ノー・ディスク・ア・コンピュータ 6

 最後にアイーシャやデューイ、イサミへのお土産を買ってソウルジャズ号に戻り、念のため侵入の形跡やらなんやらを調べ終え次第、ザクロはさっさと出港した。


 何ごともなく宇宙へ上がったところで、艦の回線へ通信がかかってきた。


「んー? ユキノ・モロボシって誰の知り合いだ?」


 正面のホログラムモニター隅に表示された、発信者を見るザクロは顔を小さくしかめて首をひねり、3人の顔を見やりつつ訊ねる。


「えっ、ユキノさん?」


 バンジが手を左右に振り、ヨルも知らない事を伝えた所で、ミヤコが目を見開きながら立ち上がった。


「祖母のご学友のお子さんでね、昔よくボクの子守をしてくれた人だよ」

「ふーん。ああ、その受話器使え」

「ありがとう。――やあユキノお姉ちゃん久しぶりだね。うんうん、まあ元気だよ。……どうしたんだい? そんな焦った顔をして」


 モニター下のコンソールにある受話器をとって、ミヤコがかなり親しげに挨拶をし、急になにやら真剣な様子で話し込み始める中、


「ぬ? ゴンドラで騒いだ、という人物が確かそう名乗っていたはずでござるな」

「とっ捕まったわけでもねぇのか?」

「まあ、初犯で騒ぐ程度ならば厳重注意ぐらいで解放でござるから」

「そんなもんか」


 バンジは自身が遅刻した原因を思わぬ所で把握して、嬉しげにニヤリと笑っていた。


「――うん。頼れる上に優しい人達だし、知っておいて欲しいんだ」

「どした?」

「あのね。ボクの出自についての話が聞けるみたいなんだけれど、みんなにも聞いて欲しいんだ」

「おう。いいぜ」

「うむ」

「お2人がそう言うなら私も」


 ミヤコはいつもの朗らかさのない、引き締まった表情でそう宣言して、3人の答えを聞いてから映像付きのハンズフリーに切り替えた。


「ふむ。ついにこのときが来るとは、なんとも感慨深いものだねぇ」

「あっ、サカノウエ教授っ」

「あれ、ユミお婆ちゃんいたんだ」

「年寄りなのは事実だが、お婆ちゃんは勘弁してくれたまえ。お久しぶり、で良いのかね? 年を取ると時間の感覚がどうも早くてね」

「合ってますよ先生」


 ソウルジャズ号の駐艦場で、特に意味も無くわたわたとしているユキノの後ろに、パワードスーツを着て腕組みしているユミ・サカノウエと、その助手のミナがいた。


「すまんな先生さん。お出迎えもできねぇで」

「いや、お構いなく。まあ、ユキノくんが迷惑かけたようであるし、おあいこという事で手を打とう」

「本当にご迷惑をおかけしました……」

「全くだよ。私が運良く来ていなかったらどうするつもりなんだね」

「はいい……」

「君は一大事になると突っ走る癖があるのだから、もう少しお母様のミキ君とマアズ君のような――」

「……なあ先生。この説教いつまで続くんだ」

「おっとすまない。脱線している場合ではないな」


 イラつき始めたザクロに割り込まれたサカノウエは、ミヤコ君の事だね、と嫌な顔せずに言って話を始める。


「ミヤビは、気になった時点で覚悟はあるだろう、とは言っていたが、本当に良いかねミヤコ君」


 サカノウエがいつになく鋭い眼差しで訊いてきたため、ミヤコはその迫力に唾を飲み込んでから肯定した。


「察しはついているかも知れないが、君の生物学上の父はギョウブ・ニシタニ――『生体機関コンピュータ』などという、おぞましい装置の開発者だ」

「反社会的科学者リストにある名でござるな」

「あのう、『生体機関コンピュータ』とは?」


 自身とザクロ以外が露骨に顔をしかめたが、ヨルはピンと来ていない様子でおずおずと手を挙げて訊いた。


「あっ、これで――」

「ミナくんッ 取り上げたまえッ!」

「はいッ」

「馬鹿者ッ! 無警告で見せるなッ!」


 ユキノがすかさず手持ちの端末で、その画像を出してしまい、サカノウエが一喝すると同時にミナが泡を食ってそれを取り上げた。


「うっ――」

「メア操縦代われ!」

「了解」


 余りにもグロテスクな見た目に、ヨルは吐き気を催し、映像に嫌悪感むき出しで顔をしかめたザクロが、彼女をとっさに抱きかかえてトイレへ駆け込んでいった。


「ユキノ君。しばらく何もしないでそこで反省していて貰おうか」

「すいません……」


 眉間に深くしわが寄るサカノウエに叱責され、ユキノは画面外で膝を抱えて小さくなっていた。


「……もしかして、ボクの父は、ボクを、このために、生ませた……?」

「タチの悪いことにデザイナーベビーで、だ」

「やっぱりそうだったのか……」

「ほう。やはり、そこまで調べがついているかね」

「やはり?」

「生前、ミヤビのヤツがミヤコ君ならば自力でたどり着くだろう、と言っていたのだよ」


