第24話 死の象徴。1/4


「はいやー、出発‼」


「運転せぬくせに仕切るでない馬鹿者が‼」


 やがて二人のデュラハンが威勢よく声を放った頃合い——馬車の車輪は、ゆっくりと回り始めて。


 徐々に、徐々にと加速してゆく。


 そんな折、馬から伸びる手綱を用い操る御者台をデュエラとクレアに任せ、イミトは馬車前方の扉から内部へと踏み入れて扉を閉めた。


「いやぁ、やっぱり文明の利器だよな。散歩はともかく、マラソンなんて流行らないっての」

「「「……」」」


 肩の力を抜きながらに声色明るく、凹の形に配置されたソファーの二階への梯子が掛かっている右端に雑多に腰を落とし、足を組む粗雑な態度。


 けれど、それらを無視する周りの人間の空気感たるや、旅立ちには似つかわしくない重い面持ちで。


「……いや。火葬場に行く訳じゃないんだから、そんなに静粛せいしゅくにしなくても」


 そんな神妙な空気に対し、同じ空気は吸いたくないと大きく息を吐いたイミトは、背後にあった小窓から外の様子を眺め、馬車の速度を確かめる。


 ツアレスト王国の国士が整備しているのであろう大平原を縫うように整理された平坦な道に乗り上げ、いよいよと速度を上げ始めていた。


 するとそこに、御者台でクレアに馬の操り方を教わっているデュエラの声が飛んだ。


「イミト様ぁ‼ 馬車というのは凄いですますね‼ 少し遅いですが、とても楽ちんなので御座います、です‼」


 「……アレぐらいテンション上げろとは言わないけどよ」


 厳粛げんしゅくな馬車の室内とは真逆といって良い嬉々ききとした少女の純真に、イミトはまた息を吐く。


 高低差、或いは寒暖差に風邪をひいてしまいそうな気怠さに肩を重く、辟易と。


 しかし、なしのつぶて。

「「「……」」」


「……いや、マジかコイツら。俺も大概に陰キャなんだが、マジで死んでるのか、モブキャラとかいう奴等だってもっと喋るぞ」


 幾度か会話を試みるイミトに対し、如何いかにすべきが正解なのかと室内の空気を探っているような表情をしながら黙する三人の人物。そんな人物たちをどう扱うべきか、さしものイミトも頭を抱えて悩ましく面倒げな表情を滲ませた。


 だが、イミトがその結論を出す前にイミトの様子を見かね、ようやく意を決したか、普段は頭に被っている覆面を太ももの上に置いて両手で軽く握っていたセティスが慎重を期しているように声を上げる。



「——だって、なに喋って良いか、分からない」


 一国の姫君とその護衛騎士、そして性格も口もじ曲がっているような男、己が世を揺蕩たゆたう旅の魔女である事も含めて身分差や好む話題が全く違う事だけが容易に理解出来ていて。


 言い放ったセティスの言葉に、マリルティアンジュ、カトレアも同調したように歓談を望めど難しいと言わんばかりな表情を浮かべる始末。


 そんな中、性格の捻じ曲がる男は捻じ曲がっているからこその発想を見せた。


「よし、セティス。それを話題にしよう。今ここで何を喋るべきかを皆で考えよう大会だ」

「「「……」」」


 いっそこうすれば良いのだ。イミトはセティスの言葉を受け、ビシリと指を鳴らし、彼女に指を差して何でも来いと、どんと構えるべく腕を組む。


 しかし、その時——そんなイミトの態度と言葉を受けて、その場に居た他の三人はイミトが想定していなかった『ある事柄』を連想していた。


 それは——、

「……じゃあ、イミトの話をして」

 「あ?」


 これまで彼女らに語られていない彼自身の話であった。


 東方で生まれた世間知らず——そう有耶無耶に誤魔化してきて、幾度かボロを出し、ヒビの入ってきた虚言の向こう側にあった疑問がせきを切ったように雪崩なだれ込む。


「私たち、イミトを知らない。イミトが何処から来て、なんでクレア、様と一緒に旅してるのか、知らない」

「「……」」


 セティスの指摘の後、残りの二人の視線も胸に刺さり、イミトの頬に一筋の冷や汗を垂らさせて。ガタリと跳ねた馬車の振動に、小さな雫が宙を舞う。


「いや待て。待ってくれ、この流れは良くない、女子会に男が一人でまぎれ込んで空気を壊してるくらいには良くない。気まず過ぎる」


 そしてイミトは言葉通りに狼狽うろたえた。視線を彼女らから離し、掌を見せて制止の身振り手振り。もう片方の手で頭を抱えて思考を始める。


 如何にして、この再び訪れた難局をしのいで見せるかと。


 けれど、

「でも必要。それを知っておくのは、これからとこれまでを信頼する根拠になる」


「デュエラ、さんはジャダの森で暮らしてた。クレア様は長い間、レザリクス・バーティガルに封印されていた。じゃあイミトは? イミトは何?」



「確かに……貴殿の出自は我らにとっても謎に違いない。出来る事なら知っておきたい所だ」

「……」


 これまでとは違い、閉鎖的な馬車の中。黒い内装に他に目を移すような気の利いた装飾は無く、加えて三対一で詰め寄られ、イミトにとっては圧倒的に不利な状況である。


 故に彼は助けを求めた。


『どうするよ、クレアさん。近くに魔物とかいないか?』


 魂で繋がる相棒と言えば聞こえは良いが、魔物の脅威の手すら借りたい心意気で心の内での会話である念話を用いて、イミトはクレアに助けを求めたのである。


 しかし、覆面の魔女もまた——信じ難い超能力でそれを防ぐ。


「念話は止めるべき。視力が戻っても、私の魔力感知はおとろえていない。魔素の揺れ具合で言葉は解析できるから隠し事は出来ない」


 かつてセティスは盲目で生きていた。顔を平坦にされる呪いを受け、のっぺらぼうな面構えをイミト曰くガスマスクの覆面で覆い隠し、孤独に生きて来ていた。


 その不可能とも思える生き方がかなったのは、紛れもなく彼女が常軌をいっする程の魔力感知の精度に優れていたからである。


 些細な魔力の揺らぎや、魔素の流れを読み取る力。


 イミトやクレアが用いる念話もまた例外なく、彼女の感知にとらえられてしまうのだ。

 その事は無論、彼女に掛けられていた呪いを解いたイミトもクレアも知る所で。


「……そうですね」


『ざまぁない。正直に話すか、いつもの貴様の口八丁手八丁で誤魔化すしかあるまいよ』

「……そうですね」


 念話を看破され、クレアにも救いようが無いと見離されて早々に降伏の兆しで肩を落とす始末。イミトは項垂れて、大きく息を吐いた。


 そして、

「まぁ……自己紹介が大事なのは確かか。とはいえ、言えない事が多いんだよ」


 諦めた様子で腕を馬車のソファーの背もたれの上に乗せ、改めて外の景色を眺める。

 小窓から見える光景は、大平原と言うだけあって代り映えも無く薄緑が流々りゅうりゅうと流れるばかりの退屈な物。


 もはや逃げ場は無いのだろう。イミトは、諦めて語る事にした。


「生まれは東方、身寄りのない流れ者だ」


「昔、少しだけ世話になった暗殺組織の連中に追われてて、素性を知られると話を聞いた奴の身が危なくなる」


 更なる嘘の上塗りを。

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