クローズド・デリバリー

ぎざ

第1話 宅配不可能物件

「なんだこれ……」


 働いていた飲食店がつぶれ、新たに始めた宅配便のバイト。これがあるから、狭い駐車場を圧迫しているワゴン車を捨てない口実が、今のところできている。飲食店から格安で譲り受けた車だった。

 しかし、今日の宅配先は今までで見たことの無いような異質さを放っていた。


 玄関のドアは溶接され、人の出入りなど出来ようもない。当然ドアポストも同様で微動だにしなかった。

 裏へ回ってみたが、ベランダにはシャッターが取り付けてあり、完全に外の世界とシャットアウトしてあった。


「アパートメント狐、204号室、ぎざ様。確かにここだよな。うーん」


 大量の缶詰がぎっしり詰まった重たいダンボールを、苦労して2階まで持って行ってみたらこれだ。老朽化している階段を、踏み抜きながらも辿り着いたと言うのに、その苦労も水の泡だ。

 不在票を挟み込む隙間もなかった。


 バイト先に電話をした。

「もしもし、先輩。どう考えても宅配できないところがあるんですけど」


「あぁ、あそこだろ。狐の204。いつもはアイツに頼むんだけど、お前の荷物に紛れ込んじゃったか。いいよ。1日くらい遅れても問題ないだろ。持ち帰ってこいよ」


「はい」


 と言っても持ち帰るのも大変だ。先程踏み抜いた階段を踏まないように、一段ずつ注意しながら重い荷物を下ろした。


 全部で何階建てだろうか。来た時は2階建てかと思ったが、少しずつ増えている……? 気のせいだよな。


 4階建てのアパート。部屋はしんとしているが、電気メーターは動いているようなので、中に人はいるようだ。

 嘘だろ? どうやって出入りしているのだろう。


 宅配センターに戻って、あのクソ重い荷物を置いた。


「204の部屋、誰か住んでるんですか?」


「あぁ、そうみたいだな」


「でも、ドアはただの鉄の壁になってましたよ」


「あぁ、俺も見たよ。あれはおかしいよな。というか、あのアパートの連中は皆独特というか、世界観が濃密で、それぞれの世界の境界線が歪んでいるようにも見える。あそこだけ異世界だよ」


「何の話ですか?」


「ひとまず、あの荷物は担当がいるから、そいつの所に置いておけ。あの……、アイツの名前の漢字が難しくて、読めないんだよな。とりあえず、天狗の面が置いてあるテーブルの上に置いておけよ」


「天狗のお面?」


 宅配センターに置いてあるのは、着替え用の簡素なロッカーと、机。自分は使っていなかったが、そこで書類を作成したりまとめたりする人もいるらしい。


 テーブルを見ると、本当に、天狗のお面が置かれたテーブルがあった。赤い天狗と目があった気がしてビクッとした。


 お面を横に避けて、あの重たい荷物を置いた。

 今日の宅配は、これで全部だった。


「じゃ、先に失礼します」


「おう、アイツには俺から伝えておくからよ」


「ありがとうございます」


 よく分からなかったが、次に荷物に混ざっていたら、積み込む前に避けておこうと思い、宛先の名前を頭の片隅に記憶した。




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