第7話

ピエロ・イン・ガーベージ 1

 ソウルジャズ号乗組員クルーの内、仕事で不在のバンジを除いた3人は、所有権を譲渡されたヨルが持て余しているヒュウガ家のコロニーにやって来ていた。


 中に残された品を売却してヨルの貯蓄にするため、仕分けをしに来たのは良かったが、


「あらかたパクって行ってんじゃねぇよ畜生が!」

「まあまあクローさん……。彼ら彼女らにも生活がありますし……」


 コロニーのあちこちにあった調度品は、ほとんどが行方知れずになっていたため、ザクロは激怒しそれをヨルがなだめる。


「ヨルが必要だっていうなら、持ち去った全員の足取りを追いかけられるよ?」


 ブチギレが収まらず、のしのしという踏み込みの割には、ゆっくり歩くザクロとヨルの後を追いかけながら、ミヤコは額のゴーグルに手をかけつつ訊ねる。


 それはミヤコが『ミヤビ文書』から発掘した、シースルーモニターのヘッドマウントディスプレイで、歩いていてもハッキングができる便利アイテムだ。


「あ、いえ。大丈夫です」

「うーん残念」


 ミヤコは追跡を操作1つで開始できる状態にはしていたが、権利者が望まないと聞いて何もせずにメモリーにしまった。


「しかし500万クレジットじゃあ、貯蓄としては不十分だねえ」

「その事なんだよな!」


 ザクロはその辺に転がっていた、何かの機械パーツを蹴飛ばした。


 彼女が最もイラついていたのは使用人のモラルではなく、ヨルが向こう40年は暮らせるだけの金額を得られるはずだったが、数年そこいらが限界の額でしかないことだった。


「クローさんの本当に他人の為に怒れる所、ボクは好きだよ。もちろんライクの方で」

「うっせえ。お前までメアみたいな目でメアみたいなこと言うな」


 ニヤニヤしているミヤコの気配を感じ取り、ザクロは不愉快そうな様子でくわえたニコチンリキッドパイプを上に向ける。


 そんなこんなやっている内に、売却業者が集めた最後の集積場所へとやってきた。


 明らかに多数のガラクタが積まれていたが、ヨルは鑑定装置で1個1個しっかり確かめて、ICタグが内蔵され二次元コードが印刷された〝廃棄物〟のラベルを貼っていく。


 ザクロは壁に寄りかかって腕を組み、その様子をちょっと遠い目で見守っている。


 ふっ、と微笑ましそうな顔をするミヤコは彼女をからかったりせず、おもむろにゴーグルとケーブルに物理キーボードを取りだした。


「なにやってんだ?」


 急にシステムメンテナンス用ジャックに有線接続して座り込むと、息をするようにハッキングを始めたため、怪訝けげんそうな顔でサクロは足元のミヤコに訊ねる。


「コロニーのマップから隠し部屋を探そうと思ってね。本当に貴重品なら隠しておくだろうし」

「そんなもんあるか?」

「あの人達のことですし、多分あると思いますっ」


 2人の距離が近い事に気が付き、ヨルはミヤコの逆隣へわざわざやってきて、ザクロの腕をがっしりとりつつ答える。


「……。まあヨルが言うなら間違いないな」


 シックなドレスのような船内外服を着た、ヨルの胸が腕に当たっているので、眉をやや困り気味にして腕を離れさせようとしたがヨルはピッタリついてくる。


「じゃ、早速やってみよう」


 ミヤコが空気を読んで離れると、ヨルは作業に戻っていった。


「――何なんだ……」

「――うん。独占欲、かな」


 いじらしいヨルの様子にミヤコは忙しく目を動かしながら、困惑しきりのザクロへクスッと笑みをこぼしながらそう分析した。


 自分のやっていた事をはたと冷静になって思い返し、後から恥ずかしくなってきた様子で急速にヨルの顔は真っ赤になっていた。


「よーし、案の定だね」


 ミヤコは3分程でシステムを掌握し、全体のマップをタブレットに表示して2人へ見せる。


「4つもあんのか。牛の胃袋かよ」


 そこには隠されている部屋が表示されていて、分からなければ探しようが無いほどだった。


「ガラクタだったら無駄足になるし、どこに何があるか分かんねぇか?」

「目録でもあ――るね」


 あればいいんだけれど、と言いかけた瞬間に、ご丁寧に残された目録のファイルが現われた。


「さてと。……なんだい? これは」


 それをウィルスチェック後に開いてみようとするが、あらゆるシステムやファイルに対応しているはずのミヤコの端末でも開けなかった。


「どうされたんです?」

「いやね? 目録を見付けたと思ったらこの通りでね」

「ああ、もしかしたらHuシステムかもしれません」

「ええっと、あのヒュウガ重工独自のものだったっけ。端末って残っているかい?」

「そうですね……。ちょっと待って下さい」


 確かこの辺りに、と言いながら壁を触ってスイッチを見付け、それを押すと壁と一体化していた物理キーボードと小ぶりなモニターが展開した。


「良かった壊れてない……。これで読めるはずです」


 電源が入って動く事を確認したヨルは、残り少ないガラクタの分別作業に戻る。


「なんていうか二度手間だったね。まあ、ありがたく使わせて貰おうじゃないか」


 キーボードの配列は一緒だったので、ミヤコは難なく操作してデータを転送する。


「一応、ちゃんと種類を分けてしまってあるんだね」


 4つの隠し部屋の収蔵品は、それぞれ絵画と彫刻、貴金属類、陶磁器、その他に分類されていた。


「ヨル。システムをコピーしちゃってもいいかい?」

「はい。どうせ船体と一緒にスクラップになっちゃいますから」


 使い道がほとんど無いものでも、一応は親が心血注いだものだったが、ヨルですら特に感慨も無さそうにそう言った。


「容量すごいね……」


 データ総量を確認したミヤコは、手持ちの記録媒体の大半を占拠するシステムの容量に呆れ顔の苦笑いを見せる。


 コピーに1時間ほどかかり、その間にヨルの作業も終わっていた。

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