ステール・リフレクションズ 5
ややあって。
戻ってきたシンが軍関係車両がいない事を報告し、ザクロが辺りを確認して回って安全を確認してから、やっとミヤコは狭苦しいエンジンルームから出てきた。
「では、クローさんには改めて。ボクはミヤコ・ニシノミヤハラだ。ミヤって良く呼ばれていたよ」
「あっ、あのっ。ニシノミヤハラ社のご関係者の方、ですかっ?」
ザクロに半分隠れていたヨルは、珍しく会話を遮る様にそうミヤコに訊ねた。
「祖母が創設者だね」
「……。へっ!?」
横で聞いていたシンが、ミヤコのその凄まじい出自を聞いて引っくり返った。
「ええっと君は?」
「あっ、その、ヨル・クサカベ、です」
「クサカベ? あのクサカベ社の?」
「あっいえ……」
祖父が、というとヒュウガの関係者だとバレるため、ヨルはひとまずといった様子でぼかした。
「しかし、あのミヤビ・ニシノミヤハラ博士の孫とは驚いたね」
「血は繋がってないんだけどね。母が養子だから」
「ミヤビ・ニシノミヤハラ博士って、実際どんな感じだったんすかっ?」
「簡単に言えば、伝記とかに残されてるよりは、もっと気さくな人だったね」
「なんか友人からマッドサイエンティストって言われてたってのは?」
「それは言われてるのを聞いたことがあるね」
「背がやたら高いっていうのは誇張なしでなんです?」
「並の男の人よりは高かったと思うよ」
「こらシン。もう少し丁寧な話し方しないかい。あと女の子にそんなに近づくもんじゃないよ」
「あっ、すんません……」
起き上がったシンは電子メモ帳を手に、前のめりな様子でミヤコに質問を飛ばしたが、アリーシャに襟首を掴まれて少し距離を空けられた。
「女の子っていう年でもないよ。今年で26だし」
「おっとこりゃ失礼。ちびっ子とか言ってすまないね。ワシが店主のアリーシャ・レイニーで、この兄ちゃんはシン・ユーファだ」
「お構いなく。どうぞよろしく」
「ヨル殿より年上でござるか。ああ、拙者バンジ・サンダー・ストラックと申す者」
「あっ、うん。よろしく」
見た目に寄らないでござるなぁ、と観察してくるバンジの存在感と濃すぎる個性に、ミヤコはちょっと困惑の表情を見せる。
「そのニシ何とか社って、んな凄いのか?」
「そうなんですよっ。1番代表的なのはライク品製造3Dプリンター開発なんですが、宇宙航行に欠かせないシステムも開発した企業ですっ」
「へ? 欧州か中華のどっかじゃなかったっけか。他はなんかうっすら知ってるが」
「乗り回しといてなんでそれしか知らないのかね……」
「メカニックじゃねぇんだ。いちいちパーツメーカーまで見てねぇよ」
仕事道具について、うっすらしか知らない発言をしたザクロに、アリーシャは測定器で主翼の打音チェックしながらぼやき、大いに呆れた顔をした。
「それは最初にコピー品を発売した会社だね。開発は旧ニシノミヤハラ社さ」
「噂では、ヒュウガの社員がやらかしたせいで漏れたんすよね」
「委託製造先のヒュウガがうっかりオンラインに繋いだせいで
「ま、流石に当時でもそんないい加減なのはないっすよね」
「実際には産業スパイか何かのせいだろうね」
「そ、そうなんですね……」
表情が引きつっている様子のヨルを見て、ちょいと失礼、と言い、彼女の手を引いて少し離れた所に行ったザクロは、
「――マジのところはどうなんだ?」
「――
「――おいおい……」
「――絶対恨まれてますよね……」
「――袈裟まで憎い、ってのが人間だしわかんねぇな……」
顔を寄せ合って小声でヨルから事実の確認をし、2人とも頭が痛そうな顔をした。
「
さっと戻ってきたザクロはヨルを背中に隠したまま、最も気になっている事をミヤコへ訊ねた。
「口止めに追加料金はいるかい? 腎臓ぐらいしか出せないと思うけれど」
「オレぁ要らねえ。腎臓もらっても困るからな」
「右に同じです……」
「拙者も持たざる者から毟る趣味はないでござる故」
「整備屋の手に負えないんだろう? ワシは黙っとく」
「俺もっす」
全員の意思を確認したミヤコは、全員に顔を寄せ合う様に言ってからバッグの中を探る。
「ん? 携帯湯沸かし器? こんなどこにでもあるもん欲しがってんのかよ」
その奥底辺りから出したものは、四角いドロップ缶の様な小型電気ケトルだった。
「まあ一応、これもニシノミヤハラ社製のものですけれど……」
「詳しいね。もちろんこれはフェイクさ。この辺りをいじるとだね」
「おいおいおい、秘密箱かよ」
一見切れ目が見えない側面が、ミヤコが触れた部分からブロックノイズの様に突き出していき、最終的には底面がパカッと開いて正方形の小さなプレートが出てきた。
「こっ、これってニシノミヤハラ式記憶装置じゃないですかっ。しかも幻と言われる本家本元の超高耐久タイプ……」
「説明が要らなくて助かるよ。このままケトルとしても使えないといけないから、これは超々々高耐久タイプかな?」
ミヤコは全員が見た事を確認すると、すぐにケトルの中へ収納した。
