第22話 セティスの朝食。4/4


「目的地はミュールズですが、調印の儀を行う明確な日取りは公開されておらず……各々で運んでいる王家の印も誰が本物を運んでいるのか分からないようになっているのです」


 椅子に座りながら心を一歩前に出すように、カトレアが滲ませた後ろめたさを晴らすマリルデュアンジェ姫の声色。


 けれど、

「阿呆どもが……まったく」

 その策を耳にしたクレアは愚かと吐き捨てる。



此度こたびの和平調印、ツアレスト側にはアルバランとの和平を望まない内部の不穏分子をあぶり出す目論見があったのです。ですから姫の護衛を任せられ、そのむねを伝えられた私は信頼できる仲間をつのったつもりでした」


「……」


「だが、セグリスとやらに裏切られた、というのだな」


 平和の印を運ぶ道中、生き残ったのは姫と騎士一人。

 小賢しい目論見におぼれ、大局を危機におとしいれている今の現状を見れば愚策と言う他なく、幾らカトレアが弁明をしようともクレアの呆れ果てた様子の卑下は無理からぬ反応。


 その時、イミトは考えていた。


「先ほどイミト殿が語られた可能性などつゆとも考えておらず……全ては私の不手際」


「姫に、仲間たちにどのように償えばよいか……」


 一国に仕える忠臣の拳に血が滲みそうな程の悔恨が浮かぶのを他所に、卵料理を頬張り、咀嚼し飲み込んだ後で水を飲み、声を整える。



「あー、そういうのは、もう良いから。セティス、地図出してくれ」

 「……うみゅ、了解」


 それから彼はカトレアの後悔を蹴飛ばすが如く、あしらい、背後でパンをはむほむと甘噛みしていたセティスに告げた。セティスはパンを食べる片手間に、イミトの言葉に応え、右手に付けていた腕輪から蒼白い渦を巻く歪んだ空間を作り出し、そこから魔法のほうきを引きずり出すと箒のに仕込んでいた巻かれた大きな羊皮紙をイミトへと放り投げる。


 ——地図。


 ツアレスト王国を中心に各地方の地名と位置関係が雑多に記されている羊皮紙を広げ、勝手に折りたたまれないよう、羊皮紙の四辺に皿やコップを置く。


「——確か、ここが現在地だよな。アウーリア五跡大平原」


 そしてイミトは未だ見慣れぬ文字を読みながら異世界人のイミトは現在地と小耳に挟んでいた地名を見つけ、指を指す。


 すると、それに答えたのもセティスであった。


「うん。城塞都市ミュールズは、ここからなら馬車で三日か、四日くらいの距離、かな」


 興味本位のにぎやかしのように食事片手に近付きながら、イミトが指差した位置を見ると興味を失ったように去っていく。さもすれば、地図の羊皮紙の四辺に乗せた皿やコップの中身が地図を汚さないかを心配していただけなのかもしれない。



「一番近くの村とは正反対か……馬車で三日なら歩きじゃもっと掛かるか。いつまでにミュールズとやらに着けばいいんだ?」


 まぁそんな話の本筋に重要ではないセティスは置いておいてと話を進めるイミト。


「四日……遅くとも五日が理想だった。しかし現状ではギリギリの六日までに着ければいいという最悪の状況だ」


「マジか……一度、近くの村によって馬車か乗り物も用意してから折り返さなきゃいけないんだぞ? 一番近い村っつても、この地図の感じだと半日以上は掛かる感じなんだが」


 地図の上で目的地と周辺の村々を確認しながら、必要な情報をカトレアに尋ねて脳裏の思考を回し、眉毛の少し上に人差し指を押し付けて悩ましげに声を漏らす。


「金なら燃えた馬車からそこそこ回収したし、手持ちもあるから問題ないが、それでも時間が問題だし……色々と不確定が過ぎる」


 そして彼は黒い魔力でチェスの駒に似た人形を作り出し、羊皮紙の上に並べ始める。


 人形の駒は幾つもの種類があった。


「とりあえず、足の速いデュエラとセティスが馬車の調達に村に向かいつつ、他は少しでも先に進むって感じが最良かね。ルートを決めるのに、もうちょっと詳しく地理が知りたい所だ」


