指結び
狭間夕
プロローグ
プロローグ
――聖一さん。お早い御返事をお待ちしています。
整った筆跡からして、
ひんやりと、冷たい。
細く、長い薬指の根元は水平に切られて、爪に薄いピンクのマニキュアが
この町では、夫婦の誓いに薬指を交換する風習がある。
――指
この異様な習わしを
「父や母も、そうしてきましたから」
だが、彼女は違っていた。
自分の呪われた未来さえも黙殺するような、無機質な覚悟を瞳に宿していた。彼女の
私が加室奈々(かむろ・なな)と知り合ったのは、つい先月のことだ。
親族の紹介で見合いをしたばかりで、彼女の体に触れたのは左手くらいなもの。私は陰気な男だから、ショッピングやレジャー施設のような気の利いた場所に連れて行くことはなかった。(もっとも、そんな場所はこの町にありはしないが)。近くの公園や、川や湖のほとりで、ただ黙って座って景観を
今となっては、この見合い話に感謝している。私は自分の将来の妻を初めて隣に感じた。だが、それでも自分の指を切る気にはなれなかった。
「聖ちゃん、そんな大したことねぇて。一年も経ったら、生まれた頃からこんな指やったって慣れるもんやわぁ」
「せやせや、
「聖一さんが良かったら、私は構いません」
やがて彼女は笑って、そう言った。
その日、二人で湖の手前にあるベンチに座って、白いボートが一
「私と指の長さ、変わりませんね」
それからすぐに、この指が送られてきた。
先に彼女に『指を切る』決断をさせてしまったのは申し訳ない。たが、これで私の心は決まった。
私も指を切らねばなるまい。
その覚悟は、もうできている。怖くない、と言えば噓になるが、彼女の薬指の入ったビンを眺めていると、不思議と心が落ち着いた。
「加室さんところの奈々さんが、亡くなったって」
だからこそ、この知らせは私の心を打ちのめした。突然の
「いつも聖ちゃんが行きよる
「この辺にな、座ったまま水に浸かっとったや、急いで体を起こしたけども」
釣り人に発見された時には、もう息絶えていたらしい。彼女は正座をしたまま、両手を
左手の薬指が、根元から無くなっている。
彼女は確かに、自分の指を私に送ったのだ。
いつもの、連中だ。
瞳が真っ黒の、体が猿のように白く伸びた不気味な生き物が彼女を取り囲んでいる。
ああ、彼女は望んで自殺したのではない。
きっと、自殺せざるを得なかったのだ。
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