 ヤツは本当未来予知のような事をするのだよな、と言いながら、サカノウエはどこか寂寥感のある懐かしげな顔を一瞬だけした。


「……祖母と母が、どうしてそこまでして引き離したかが良く分かったよ」

「私も70年来の付き合いがあったが、その事を暴いたとき程、目に見えて怒り狂っていたのは随分と久しぶりだったね」

「父はボクを娘だなんて思ってなかったんだね……。――じゃあ、もしかして、母とも血は……」

「そこを気にする必要はない。『人工胎内システム』での出生ではあるが、遺伝子は間違いなく君の母君のものだ」


 第一、と一端区切ってから、親子関係の証明書を見せつつ、サカノウエは優しく微笑みながら言う。


「ミヤビが言っていただろう? 〝血縁など1つの絆の形に過ぎない〟、と。親と子に血の繋がりは必須ではないのだよ」


 こわばった身で膝を抱き寄せていたミヤコは、何があろうと君の祖母はミヤビで母はキョウコ君だ、という力強い言葉に顔を上げる。


「それでわざわざユキノお姉ちゃんは警告にきてくれたんだね」

「そうなんですよ。あなたを捜し回っているという話を掴んで……。例の通知も来ましたし……」

「通知?」

「ミヤコ君が『ミヤビ文書』内にある出自に関わるものを読めば、自動的に私やユキノ君に知らせるというものだ。まあヤツの遺影の上から出てくるとは思わなかったがね」

「なんとまあ……」

「あは。お婆ちゃんらしいや」

「地球圏での遺言放送の件といい、はた迷惑にも程があるというものだ」

「あれ、どうやってやったのか知らないです? ユミさん」

「さぁてね、文書にないならヤツの脳みそにしかあるまい」


 あまりにも斬新なシステムの事を聞いて、バンジは唖然とし、ミヤコは楽しそうに苦笑いし、サカノウエはやれやれとかぶりを振った。


「お? どうやら、上手いこと着地できたみてぇだな」


 そのタイミングでザクロが戻ってきて、和やかな雰囲気をみて口元に笑みを浮かべた。


「ヨル殿は?」

「さっき戻したので体力使い果たしてソファで休んでるぜ」

「拙者がておくでござるよ」

「任せた。全く、今日は散々だなヨルは……」

「本当に申し訳ないですぅ……」

、気に病むなっつってたぜ」

「ひぃ……」


 アイツは、のところを強調したザクロに、鋭い眼光を飛ばされたユキノは素早く土下座の体勢に移行した。


「私に免じて許してやってくれ」

「ヨルが良いつってるから良いっすよ」

「ありがとうございますぅ……」


 なかなかに重い話ではあったが、どうも締まらない状態で終える事となった。


「さーてと、どうもお客が着いてきてるみてぇだな」


 通信を切ったザクロは、後ろをずっと追走してきていた、偽装戦闘艦へと意識を向ける。


 一般的な葉巻型の輸送船の様に見えるが、膨らみの上下の最高点付近が砲塔になっていて、砲身が四角いメガクラス3連装砲がそれぞれ1門ずつ登載されている。


「正体はまあ、どうせギョウブだろうな」

「なんだって?」


 慌てて後方を見ようとしたミヤコを制して、ザクロはカメラで確認させた。


「この偽装装甲は軽巡級コウガ型か」

「どうして分かるんだい?」

「偽装用のハリボテが純正品使ってるからな。あと砲身の割れ目は使ったらシールで埋め直さねぇとよく見りゃ溝が見えんだよ」

「本当だ」

「命のやりとりがなんなのかすら知らねぇ、ナメた野郎が命の価値なんか分かるわけねぇな」


 ザクロは吐き捨てる様にそう言うと、バンジを呼んでもう一度操縦を代わる様に言った。


「さてと、クソ親父退治の時間だ。メア、戦闘モードだ」

「あいよ」

「クロー、その……」

「何も言うんじゃねぇ。オレの艦に乗ってるからには、火の粉ぐらいオレが払ってやんよ」


 階段を降りていくザクロは、振り返らずにサムズアップをした手を挙げて、安心しろ、と重みのある声色で言った。


「クローさん。どうぞ」


 窓の防御シャッターが閉まっていき艦内照明が赤くなる中、第2階層で待っていたヨルが、ザクロにヘルメットを差し出した。


「おう。すまねぇな」

「……無事に、戻ってきてくださいね」

「オレを誰だと思ってんだ?」


 受け取ったザクロは、自身の手を握って不安を堪えて強ばる目で見上げてくる、ヨルの頭にそっと手を乗せて薄く口を開けて笑った。


「ちょっくら行ってくるが艦を頼むぜ。副艦長代理」

「……! はいっ」


 そうして第2階層前方にある、格納庫のフライフィッシュⅡに乗り込んだザクロは、


「――脅せばどうにでもなると思うなよ外道が」


 隔壁が閉まった直後、敵艦が居る後方へ鬼の様な目つきでそう独りごちた。

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