「これ単体でも中小国家の年間予算ぐらいの値は付くでござるが……」
「わざわざ追っかけてる程暇じゃねぇよな」
「まあこれだけならね。問題は内容さ」
「なんか国家機密でも入ってんのか?」
「ではないけれど――有機物ソースで無機物を印刷できるシステムだよ」
「無機物ってぇと……」
「例えばだけれど、ハンバーガーの原料で宙対艦ミサイルが作れる」
「コスト的には無機物ソース1発分で千発は作れるわけでござるな」
「……そりゃ血眼になるか」
「流石はミヤビ・ニシノミヤハラ博士ですね……」
「でも、そんなのなら、『連合国』なりなんなりに売り込めば良いんじゃないっすか?」
「軽はずみな事言うもんじゃないシン。また大戦が起きちまうよ」
「祖母はそれをご親友にお披露目したときに言われて気が付いたそうだ」
「そんで恐ろしくなって封印したってぇわけか」
「で、その存在が何らかの方法で露見した訳でござるな」
「ばあちゃんの遺言かなんかで処分してくれ、とでも言われてたか?」
「そして、頑丈過ぎてどうにもならない内に追われる身となって今に、という具合でござるか?」
「その通りなんだけれど……。君たちは超能力者か何かかい……?」
「ん? 『ロウニン」の勘」
「拙者は情報屋としての勘でござる」
見てきたかの様に話すザクロとバンジに、ミヤコはドン引きの表情でぱちぱちと瞬きをする。
「流石に溶岩にでも突っこめば行けるだろ」
「火星に活火山があれば良かったんだけどね……」
「まあそうか」
「それに、悠長にフエゴやらイエローストーンやらに行くのは無理でござるよ」
「なんの画面って、ああ、船舶位置情報か」
バンジがすかさず携帯端末の画面を出すと、親『連邦国』のコロニー国家の戦闘艦が、戦隊クラスの規模で複数南米大陸周辺に展開していた。
「こりゃダメだな。目立つ動きしたらアウトだぜ」
「ひえ……」
「なあ嬢ちゃん、海にでも沈める訳にはいかないのかね?」
「水に何故か浮くんだよねこれ……。仮に沈めても、特定の周波数でソナーを打つと簡単に見付かるんだ」
「おいおい。お
「あはは……。良くも悪くも祖母はそういう人でね。ボクのために小型飛行機作って母に怒られてた事もあったっけ」
「おばあさまに、愛されていらしたんですね」
間違いなくそうだと思う、と言って、懐かしそうな微笑みを見せたミヤコは、
「色々と教えてくれたけれど、生憎、ボクには後を継ぐ程の才能が無くてね」
自虐的にそう言って、申し訳なさそうにため息を吐いた。
「話を戻すが、大抵思いつく事は全部やったんだよな?」
「ああ。強酸に浸けてもドリルにかけても、溶鉱炉に入れたってびくともしなかったんだ」
「ビーム砲とかもっすか?」
「うん。長時間照射もやったんだけど、砲身の方が溶けちゃったよ」
「大気圏再突入はやったか?」
「……それはやってないね。多分5千ケルビンぐらいあれば燃え尽きると思うよ」
「コイツの
「ちょっと待っておくれ……」
ザクロが機体下の作業台に置かれた、フライフィッシュⅡのメガクラスビーム砲を指して言うと、ミヤコはバッグの中からスタンドアロン端末を取りだして計算を始める。
「うん。そのクラスなら至近距離の最大チャージで当たれば行くはず」
「じゃ、さっさと上がってやって終わりにしようぜ」
「この状態でそんな撃ち方したら、お前さんの愛機は冗談抜きで静態展示行きになっちまうぞ」
「あー、そうだったな……。つってもあと半日弱も時間稼ぎは出来ねえだろメア?」
「メアがどなたか知らんでござるが、そこまでは無理でござるな」
「メア、アンタ情報屋だろ? 互換性があるパーツ知らないかい?」
「その場合、9割チャージ1発撃てば焼き切れるでござる。メアがどなたか知らんでござるが」
ザクロとアリーシャに本名で呼ばれ、バンジはキレ気味に否定しながら質問に答える。
「まあ、オレがその1発で決めれば良いだけの話だろ? なんなら
「クロー殿はまたそんな無茶なことを」
「ギガクラスで狙うなら蹴った方がマシっすよクローさん。あと地表に向けてそのクラス撃ったら法律違反っす」
「なこと分かってら」
「稀少パーツばかりだけど、部品を組合わせればフルで1発は撃てる様にはできるけれどね……」
「ん? どのパーツだい?」
ミヤコは一応ダメ元で、戦闘機とはまるで関係ない物のパーツの種類と品番を読み上げていくと、
「あ、それ全部あの中にあるっす」
あごに手を当てて考えていたシンが、ハッとした様子で箱へ適当に突っこまれたガラクタ類を指さした。
「よっしゃ、手分けして探せい!」
「了解でござる」
「うっす」
「はいっ」
「うん」
「いや、マジで何かに使えるのかよ……」
号令を出すとと共に駆けだしたアリーシャを歩いて追いかけるザクロは、困惑した様子で尻すぼみに独りごちた。
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