無論よ。我が死ねば、貴様も死ぬのでな」
「ま、安心しろよ。レザリクスも俺が殺してやるさ、男に興味は無いんでな」
「「……」」
廃の隠村の片隅の住居にて、息を殺した暗黙の雰囲気。
二人で一人のデュラハンは別個の意志を持ち、互いの心中にそれぞれの人を想う。
その感情が憎悪か、悲哀か。この場で語られる事は無く、ただ虫の羽音も無い村の中、それ以上語るべからずという
しかし、
「んじゃあ、まぁ——とりあえず飯にでもするか。材料もそこそこ集まったし」
「ふん。それで今回は何を作るつもりぞ」
そのままでは明かぬ埒。ようやく時が動き出したが如く、イミトが気の抜けた声を漏らしながら首を
語る言葉は、いつも通りの日常会話。
「食用油もあったし、揚げ物と、やっぱり、うどんにでも挑戦してみるかなと思ってる。干しキノコと魚の干物でどんな出汁が出来るか次第だけどな」
魔力で創った黒い布と黒い紐で束ねた保存食やら調味料を右手に担ぎ住居の外に進む旅路。ゆっくりと、肩で開く木製扉が
廃の隠村に降り注ぐ光が増した。
そして、
「ほう……出汁か……馬車の中で貴様が手を白くして作っておったのは使わんのか」
「ああ。アレもそろそろ良い頃合いだな、アレは別の料理に使う。それと、うどんだな」
「ていうか、ここ二、三日で飯に興味津々だな、作り甲斐があるぜ」
「う、うるさいわ‼ 馬鹿者が……」
迫りくる陰謀など意にも介していないように、彼らは再び日常へと帰還するのである。それがクレアの言うように、ただの強がりか、真実なのかは、やがて来る争いが雄弁に語ってくれる事だろう。
——。
そしてその頃合い、とある場所の大理石の床にも足音があった。神の父であるが如き
男の向かう道に沿うように左右に並んで
そこはどうやら、応接室であり、男の執務室のようだった。
「初めまして、リオネル聖教最高司祭、レザリクス・バーティガル。私はルーゼンビフォア・アルマーレンと申します」
その部屋で待ち受けていたのは、清浄な
一見すると執務室で働くスーツ姿の秘書であるかのような格好であるが、そう思わせない尊大さが、部屋のソファーでティーカップを啜る姿に見て取れる。
そんな女の無礼を
「——部下から話は聞いている。ソチラは?」
「……」
部屋の奧に足を進めるとこれまで死角になっていたルーゼンビフォアが足を組んで座っているソファーの端に、椅子に座る事もなく体育座りで床に座り、
「こちらは私の部下です。少し心を病んでいますが、お気になさらずに」
「泣き声が……泣き声が……まだ聞こえる。ふふ、ひひひ……」
少女の名はイミナ。しかし彼女は部屋に入ってきたレザリクスに目をくれる事もなく、あたかも世界に己一人であるかの如く俯いたまま声を漏らし続けていて。
「……なるほど、混ざっているな」
「ええ。貴方の部下や……娘と同じように」
その様子から彼女の容態を看破したレザリクスに、ルーゼンビフォアは妖しく笑い、彼女の狂ったボサボサの頭を愛おしく撫でるのだ。
「……それで——話とはなんだ」
「ふふ……もちろん、貴方の計画への協力の申請とクレア・デュラニウス。その仲間たちについてのお話ですよ」
「——……やはり、封印は解かれたか。良いだろう、どうやら全てはお見通しのようだ。話を聞こうでは無いかルーゼンビフォアとやら」
「頭が高いですが、今は良しとしましょう」
同じ頃、イミトらが虚構として組み立てていた仮説、陰謀論が拍車を掛けて動き出す。まさしく彼らが予想したとおりに、歪な音を立てながら。
そんな中、身を
「イミト……兄さん……ふふ、ひひひ……今度はちゃんと——一緒に死んであげる……ひひひ……だから、泣かないで……」
彼の妹は瞳孔を開いたままに、狂い流れる涙を垂れ流し、彼とは違う
——。
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