第10話 そこから新たに。4/4


 ——魔物。とはいえ、その姿は様々である。イミトはかつて群れで動く狼型やバジリスクという巨大な蛇と相対したことがあるが、


 今回の魔物は甲高い声を放ち、虹を連想させる様々な色合いの羽を持つ鳥。森から這い出た鳥の魔物は巨躯な翼を広げ、地を駆けてくるダチョウのような風貌ふうぼうであった。


「やれそうか、イミト」


「んー。思いの外デカいけど、魔物は食材に出来ないからな。遠慮なく適当にするさ」


 クレアの問いに、首に掛けていた黒い布を空に放るイミトは一歩前に。動きを止めた魔物の威嚇の眼差しを受けながら右腕を水平に、掌を広げる。


「ふん。危うくなれば手を貸してやる、好きに暴れてくるが良い」

 「は。頭だけのデュラハンに貸せる手があったとは」


 掌にあふれた黒い渦は存在の曖昧な黒煙をくゆらせ、槍の形をようやくたもたせているようなたたずまい。


「「……ははは」」

 送り出すクレアに不謹慎なデュラハンジョークを披露するイミト。心中それぞれ乾いて笑うが、危機感ある状況の中で余裕の湿り気が態度に滲んでいるのは共通していた。



「さっさと行って、死んでしまえ」


「喜ん、で‼」


 クレアの檄にイミトは弾けたが如く動き出し、迂回うかいするように鳥の魔物の面前へと駆けていく。


「ピギャアア‼」

 魔物も、そんな勢いのあるイミトを敵と定めたらしく再び甲高く鳴いた。見るからに凶悪そうな尖ったくちばしには恐らく何かを無作法に食したばかりのような血液にまみれていて、空に鳴くと共に世界に飛沫しぶきを散らす。


「鳥か……さっきの肉は鶏肉に近かったな。切った見た目と感覚的に」


 そんな光景に、イミトは実に慣れた様子だった。

 彼もまた、血にまみれているのだから。


『クレア。コイツ、空を飛ぶのか?』


 鳥の魔物からある程度の距離を取り足を止めたイミト。黒煙がくゆったままの槍を構えた彼は魂で繋がるクレア・デュラニウスに語り掛ける。


『いや、中々の跳躍ちょうやくはするが羽を使って飛んでおるのは見たことは無い』


「見た目が派手なにわとりか。んじゃあ、まぁ‼」


 そして答えを聞くや、鳥の魔物を前に地へ槍を突き刺し地面から黒い煙を溢れさせた。


『何をするつもりだ?』

 クレアが尋ねる。


「空中戦」

 瞬間——、またたく間の勢いでイミトは空へと昇った。地に突き刺した槍が天へと伸び、その勢いに体を預けイミトは天へと垂直に駆けて行ったのだ。


「ほう……槍を伸ばして天へと昇るか。して、どうする」

「そ、空は鳥さんの領域なのに⁉」


 様子を見るクレア。イミトの奇行に驚くデュエラ。


「故によ、デュエラ。奴は巨躯の足元を這いずるねずみでは無いのであろう」


 そして何より、鳥の魔物は静やかに空へと跳んだイミトの姿をその瞳に映している。

 まさに獲物の動きを観察する捕食者の風格。


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 ある程度の高さまで天に昇るとイミトは両手を翼の如く広げ、槍から離れた。デュラハンの特技である魔力の物質変化を応用した彼の技、幾つもの巨大な武器を同時に作り出す技を——使い勝手の言いように新たに発展させ、空に手頃な大きさの武器の数々を作り出す。


「来いよ、チキン野郎。憧れの空だぜ?」


 ——それは独り言であったのだろう。

 しかし、

「ピギャアア‼」

 呼応したかのように鳥の魔物は彼を一直線に追った。魔物は知っていたのだ、人間の形をした者に空を自由に動く力は無い、と。


 故に口を開く、これから堕ちるばかりであろう彼を丸呑みにする為か、或いはついばむ為にか。


 それが——悪辣で悪戯イタズラ心に溢れた男の悪質な罠とは知らずに。


「本日は晴れ、たまに巨大な鉄球が降るでしょう」

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「——⁉」

 ついばまれる寸前の事である。魔物の喉の奥を目掛け、両掌をかざすイミトの手に最初に渦巻いたのは小さな渦のはずだった。それがみるみると、巨大な渦へ勢力を拡大させて魔物の口一杯に満ちていく。


