第22話 セティスの朝食。2/4

 けれども、は——イミトの料理に対する熱意がそうであったように、彼女らの緊張は彼女らの緊張でしかないのである。


「セティス様、カレーは温めてありますですか? ワタクシサマも、もうお腹がグゥなのですよ」


「こっち。直ぐに用意する。パンは私が焼いたのだけど」


 本格的に朝食の時間に入った彼の仲間達を尻目に、イミトは水を飲みながら魔力で黒い椅子を作り出して文字通りの席を創り出す。


「ほらよ、椅子に座って話そう。これからの事、だろ?」


「セティス、この二人の分も頼む。パンとスープだけで良いか?」



「……ああ、感謝する。すまないが、姫の分は少量にして頂けると」

 拍子抜けするほどの緊迫感の無さで話を進める男に、カトレアと背後に居る少女は戸惑っていた。何よりもいぶかしげる。


 ——この男は、本当に信頼に足り得るのかと。


「分かってる。直ぐに用意するから」

「……ごめんなさい」



「いいさ。別に衰弱した姫様を抱える騎士の役目は俺じゃない」

「「……」」


 特に、食事の世話をしているセティスの様子を気に掛ける少女——現在地であるアウーリア五跡大平原も含めた広大な領土を持つツアレスト国を治める王族の一人、マリルティアンジュ姫の心配は特筆すべきものだった。


「さて。まず何を聞くべきかね」


「阿呆。当然、目的地からであろうが、ツアレストが小競り合いをしておるという西方の国アルバランとの和平の調印は何処でやるのかという事よ」


 ひと息ついたイミトにクレアが横槍を入れたように、自国が隣国と戦火を交えかねないという危機的な状況を王族として憂い、それを晴らす為の旅の真っ最中であると共にマリルデュアンジェ姫はカトレア以外の多くの臣下をその旅にて失った。



 その哀しみは昨日から未だ癒える兆しは無い。


「いや、待ってくれ。それは私どもに助力をして頂けるという事なのだろうか」


「不本意か? ま、嫌われてるから仕方ないが」

「嫌われて当然のことをしたからな」


 それに何より——イミトという目の前の男は、彼女の愛馬であるシャノワールを既に瀕死だったとはいえ無惨に解体し、食肉に変えた憎むべき男なのだ。


「カレー、美味しいのです。セティス様のパンとも合うのですよー」

「「……」」

 へらへらと嗤う男の背後で肉入りのカレーを満足げに食べるデュエラに、カトレアとマリルデュアンジェは物思う。


「——確かに、貴殿らに思う所は私にも姫にもある。それは否定できない」


「しかし、護衛の最善を考えるならば私の至らない実力では危険が大きすぎると考えています。無論、私個人としては死力を尽くすつもりですが」


 けれど、イミトを含めた彼らはカトレアとマリルデュアンジェにとって陰謀に踊らされた悪漢から命を救った恩人でもあるという複雑な胸中。


 加えて、最優先にすべき課題である国家間の戦争を止める為の貴重な人材ともなれば、マリルデュアンジェは胸を突き抜けんばかり痛みを伴った激情を必死に抑えるようにドレスを握り締める他ないのである。


 そんな折、その一国の姫の様子を横目で流し見ながら語り始めたのは状況を静観していたクレアであった。


「ふむ……これは忠告だが、我らは姫に同行するつもりであるし、降りかかる火の粉があれば払うもやぶさかでない」


「それでも、我らにはアルバランとの和平や姫の命なぞより重きを置いている目的がある。場合によっては道を違えてしまう場合もあるぞ」


 或いは、事を急くカトレアやマリルティアンジュに対しての警告だったのかもしれない。クレアやイミト、デュエラやセティスら一同にとって、ツアレスト王国の危機は優先して対処すべき興味関心のある案件では無いと暗に示したのだろう。



