コマンド・ザ・プレジデント 7

「集められるだけ人数集めろ!」

「逃げた人質共はどうすんだよ!」

「半裸の女とガキなら裏口にやっといたデカブツで十ぶ――」


 ビーム砲から逃れた兵士3人が、応戦のため最短距離の階段へと続く廊下の角に集合するも、ドゥーイが投げた手榴しゅりゅう弾にあの世へ直葬されてしまった。


「どうにも分かりやすいね」


 すきなくライフルを構えて顔を出し、死体3つを確認したドゥーイは、そいつらが来た道をそのまま進む。


「あの男も人質も今どの辺りにいるんだ!」

「分かりません! カメラが同じ時間をループしていて……」

「なに? スタンドアロンだぞ!?」

「何者かが潜り込んで工作したとしか思えません……」


 システム管理者の兵士が、これ以上にない下がり眉の泣きそうな顔で、ベネットソンの質問にミヤコの作ったコンピュータウィルスと格闘しながら答えた。


 管理者の発言は半分正解で、実際は下水から侵入したミヤコの小型ゴキブリ型ドローンが、サーバー室に潜り込んで仕込んでいた。


 そうこうしている間に、逃走中のバンジとヨハンナは裏口付近まで到達していた。


「……ッ」


 バンジは遭遇した兵士を確実に仕留めながらここまで来ていたが、薬物と度重なる暴行のダメージが隠せす息が上がり、ヨハンナを降ろしても足元がややふらついていた。


「メ、メア姉――」

「大丈夫……。ザクロの、事だ。裏口に、もう……」


 それでも無理して笑いながら、振り返って怯えるヨハンナへ呼びかけたが、


「ち、違うの……」

「――。うっそだろ……」


 目の前から自身はおろか、規格外の巨体である幼馴染みのアリエルより、二回りもデカイ巨漢が裏口へ向かう廊下の角から顔を出した。


「ヨハンナ、アタシが抑え――」


 戦慄の表情を浮かべたバンジは、それでも立ち向かおうとしたが、巨漢は見た目からは想像の付かない速さで迫り、彼女の首を掴んでつり上げた。


 締め上げられる中でも、その肘関節をはずそうと果敢に組み付いたが、逆の腕で頭を殴られ身体の力が抜けてしまった。


「やめて! メア姉を殺さないでッ!」


 ビクンビクン、と玩具の様に震えるバンジを見て、ヨハンナは悲鳴の様に全力で叫んで巨漢にぶつかるが、重量差の前には蜂の一刺しにもならない。


「――君は仕事だろうけど、その子を待ってる子がいるんでね」


 だがしかし、背後から野太い声がして丸太のような腕が巨漢の首に巻き付き、そのけい動脈の流れを的確に絶ってあっという間に気絶させてしまった。


 反射で手を離されてどしゃっと落下したバンジは、ヒューヒュー、という音を立ててむせ返りながらも必死に呼吸をする。


「パ、パパ……?」

「うん。怖い思いさせてごめんね」


 その巨漢よりも更に偉丈夫な男の正体は、ヨハンナの父・ドゥーイだった。


 ヨハンナの声を聞いて駆けつけてきた裏口とは逆の廊下へ、ドゥーイは巨漢のくびを一瞬でへし折りつつ、死体を娘に見えないように投げ捨てた。


「メアにも苦労かけたね」

「……し、死ぬか、と、思った、ぜ。全く……」


 なんとかまだまともに呼吸が出来る様になったバンジへ、手を伸ばして起こしたドゥーイは彼女を壁に寄りかからせた。


「このまま、帰るんだよね……?」

「いや。パパはもう1つやることがある」

「そうやってまた! 全然帰ってこないんでしょっ!」

「大丈夫。パパはもう嘘吐かないから」


 ズボンの裾を握りしめて引き留めようとする娘へ、ドゥーイはしゃがんでその両肩に手を置いてそう言い、真っ直ぐその目を見据えて表情をほころばせる。


「うん。分かった。絶対帰ってきてね」

「約束だ」


 それ以上は引き留めようとはせずに、父の大きな手を両手で祈る様に握ると、ヨハンナはそう言って力強く頷いた彼を送り出した。


「とりあえず生きちゃいるか……」


 入れ替わるように、我慢出来ずに裏口から突入してきたザクロが2人を見付け、無事ではないが死んでもいない幼馴染みを見て、本心からの安堵あんどのため息を漏らした。


「見ての通り、上から下まで散々なことになってっけどな……」

「無理に茶化そうとすんじゃねぇよ。……無茶してひでぇ目に遭うのはオレの役割だろ。バカ」

「おう……」


 引きつった笑みで涙を1つこぼしながら自嘲したメアを、ザクロは服が汚れる事もいとわずにジャケットを肩にかけて優しく抱き寄せた。


