第20話 絶望の果てに立つ者たち。1/3


 そうして暫くの時が過ぎ、アウーリア五跡大平原に差す斜陽があかね色に染まり行く頃合い、

「……うし、出来た。まずまずって所だ」


 イミトは姫の壊れた荷馬車から回収した鍋の前で小皿に乗せたスープをすすり味見をした後に、独り言を呟いていた。


「ん。飯の支度が終わったか。丁度良い時分だが、先ほどから些か匂いが気になるところよ」


「なんだか、不思議な香りで御座います。色んな香りが混ざってて、スープなので御座いますか?」


 そんな彼の後方で言葉を聞いていたクレアとデュエラが声を掛けながら歩み寄ってくる。夕飯の予感に僅かに心が躍っている様子である。


「まぁ、な。カレーって料理なんだがセティスと姫さん達の積み荷にあった香辛料や食材で試しに作ってみた。野菜も質が悪かったが似たようなのも自生してたし」


「スープやキーマにしようかとも思ったが……ま、気分と世界観的に今回は欧州寄りだな」


「だけど米が無いから、すりおろした自然薯を練り込んだナン風のパンを用意してみた」


 それらを受け、黒い魔力で作られた土台の上で焚火にあおられる二つの鍋を掻き回すイミトが作業ついでに饒舌じょうぜつに鍋の中身について考察の如く語るが、


「???」

「……イミトよ。矢継ぎ早に語った所で、こやつに馴染みのない言語が紛れておって理解が及ばんぞ」


 デュエラはクレアが言うように端々に耳慣れぬ異界の単語に首を傾げる始末。


「おっと、そうだった。一仕事終えたのと監視が外れていたから、ついつい……だ」


 失念していた事実に頭に手を当て、自身の緩みを諫める。遠くにあったアルキラルの気配も消えたのを感じたのを言葉で示唆しつつ、気配を感じていた方向を眺めて。


「で、丁度いいって言ってたが、そっちも終わったのか」


 そして少しばかりの反省を傍らに置き、デュエラに抱えられるクレアに振り返り問う。呪いの解除にいそしんでいた二人のそばにセティスの姿が見当たらなかった為である。


「うむ。今は顔を洗いに言っておる。貴様の読み通り、スライムに近しいドロドロがへばりついておったのだ」


 すると、事の経緯を説き始めたクレアではあったが、


「む。噂をすれば、であるな」

 直ぐにクレアの魔力感知に気配が引っ掛かり、瞳を動かして見た方が早いと暗に示す。そしてそのクレアの瞳が見た方向からも声がした。


「凄く強い香り……幾つかのスパイスを組み合わせている?」


 ふわふわと空飛ぶ箒が地に降り立つ気配。イミトもその方向に振り返る。


「どんな顔か、期待に胸がおどる——ね」

「ガスマぁスク」


 素っ気なさげに表情で振り返ると、覆面で顔を隠す少女。物の見事に秘めていた興味を打ち砕かれ、思わず膝を落とすイミトであった。


「……この覆面はそんな名前じゃない」


「いや……まぁそうだな。悪い」


 そんなイミトを見下げた冷静な覆面の眼差しに、またしても緩んでしまった思考を整えて再び立ち上がり、イミトは調子を狂わした様子で頭を掻く。


「せっかく我が貴様の顔の呪いを解いたというに、なぜ貴様は未だに覆面をしておるのかという事を言いたいのよ、こやつは」


「それな。」


 そして言葉を探していたイミトを看兼みかねてクレアがイミトの意図を代弁すると、クレアのあまりの的確さに思わず彼は指を指して称賛。


「……これが一番落ち着く、から」

「うむ。ならばよい」


「あっさり受け入れるのな……良いのかよ」


 しかしそれでも、過去を思い返せば鎧兜に固執する性癖を持つクレアが容易にセティスと共鳴し、イミトがセティスの顔を見るたくらみをくわだてる前に計画は頓挫とんざしてしまうのである。


「我とて鎧姿の方が落ち着くのだ。気持ちは理解出来よう、愚か者」


「……俺の期待を返しておくれよ」


 がっかりといったあからさまな落胆で肩を落とし、諦めて焚火の方へと体を戻して料理の鍋に向き合うイミト。


「所で、それが今日の御飯? 赤い……変な色でドロドロしたスープ。美味しいの?」


「好みは人による。基本的に俺の基準で作ってるからな。当り外れはあるさ」


 そこに傍らから体ごとイミトと共に鍋を覗き込むセティスの問いを受け、お玉で鍋を掻き回しながらイミトは答えた。


「スライムじゃないから安心しろよ」


 そして顔を見せない仕返しの如く、流し目で悪辣な笑み。ドボドボとお玉からカレーを鍋に垂れ戻しての嫌味である。


「……こっちは? こっちの方が美味しそう」


 しかしセティスはイミトの悪意を無視し話を進める。気になったのは、横にあったもう一つの鍋。中には綺麗な黄色気味な半透明なスープ。一口大に切り分けられた様々な食材が沈み、砕けた胡椒の粒が浮いていた。


 ドロドロのカレーとは打って変わりサラサラなしずくたちの動きには美しさすらあって。恐らくセティスらの想像に付きやすいスープらしいスープと言えば、こちらのような物なのであろう。


「姫様たち用のスープだ。肉を入れずに大豆や野菜だけで作ったな」


「流石に、血を思い出すような赤色や目の前で解体した愛しい馬の肉が入った料理を勧めるような鬼畜じゃないさ」


「ああ——なるほど」


 イミトの語る気遣いに理解を示し、後方へ振り返るセティス。その先の少し離れた場所には、死んでしまった仲間たちの墓標に花を添える姫と女騎士の姿。世界を憂う佇まいが覆面の覗き穴のガラスに反射して。


「目の前で解体した時点でもう十分すぎる程に鬼畜生であろうよ、貴様は」


「お前らは馬の肉、大丈夫か? 気持ち悪くて食べられないなら、こっちのスープを今日の夕飯にするけど。クレアは、まぁ諦めろ」


 そんな想い巡るセティスを他所にクレアの皮肉をイミトが無視し、話を進める展開。


「私も問題ない。弱肉強食も、好き嫌いしないのは旅の基本」

 「それに何より、この強い香りは興味深い」


「ですよね、セティス様。この匂いを嗅いでいたら不思議とお腹がグウっと鳴るので御座います、イミト様の御飯は楽しいので楽しみなのですよー、ふふふ」


 すると、それぞれの返答。セティスの覆面が真っ直ぐに見つめ、クレアを抱えるデュエラが心底楽しげに笑う。


「——……そうか。見た目や匂いで嫌われるかと思ってたが無駄にならなそうで何よりだ」

「ともかく直ぐに支度するから椅子に座って待っててくれ」


 直ぐに鍋に振り返り、浮かべるは小さな微笑み。お玉で掻き回すカレー鍋の渦も心なしか笑っているようであった。


 そして——、

「さて……こっちのスープはどうなることやら」


 チラリと目を向けた野菜スープ。イミトは、覚悟を決める様に空へと息を吐く。


 ——。


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