第11話 覆面の中身。1/4


「——なるほど……こやつの覆面が貴様の世界にある近代技術で作られたものに似ておると言う事か」


 パチパチと木の枝の中の水気が弾ける焚火の音を背に、夜が始まりそうな世界にクレアの思慮深い声が放たれる。山々に囲まれた丘の端で野営の支度を終えた一行は、未だ眠る覆面の少女を見守っていた。


「近代技術と言えるかは知らないがな。クレアは初めて見るんだろ?」


 兜姿のクレアの傍ら、倒れた木を椅子代わりにイミトは肯定する。焚火を背に見つめるはもう一つの炎、煙をき上げる燻製器の様子。イミトだけが覆面を被る少女に背を向けていて。


「うむ。兜にしては防御力に掛けておって利点すら見えんし、装飾としても些か趣味の悪さを伺う代物よ」


「まぁ、脳筋まみれの物理攻撃だけの視点で見るとそうだよな」


 少女の覆面が何を意味するかをクレアは知らない。しかし、イミトは知っている。実物を見るのは初めてではあったが、それは彼がかつて生きていた異世界で実際に使われているものに非常に特徴が似ていた物だったからだ。


「……それは我を馬鹿にしておらぬか?」


 「そうかもだが、言い訳と解説は後回しにしてくれると有難い」


 異世界転生を果たし、新たな人生を踏み出したばかりの彼が動揺するのも無理からぬことかもしれない。文明のレベルがかなり遅れていると高をくくっていた世界で、かつての世界の技術に似た代物が急に視界に飛び込んできていたのだから。


 思わず口にしてしまった侮蔑ぶべつかえりみ、イミトは自らの頭を少し小突いた。


「デュエラ、その顔布かおぬのの具合はどうだ? 視界はちゃんと見えてるのか?」


 そして誤魔化すようにデュエラへと振り返る。デュエラは覆面の少女の体を温め、夜の食事素材である獣の肉を焼いている焚火の管理をしていた。イミトの言葉通り、顔を白い紋様の描かれた黒い布で隠している。


「は、はい。不思議な感覚なのですが、大丈夫なのです、ます!」


「悪いな。聞きたい事を訊く前にソイツを石にされたら困るからよ」


「ふむ。効果があればよいが……一応、我の魔力でその布には結界を仕込んであるが如何いかんせん初めての試みであるからな」


 メデューサの呪い。その金色の目を見たものを石化させてしまう凶悪な呪いから覆面の少女を守る為にも、一行は画策かくさくしていた。


 薄い黒い布をデュラハンの力によって作り、クレアの魔法で呪力を抑制よくせいさせようという試みである。


「珍しく自信がないのな。ま、失敗してもそれは実験として中々の収穫になるんだし気楽に行こうぜ」


「タワケめ……我は過信をせぬだけよ。貴様は燻製クンセイとやらの心配だけをしておれ」


 そんなデュエラの顔布に改めて目を配ったクレアをイミトが茶化すと、呆れた声でクレアも喧嘩腰で言葉を返した。


 すると、である。

「ん……」

「あ! クレア様イミト様、起きたみたい、ですます!」


 ようやくといった具合で覆面の少女が初めての活きた反応。それに真っ先に気付いたデュエラが二人へ慌てた様子で声を掛けた。


「「……」」


 つば迫り合いを始めそうであった口喧嘩の刃をさやに納め、自然と黙り込むデュラハンの二人。


「ここは……どこ」


 頭を抱えながら起き上がって呟く覆面の少女。シュコーシュコーと覆面による独特の呼吸音と共に体を起こした少女に対し、


「地獄に似た何処かだろうさ」


 そう言い放ったのはイミトだった。


「——⁉」


 するや彼女は驚き、跳び起きて。警戒態勢を整え、覆面の存在を確かめる。


「は。寝てる女の衣服をぎ取るような野蛮人じゃないと理解してくれると有難いね」


 そんな彼女の反応にイミトは実に冷静である。魔力で作ったのだろう道具で燻製器の火元へ削り砕いた木の屑を流し込み、赤い光をひそめる黒い炭も後から入れる。


「アナタ……アナタ達、誰?」


「俺はイミトだが、腰に巻いてた武器に触ろうとしながらの質問はすすめないぞ」


 そして、覆面の存在を確認した少女が腰に手を伸ばしたことを振り向きもせずに看破し、傍らに置いていた【】を少女へと見せつけた。


「⁉ それ、私の——」


 銀の小筒こづつのようなほうと描写すればよいのだろうか。彼女の腰に備え付けられていたそれを奪っていたことが、彼が冷静で居られた一因でもある。


がある世界である事を呪いたくなったよ」


 それは見るからに科学によって作られた兵器であった。彼が、かつていた異世界の物とは少し違うが、これも類似しているものである。


「返して……それが何か知っているの」


「ほらよ。遠距離武器だな、俺が昔住んでいた場所じゃ魔法に分類される武器さ」


 助走の為に腰を低くし、警戒を強める少女の感情の無い静やかな声で放たれた警告に応えるようにイミトは彼女の下に兵器を放り投げ、質問にも答える。


「……そんな訳がない、これは私と師匠が」


 覆面の彼女は、戸惑いの深淵しんえんしずみきっているようだった。足下に転がった兵器に一瞬だけ目を奪われ、立ち上がったイミトに過剰に反応しハッと我に返って体を震わせる。


「——動かないで!」


 それから慌ててイミトが放り投げた兵器を拾い、小筒の砲身を向けて周囲に居たデュエラを含めたイミトらを威嚇いかくするに至る。


 けれどイミトには、そんな彼女が滑稽こっけいに感じられていた。


「そうおびえるなって。それより、すんなり武器を返したことを疑うべきじゃないかね」

 「せっかく、弾丸代わりの魔石を回収した甲斐が無いだろ?」


 呆れるように次に見せびらかせたのは、魔石であった。先程イミトが倒した鳥の魔物のモノより一回り小さく、人為的に加工されているかのような綺麗な結晶体である。


「——⁉」


 それは紛れも無く、覆面の少女の兵器に収められていた魔石であった。彼女が筒の中身を確かめて見ても、魔石と同じ大きさの空洞があるばかり。


「お話をしようぜ、お互い知りたい事が多いんだろうし」


 ようやく状況を理解したかと覆面少女に語り掛けるイミト。


「お腹空いてませんのですか? そろそろ美味しく焼けるのですよ!」


 続いてデュエラが四つん這いで身を乗り出し、そう伝えて。その傍ら、デュエラの顔が向く方には焚火によって汗をかき始めている串に刺された細かい葉色のまだら模様を纏う白い肉の群れ。


「ね、イミト様」


「そういうことだ……とりあえず座って名乗れよ。覆面の少女」


 イミトは椅子代わりの樹木に腰を落とし、覆面の少女を悪辣不敵な笑みで改めて見上げる。


「私はデュエラ・マール・メデュニカなのです。ささ、火の近くは暖かいのですよ」


「あ……」


 あらがうことなど、覆面の少女には出来なかった。イミトの居る方向から放たれる威圧感とは対照的に人懐ひとなつっこいデュエラに急に手を引かれ、彼女は焚火に近づいていく。


「……」


 クレア・デュラニウスは未だ、一言も彼女に言葉を放たずにいる。


 ——。

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