「鳥さんの口に鉄球⁉」


 そして、トゲ付き。デュエラの驚きの台詞に補足するとしたならそれであろう。広げた口はふさがらず、更に広げることすら出来ない程に見事に魔物の口をまらせて。


「なるほど。アレで以前戦ったバジリスクの口を塞いだのか」


 そんな滑稽にして皮肉な光景に対し、クレア・デュラニウスは引っ掛かっていた疑問が胃の腑へストンと落ちたような表情で笑う。デュエラを含め、彼女達はイミトがどのような戦いをするのか、事情があって実際に目の当たりにするのは初めての事であった。


『イミト。ソヤツのの位置は分かるか?』


「ああ、何となく。表現が難しいけど気配が濃い場所だろ」


 魔物の口を詰まらせる鉄球を足場に空を眺めるイミトにクレアは楽しげに問う。するとイミトは足下の魔物を見下げ、声にして返す。


『うむ。ひと思いに貫いてやるがよい』


「あいよっと……お前の罪を教えてやろう」


 戦いは、早々と終わる。生きるか死ぬか——その単純な二択の過程はアッサリと唐突で素朴なものなのであろうと語らんばかりに。新たに今度は確かな形をした槍を作り出し、イミトは試し振った。



 そして彼は再び跳ぶ。今度は自らの足で高く跳んだ。


「俺たちに、喧嘩を売った事だ」


 更槍を両手で持って腕を体の右側へと捩じり、槍の矛先を突き刺す決意を固める。思わず羽を広げてしまった鳥の魔物より彼は早く落ちた。



「バヒィアア——‼」

「……判決は死刑、てな」


 もはや鳴き声とは言えぬ断末魔の叫びを受けイミトが切なげにつぶやく。そして魔物の胸に槍を突き立て堕ちていく。


 巨躯が高所から落ちれば砂埃はそれなりに立つ。生々しい肉の落下音に遅れて響くのは骨の折れる音。


「——そしてまた、俺の罪が一つ増えた」


 しかし、砂埃すなぼこりが晴れるとそこにあるのはイミトの姿だけであった。肩に担ぐ槍の先には血の跡も無い一方、無かったはずの不思議な輝きを放つ割れた結晶をイミトは左手に持つ。


『ふん、今の魔物に理性など無い。殺すか殺されるかの二択よ』


 魔物——それは思念や魔力が結晶化した魔石によって生まれる命。先程まで存在していた鳥の魔物は、イミトが持っている魔石が生み出した奇跡にして災厄なのであった。


「ま。とうぜん正当防衛は主張するつもりなんだがな」


 デュラハンという魔物であるクレアの同族意識の欠片も無い非情な発言に、これまた命を奪った悔恨の欠片も無いイミトが続く。幸せな世界を想いながら彼は面倒そうに首の骨を鳴らした。


『魔力にも動きにも無駄が多かったが及第点ではある。今回は褒めておいてやろう』


 倫理観など環境によって容易に変わるものだ。嘘くさい平和な世界で人のことわりという理不尽を心根に刻まれている事をクレアの言葉を聞く事によって気付き、彼は己を嗤ったのかもしれない。


「まったく光栄な話だね」


 彼は皮肉めいた口調で楽しげにそう言った。


「それより、気になった事があるんだが、ソッチの視界を見せてくれないかクレア。デュエラが拾った女の話だ」


 そして彼は物語に、自分の新たな人生へと戻る為にクレアへ声を届かせる。


『ん。別に構わんが……デュエラ、その者の姿を我に見せよ』

「……」


 二心同体のデュラハンとして互いの五感を共有する視界の中で、イミトは——クレアは——デュエラが連れてきたマントに包まれた小さな人間の姿を改めて見るに至る。


『なんぞ、珍妙な覆面を被っておるな。気になる事とはなんぞイミトよ』


 胸の小さな膨らみを見るに恐らく彼女はクレアの言うように革製であろうか、奇妙な覆面で顔を隠していた。


 しかし、しかしであろう。イミトは動揺したのだ。


「嘘だろ……どうなってるんだよ、いったい」

『?……おい、どうかしたのかイミト』


 彼には見覚えが、あったのだ。


「すぅ……はぁ……ガスマスク‼」


 この世界の文化文明を一つと知らぬイミトにはまだ、

 世界観の違うのかも解らぬ出会い——。

 ——それが今回、デュラハンが巻き込まれ、巻き起こす騒動の始まりであった。


 ——。

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