 しかしそれは——これまでの彼らの態度をかんがみて、彼女らにはやはり分かり切っていた事だった。


「支障が無ければ教えて頂きたい。貴殿らの目的とは、いったい何なのだろうか」


 故に息を飲む。多くの者が犠牲になり、国すらも亡国になりかねない戦争という人災を防ぐよりも、彼らが重きを置いている目的を知ることを恐れて。



 人非人の狂気か。或いは、戦争よりも怖ろしい脅威か。


 そんなカトレアの問いに、まず答えたのはカトレアが見渡した人物たちの中で最後に視線が止まったセティスであった。


「……私は、師匠のかたき討ち。私に呪いを掛けた術者は、アナタ達を襲撃したセグリスという騎士の可能性が高い」


 食事を採る為に覆面を外し、いびつな傷跡の残る蒼い髪の少女。恐らく、この中で最もマリルティアンジュやカトレアを取り巻く環境に縁深いのは彼女であろう。


「セグリスが……?」


 記憶に新しい昨日の事、マリルティアンジュを目的地に護送する為の旅路で裏切りを果たした男の名にカトレアは反応する。その男が、未だ裏切り者であったなどと信じられない面持ちで握った拳。それでも、まず言葉を受け止めなければとセティスの横顔をジッと見つめる。



「厳密に言えばセグリスって奴に変装していた何者か、だな。恐らくアレも俺や今のカトレアさんみたいに禁忌きんきを犯した半人半魔、だったか……そういう奴なんじゃと俺達は疑ってる」


 しかしながら普段から覆面で顔を隠して生きてきたセティスが恥ずかしがって顔を隠すその前に、イミトは横から言葉を差し入れ、セティスの言葉を補完した。


「スライムの変異種であろうな。セティスの顔を塞いでおった呪いを解いた時にこぼれた液体の見た目からして、まず間違いなかろう」


 それに続くクレア。その場に居た全員の視線は二人のデュラハンに向けられた。



「そいつは恐らく特定の人間、術を掛けた対象に変装できる能力を持ってる。政治的に考えたら、かなりヤバイ奴だ」


「……術を掛けた対象というのは?」


 語られるイミトの推理を聞き、その敵の危険性を共有したカトレアは他にも情報が無いかと思考を巡らしながら急かすように尋ねて。すると、イミトは尋ねられる前にかじり付いていたパンを噛み千切り、咀嚼も足早に自身が想定している現段階で分析結果を並べ始めるのだ。



「今は違うが、セティスの顔の無い顔を二人も見ただろ? 例えばあの状態になっている人間の顔には術者の体の一部みたいな分身スライムが張り付いていて、念話みたいな感覚で顔の正確な形とか身体的特徴の情報を手に入れてるんじゃないかと思ってる」


「判別するにはセティス並みの念話を感じ取れる魔力感知能力か、相手を熟知した上での鋭い洞察力がないと無理だと思うぞ」



「……待ってイミト。その推察は初耳。ホントなら血が出るほど顔を洗いたい」


 かつて——昨日まで、覆面の魔女セティスの顔は、のっぺらぼうであった。鼻も目も無い口と耳だけの、つるつるの見た目。


 彼女は呪いと評していたが、デュラハンのクレアとイミトの知恵によってその災いは取り除かれ、今は問題なく元の素顔を取り戻していた。


 だからこその推察、だからこその冗談めいた嫌悪なのである。


「はは、お前の顔は綺麗だよ。もう汚れてなんていないさ」


「「「……」」」


「にわかには信じ難い事ばかりで……今はセティス殿の目的だけ飲み込ませて貰う」


 確かにカトレアも目の当たりにしていたセティスの呪われていた当時の顔。故にイミトによる情報分析の信憑性は増し、イミトの歯が浮くような軽口への反応もそこそこにカトレア・バーニディッシュは頭を抱えた。


 真実かもと内心では確信めいて居ても、まだ受け止めるには時間が掛かりそうなのだ、と。

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