 この場に居るクレアを含めた六人分の駒に加え、敵と想定される四つの人形を地図上に置き——自らの思考を整理して組み立てるべく声にしていって。


「国と国の問題で遅刻なんて、しかも和平調印とかいうイベントに遅れるなんて戦争になりかねないよな。襲撃された事を考えれば、姫の持ってる印って奴が本物の可能性も高いし」


「最悪、セティスの箒で行くか? 姫様だけ乗せて」

 「……そういう事なら、一人乗りだけど頑張ってみる」


 いつしか周りの全てを置き去りに、一人で旅の工程を組み立て始めるイミト。



「「……——」」


 そんなイミトの一転して真面目に考える顔つきに、意表を突かれたような顔を見せたのは彼の掴み所をまだ知らぬ外様とざまの二人。


「——真面目に考えておるのが意外か? こやつは、やると決めたなら、どんな手を使ってもやる男ぞ」


 クレアはそんなマリルティアンジュとカトレアの表情に真っ先に気付き、嘲笑するように鼻で笑い、得意げに語る。


 すると、

「そいつは過大評価だな、無理な事なら直ぐに諦めるさ。後ろ向きに考えるだけ考えてそうやって生きて死んできた」


 ようやくと遅れてイミトも気付き、まるで誤魔化すようにこれまでの彼に戻って。


「ふん。知っておる……しかし安心せい。姫の旅路については我に腹案がある」

 「お前の腹は俺の腹なんだが。いつ隠したんだ?」



「「……ははは」」


「もう一度死んでしまえ‼」

「慣れたもんだろ、デュラハンジョーク」


 デュラハンの二人が匂わせる深い信頼感。喧嘩するほど仲が良い——そんな言葉が馴染むほどに黒髪の拳を操るクレアと、それを避けるイミトの慣れた様子にマリルティアンジュとカトレアは言い知れない頼もしさも同時に感じて。


 ——やがて抱いていた嫌悪や疑心を洗い流していくようで。


 だが——、

「さてと、じゃあ——飯を食い終わったら風呂にでも入るか」



「……今——なんと?」


 ひとしきりの考えとクレアの怒りをかわし終えたイミトが、またも虚を突く言葉を吐けば、耳を疑うといった具合のカトレアとマリルデュアンジェの表情。


「風呂だよ、風呂。水浴びだけじゃスッキリしなくてな、疲れも溜まってるし」

 「む——それは、先ほどの魔物の魔石では無いか。貴様、魔力を吸い尽くしたのではなかったのか?」


「アレは昨日倒した鳥の魔物のだよ。クレア様を驚かせようと思ってな」

「……くだらぬ小細工を。それでそれを何かに使うのか」



「ああ——コイツに風呂を沸かしてもらう」


 掌の中で放り投げられた虹色魔石の輝きは、相応しくない色味を帯びて。



「ん。暇があるならデュエラさん。さっき言ってた石化してしまった鳥、見せて」

 「? 何をするので御座いますか?」


「少し研究してメデューサの呪いを防ぐ方法を探したい。お互い、そのままじゃ不便、でしょ?」

「そんなことが出来るので御座いますか⁉」


「出来るかは知らない」


 空気を読まない自由なそれぞれ。各々に奔放ほんぽううたい始める纏まりの無い動き。


「待ってくれ貴殿ら‼ 今はそのように悠長にしている時間など‼」


 そして急がねばと事の深刻さを説くべく、諫めの声を放つカトレアの椅子から立ち上がる勢いも虚しく——、



「クレアが安心しろって言ったんだ。だから俺は安心するんだよ」


「——……いや、だからと言って風呂でのんびりとせよなど一言も言っておらんからな」


 イミトはそれを飄々と受け流し、クレアの嘆きを尻目にセティスの朝食に改めて悪辣な笑みを浮かべながら楽しげに向き合い始めるのだった。

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