「そうだ。ほら、これ取り返してやったぞ」

「おう。ありがとな」


 少しの間だけそうしていたザクロは、その腕を離し、ジャケットの内ポケットからドッグタグのネックレスを出してその首にかけた。


「おら、オレ達ぁ引き上げるぞ」

「あ、うん」


 すると、一転してさらりと消防士の運び方でバンジを担ぎあげ、ザクロはヨハンナに付いてくる様に言った。


「どうせならお姫様抱っこにしてくれねえか?」

「うっせえ、こっちの方が効率良いんだよ」


 余裕がちょっと出てきた様子で、バンジは甘えるような事を言ったが、ザクロはいつも通りにべもなくそう言って運び出した。


 外に出るとアリエルが改造ミサイル艇・ナイトヘッド号で駆けつけていて、スペースの都合上バンジを彼女に預け、自機にはヨハンナを後部座席に乗せて離脱した。



                    *



「さあ、お前を守る者はいなくなったな。宣言通り俺を殺してみろ」


 刃向かってくる敵をバッタバッタとなぎ倒し、ドゥーイは死体の山を築きながらついにベネットソンの目の前までやってきた。


 お互いに得物をその辺に投げ捨て、その両者鍛え上げられた肉体のみで対峙する。


「あ、ああ良いぜ? そういえばテメー、格闘訓練では俺に勝ったことが無かったよなぁ!」


 目を右往左往させて完全に怯えていたベネットソンだが、自分を鼓舞するように少しでも有利な事を言ってケタケタと笑う


「切羽詰まったら昔話に固執するなんて、君は本当に情けない男だな」

「な、なんだとテメエ!」

「心当たりがあるからそうやって怒るんだよ君は」

「黙れええええッ!」


 完全に侮っているかの様な物言いに、ベネットソンは激昂してドゥーイに殴りかかる。


「本当に焼きが回ったなベネットソン。残念だ」


 当時の見る影もないさび付いた動きに、かぶりを振りながらそう言ったドゥーイは、その右拳を少し身体を左側に動かして軽く避け、


「プロレス技ァ!? テメエ『連合国』宇宙軍の誇りは――グゲッ」


 右腕で前から相手の肩に手を回して相手に密着すると、左手で素早くベルトの後ろを掴んで持ち上げ、背中から相手をコンクリートの床にたたき付けた。


「そんなものは、あの宇宙そらで死んだよ」


 引っくり返って失神寸前になっているベネットソンを見下ろし、どこか哀しそうにそう答え、ドゥーイはエルボードロップを喰らわせてノックアウトした。


 ややあって。


 ベネットソンの敗北により、仕える理由が無くなった兵士達が逃げ出し、全ての戦いが終了した。


「パパッ!」


 気絶したベネットソンをその辺にあったコードでがんじがらめにし、肩に担いで玄関から堂々と現れたドゥーイへ、安全が確保され戻ってきたヨハンナが駆け寄る。


「どうだい、嘘吐かなかっただろう?」


 むさ苦しいオッサンを適当に放り投げ、ドゥーイは満面の笑みで横に一回転しながら、娘を担ぎ上げてそのたくましい肩に乗せた。


 心底愉快そうに、ヨハンナと一緒に笑っているドゥーイへ、


「へい艦長、アンタまだ現役でやれるんじゃねぇか?」


 ザクロはどう答えるか分かっているかのように、ニヤリと笑いつつそう問いかける。


「ははは。今日限りさ」

「そうだよクロ姉。これ以上ウチに帰ってこなくなったら困るじゃん」

「だよな。こりゃまた失礼」


 ぷー、とわざとらしくむくれて抗議してくるヨハンナへ、ザクロは顔の前で手刀を作って、半分おどけた様子で謝った。


「さあ家に帰ろう。こんなに遅い時間になっちゃったし、多分ママがカンカンだ」


 ウインクを交えて父からそう言われたヨハンナが、うん、と元気よく返事をすると、ジョンソン号から迎えに来た小型機の方へドゥーイは歩き出した。


「……」

「大丈夫ですよっ。私にはクローさんの背中、大きく見えてますからっ」

「右に同じさ」

「ああん? オレぁお前らのオヤジ役になった覚えはねぇぞ」


 仲睦なかむつまじい親子の後ろ姿を見て、目を細めて見ていたザクロは、そんな事を言ってきた傍らにいるヨルとミヤコへ、振り返りざまに優しい笑みを浮かべてそう言う。


「おら。冗談言ってねえで、メアの見舞いに行くぞ」


 そう言って前を向き直ったザクロはついてこい、と手を振り、ジョンソン号の右にめられたソウルジャズ号へと歩き始めた。

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